第二章 4 本当の兵器
ギィィィ、と音が鳴る。“水”が、鉄の大扉に大穴を開けた。
奥に進むこと数時間。歩けど歩けど変化しない風景に嫌気がさしたり、途中で機械国兵と出くわし魔法で身を隠したりして、私たちは最深部までたどり着いたのだ。
迎えてくれたのは広大なスペースと部屋に充満する薄暗闇だった。地面には朱色の灯が、ゆらり、ゆらり……それこそ火の玉のごとく点滅した。
「お、おばけではないですわよね……」
私は「ま、まさか」と否定する。だが、二人とも背筋は悪寒で震えあがっていた。
「ど、どうします……魔法で明るくしますか?」
「ま、待って。まず光の正体を確かめないと……」
小さいながらも火の玉は広大な部屋に幾万も存在している。明るくした途端、一斉に襲いかかってきたら回避できない。
一歩踏み込む。
コツ、コツ、と聞きなれた足音が響く。この場所も通路と同じく四方八方に鉄の壁が張られているらしい。火の玉を頼りにたどたどしく足を擦り寄せると、真上で朱色の光が反射している事がわかった。
両手を伸ばす。ひんやりとした感触に驚かされながらも、変形していないのか何一つへこみがない。地面には歩行時の補助として設置された小型魔法道具が灯っていた。
ほっと胸を撫で降ろす。振り返りざまに紫の魔女見習いに呼びかけた。
「ただの照明みたい! エーテルちゃんも周りを照らしてくれる!」
同じく安心したエーテルが杖を振り、電球が二、三個宙を漂う。瞬時に、半径一メートルの世界が姿を現した。そして、紫の魔女見習いが固まる。
「…………どういう……こと?」
イブニングドレスが微動だにしない。私は首を傾げる。再び朱色の灯に視線を戻し、言葉を失った。
平らで巨大な建造物は透明なガラス管だった。だが、それだけではない。その中に心臓が凍え死ぬ光景が入っていた。それは、
「……骸骨……」
私はガラス管に触れた。人体の支えになる物がむき出しになっている。視界に割り込んだだけでもその異様さは伝わった。伝わりすぎて現実味を帯びない。実は、作り物ではないのか?
「骨さえもろくなっている。形を保っていることが不思議なくらい……」
「ユ、ユウさん……隣……」
震えた声が耳を打った。視線を泳がす。そして、息をのんだ。隣にも朱色の光の下にガラス管が建っている。その中に内包されていたのは――肉塊。
丸く握りつぶされた中身を垣間見た私たちは、脳裏にとある想像が横切る。その想像は間違った解釈のしようがなかった。
「……人体実験」
エーテルが力を失くしてその場にへたり込んだ。
私は広大な部屋を見回す。もし、朱色の光に一つずつガラス管があるとしたら、数え切れないほどの犠牲があったはずだ。
――そこまでして成功させたい実験……まさか機械国に勝つ兵器の研究……。
私は首を横に振った。今は真実をつきとめている時間はない。立ち続けたままでは何も解決しない。振り返り、項垂れる紫の魔女見習いに力強い声をかける。
「どうする? ここから先は一人でも大丈夫だよ」
紫の魔女見習いは塞ぎこんでいた顔を上げ立ちあがった。
「い、いいえ。私も行きます。いえ、行かせてください!!」
イブニングドレスが翻り細い足が無理やり前に出される。毅然とふるまってはいるが足取りはふらついていた。
――怖いけど先頭に立つ者の責務で動いている、って感じかな……私も頑張らないと!
私は急いで紫の魔女見習いの後を追った。
「ところで、ここはどこなのでしょうか?」
コツコツと足音が鳴る中でエーテルが首をひねる。
「そうだね……たぶん整備ドックの一つじゃないかな……」
魔法都市の下部に隣接している整備ドックは無数に存在している。確かにその内の一つが別の用途に使用されていてもだれも気づかないだろう。だが、周囲を見回すと、尚もガラス管が所狭しと置かれている。これでは整備ドックというより研究施設だ――。
「あうっ!?」
紫の魔女見習いが急に静止したため驚いて後ずさる。危うく鉄板に顔をうずめてしまうところだった。文句の一つでも言いたい。
だが、エーテルの顔がみるみる蒼白になっていく。視線の先、広大な部屋の中央にはガラス管に入れられた人たち――完璧な人型を保っていた――とガラス管に囲まれた砲台が居座っていた。
「この子たち魔女見習いだ……同級生ですわ!?」
「えっ!?」
エーテルが早歩きでガラス管に近づき、手を伸ばした。
「早く壊しましょう!!」
「待って!! 不用意に触るのは危険だよ」
はやる気持ちを理性で踏みとどまらせる。それでも顔には、一刻も早く助けだしたい、と書いてあるようだった。私は焦る彼女の側まで行き、頭に、ポンッ、と手を乗せる。勢いづいていた紫のイブニングドレスが縮こまった。どうやら頭が冷えたようだ。
視線を砲台に向ける。
私が忠告したのはもちろん理由がある。ガラス管にはたくさんの細いコードが付いていて砲台と繋がっているのだ。そして、コードの行き先である砲台の原型がおかしい。
自分が知る限り、機械国の兵器には弾を装填する箇所が必ず存在するはずだ。だが、砲台にはそれがない。代わりにガラス管と同等のカプセルが二つ埋め込まれており、ケーブルで砲台に繋がれている。
完全に規格からかけ離れた兵器だ。まるで誰かが手を加えたみたいだ。
――さすがにこれを見れば、ただ事ではないと意識しちゃうわね。
整備ドックの一部を開放し、兵器まで改造する。そんな大がかりな事ができるのは、魔法国で実権を握っている校長だけだ。
私は頭に乗せた手をのけて、“稲妻”魔法の使い手に言い放った。
「……監視カメラを壊した時のように壊せる?」
機械国の物である以上、電気で動いているはずだ。
エーテルが首を縦に振る。杖を手に取り、掲げ、先端から光と共に稲妻を発生させた。稲妻を砲台に落とし、砲台に電気が迸る。だが――。
「――――――――っ!!」
エーテルが声にならない叫びを放つ。握っていた杖が光を失い、“稲妻”は砲台の中へ消えていった。まるで砲台に食われたかのように。
「……何が起こったの?」
私は状況が理解できずに紫の魔女見習いに問う。エーテルは化け物をみるように砲台を一瞥し、口を開けたまま囁く。
「……吸収した。魔法を……“稲妻”を呑み込んだ……」
「魔法を吸収……いったい…………」
ガコン。
突如、装填される音が砲台に響いた。同時に砲身がこちらを向き私に照準を合わせた。瞬時に装填された何かが発射される。
「――――くっ!?」
とっさに“水”の障壁を展開する。だが、見えない弾はまるで何もないように水の壁を突き抜けた。何の抵抗も出来ず直撃を受ける。私は押しつぶされるように壁へと激突し、衝撃でガラスが砕け散った。体がずれ落ちる。
続いて砲身が紫の魔女見習いを照準。驚愕に包まれていたエーテルだが、装填する音で我に返り、瞬間移動にも似た“稲妻”の加速で回避。砲身の反対側へと着地する。彼女が先程いた場所には大きなへこみができていた。
――良かった。無事で……。
しかし、絶対絶命かもしれない。砲撃を受けてから体が動かない。骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。指は動かせるが四肢は力無く垂れた。たった一撃でこれほどの破壊力を発揮するなんて、とんでもない兵器だ。本当に化け物か。
「残念。はずしましたか」
威圧感のある声が流れた。視界の端から朱色の髪を覗かせる。白いシャツと紺色のロングスカートが翻り、丸みを帯びた目元からいやらしいほど大人しそうな眼差しを浴びせた。
「校長……!?」
彼女がここにいる、という事実が頭の隅に追いやった謎を掘り返した。
何故、ここまですんなりと通れたか……追撃はあったにしろ、地下通路の入口を封鎖しないのはおかしい。演習場付近には警備の一人さえいなかった。まさかおびき出す為にわざと通したというのか。
校長はこちらに目もくれず、
「でも最大の障害を倒してくれたのだから良しとしましょう」
と答えを放つ。そして、後ろに待機させていた機械国兵たちを私とエーテルを取り囲むように展開させた。
「無礼だわ。私が蹴散らしてあげる!!」
紫の魔女見習いが杖を掲げた。先端から“稲妻”が発生、機械国兵に落とした。敵の数人が床に倒れ伏す。
――駄目、それではやられる。
必死に叫ぼうとするが、声帯が思うように働かない。そして、想い描いた通りにゴーグルをかけた機械国兵士たちがエーテルの前後に分かれ同時攻撃を仕掛ける。前方の敵にばかり気を取られていた彼女の背中に後ろから迫った兵士が拳を深くめり込ませた。
「―――――――――――――――――――――――――――っ」
声にならない悲鳴が轟いた。一瞬のうちに紫の魔女見習いは悶絶し、倒れ伏す。
「やっと片付きましたわね。その子は牢へ入れてください」
眉をピクリともせず、校長は淡々と言い放つ。エーテルの側にいた数人が頷き、少女の体を抱えて廊下の奥へと消えていった。次いで、校長が私を這いつくばる虫のように眺める。
「……伝説の魔女さんもこんな姿になればかたなしですわね」
口を手で隠しクスクスと笑う校長。丸い目元を精一杯細める笑い癖が可愛くてむかついた。虫も殺せないような顔でよく言えたものだ。
「からかわないで……それよりあの兵器は何なの」
校長が砲台を眺め、困ったかのように口元を歪ませた。
「わたくしにそれを言わせるつもり? あなたなら想像に難くないでしょうに……」
私は沈黙で答える。こいつのために言葉を紡ぐ気にはなれない。校長は深くため息を吐いた。
「あれは、魔素研究の成果と機械を合わせた魔導式砲台ですわ。魔素を一気に反応させ街を破壊するほどの魔法を発生させる。先月やっと完成した最新鋭の兵器で……」
「私が聴きたいのは兵器に人間が繋がれている理由だ」
朱色の髪の女性を一瞥した。
「…………」
校長は何も言わず機械国兵に手を振って合図を送る。ゴーグルをつけた人間が私の体を抱えて肩に乗せた。そのまま砲台へと進む。
――何をするつもり……?
後ろ越しに持たれたので進行方向がよく見えない。どうにか首を伸ばして視界を確保する。そして視界の端からある物が映り、私は目を見開いた。
「実はその兵器ね……完成しているけど、完璧ではないの。あと部品が二つ足りない」
一歩一歩重く踏みしめられる足取りの先には、砲台に抱かれたカプセルがあった。
大人一人が入れる広さ、二つそろえられた透明の入れ物、『完璧ではない』という言葉、動けない自分……砲台の胸中で佇むそれは、まるで棺のように今か今かと内包者を待っていた。
私の脳裏に最悪の情景が浮かんだ。整備ドックの入口付近で見た骸骨と肉片――あれは同じようなガラス管に入れられている――――、
「いや……いや、いや、いや、いや…………」
――あいつは私たちを本当の兵器にするつもりだ。道具にするつもりだ。いや…いや、いや、いや、いやぁぁぁぁ―――――――――――――――――――――――――――――――――!!
想像が……魔導式砲台に抱かれて眠る私の姿が迫ってくる。
必死にもがき足掻く。だが、手足が石のように重い。そして、願い虚しく、何も抵抗ができずにカプセルの中へ放り込まれた。ドン、と背中に衝撃が走り、目尻には涙が溜まる。
「みっともない顔ね」
ガラスの向こう側で校長が顔を覗かせる。壊してやりたいほど満面の表情を張りつけていた。
「許さない」
「別に許してもらおうと思ってないわよ」
ふんっ、と顔を反らして後ろを向いた。同時にカプセルの下部から霧が放出される。
――これは吸ってはいけないものだ。
わかってはいても体がいうことをきかない。もともと重傷なうえ呼吸を止められるはずもなく、霧は呼吸器官を通って肺に到達する。意識が、視界が……暗転……して。




