■35 ブリジット・メルディアース
静まり返った真夜中。
そろそろ冬が来そうな時期に入ってきたために少し肌寒い。
ジョシュアとお休みのあいさつを先程して、もう少ししたら私も眠ろうか、そう思いながら本を読んでいた時にこの家に来訪してきた人物がいた。
コンコンッ
そんなノック音がして、こんな時間に来るなんて一体誰だと思い少し開けた。
「やぁ、久しぶりじゃのぅ」
「……ごめんなさい、どなたでしょう……?」
60代くらいのダンディーな感じの男性だ。知り合いにこんな男性がいただろうか。
いきなり手を取られてしまって、これは一体どうすればいいのだろうか。
「ほぅ、忘れてしまったか。まぁ、ステフちゃんがこーんなに小さいときだったからのぅ」
そう言って彼の腰より下の位置に手を持ってきた。一体いくつの時だ。
「あの、お名前を聞いても宜しいでしょうか」
「あぁ、ワシはブリジット・メルディアースじゃ」
ブリジット・メルディアースだと……!?
私はすぐに風魔法で家の中に置いてあった自身の杖を引き寄せて掴み取った。
「わっワシは悪いモンでは……」
「ブリジット・メルディアースという者が訪ねてきたら攻撃してでも追い払えと言いつけられています。お師匠様に」
「なっ!? あんの古狸!!!」
「遺言です」
「遺言にそんなこと言わんでもよかろう!!!」
「あの、近所迷惑なので帰って頂いても宜しいでしょうか」
「せ、折角様子を見に来てやったというのに……」
「遺言ですので」
「ほ、本当に覚えとらんのか……?」
お、おぉ、しょんぼりしてしまった……
んーん、なんか、知っているような、知らないような。そんな風に感じるんだよね。それに、遺言に残すくらいの師匠の知り合いでしょ?
「……どうぞ」
「本当か!!」
「少しだけですよ」
「あぁ!! ぐへっ!?」
そうして彼を招いた。が、背中に担いでいた長い杖がドアに引っ掛かり転びそうになってはいたけれど。
この人も術師さんだって事だよね。杖を持っているって事は。私みたいな長い杖をこの国で見るだなんて思ってなかった。
とりあえず、お茶を出そうか。
「いやぁ、あのステフちゃんがこーんなに魅力的に成長しているとはなぁ! もっと早く来ればよかったのぅ」
「……あの、お師匠様とどんなご関係で?」
「あぁ、覚えていないんだったのぅ。じゃが、これを見ても分からんか?」
彼が、ずっとしていた手袋を外す。すると、両手の甲に紫の刻印が出てきた。
そして、彼の金色の瞳。
師匠と似ている。師匠は刻印はあったけれど緑だった。
「お主の師匠、ヒューズと同じじゃろ。なら、答えは出るはずじゃが」
お師匠様と一緒……お師匠様……もし、かして……
「……大賢者……?」
その答えを出した時、ニッと笑ったメルディアースさん。
そうか、彼とお師匠様は大賢者繋がりだったという事か。それなら納得だ。
「あいつがくたばったと噂で聞いたものでのぅ、様子を見ようと探しておったのじゃ。まさかこんな所にいるとは思わなかったが」
「何故です?」
「あやつはお主と出会ってから人との交流はあったか?」
「偶にありましたけど……」
「じゃが数えるほどじゃったろ。未開拓地を随分探したんじゃぞ?」
「そ、ですか……」
「全く、あやつはワシを変態扱いしおってお主と会わせてくれなくてのぅ。久しぶりに会えて嬉しいぞ」
「は、ぁ……?」
「見たところ、そこまで成長しているようで驚いてしまった。あやつが見たら嬉しがるだろうなぁ」
え、あのお師匠様が嬉しがるとかってあるの……? あのお師匠が? 私の事で? ……ないな。まぁだこんな事しかできないのか、と言われるのがオチだ。
「あやつは感情を伝えるのがド下手くそだったからのぅ、分かるやつにしか分からん」
「そ、ですか」
「そういえば、何か面白いものを持っているじゃろ?」
「面白いもの?」
「ほれ、あの部屋にあるのではないか?」
あの部屋とは、私の研究室。もしかして、
ちょっと待っててくださいと一言入れて、研究室に置いてあったあの水晶を持ってきた。カドラスの種で錬成し花びらで何重にも閉じ込め氷漬けにしたあの水晶だ。
「それじゃそれじゃ」
好奇心、というのだろうか。そんな顔をしながら観察している。
「よく閉じ込められてるのぅ。ステフちゃんじゃろ」
「はい、苦労はしましたが何とか」
「じゃが、これは時間の問題じゃろうな」
流石大賢者様だ。
そう、これは只の時間稼ぎだ。閉じ込めていられる時間は長くはないからすぐに何とかしなければいけない。
「お主が見て、どう思った」
「色々と絡み合っているように見えます。一つは瘴気だと分かっていますが、他が何か強いものに邪魔されて解析が出来なくて……」
「成程のぅ……」
そんな時、彼は上から水晶を鷲掴みした。そして氷が一瞬にして消え去った。突然のことで驚いてしまっていたら、それから何かを引き抜くかのような動きをしていて、中から黒いものが引っ張り出されていく。
黒くて、禍々しいものが。
これだ、この水晶の中に入っていたとても強い存在感を持つ物質。
「これって……」
「____憎悪」
「ぞう、お……」
「ちと、最近悪戯がすぎる狐がいてのぅ。後でお灸を据えてやらねばな。全く、押し付けられて困っているというのに、あの狸め」
「狐、ですか」
それは、あの王太子殿下が言っていた〝アズライト〟という人物の事だろうか。
「さて、これでもう簡単であろう。お主なら朝飯前だと思うのじゃが?」
『展開』
まずは、土魔法。
『Terra』
次、水魔法。
『Aqua』
そして__創造。
『Creare』
私の手には、綺麗な色をした細長く黒々しい鉱石。
「見事じゃ」
「ありがとうございます、メルディアースさんのお陰です」
「ほぅ、お礼を言われるとはなぁ。では、また来ても杖を向けないでくれると嬉しいのじゃが」
「はは、分かりました」
なんだ、とっても優しい人じゃないか。警戒して損した。お師匠様、もっとちゃんとした遺言を残してくださいよ。
そんな時、彼は何かを取り出した。小さな石だ。私が聞いた事のない言葉を発し、それは、聖水に包まれた。
「久しぶりに会った、礼じゃ。使ってくれると嬉しいの」
掌サイズの、ガラスのように透き通る細長い棒の本体に、ピンクの鮮やかな花が咲いている。同じものが二つ完成した。これは、ピアスか。
すると、何も唱えていないのに動き出して空中に浮き始め、私の耳に収まった。
「ふむ、色もぴったりじゃ」
「あ、りがとうございます。有難く使わせていただきます」
「うむ、そうしてくれ。耳に掛ける姿も美しいのぅ」
「……え?」
耳? そんな事を思っていると、左手を取られ……手の甲に、キスをされた。
「え……」
「ではまたのぅ、近いうちにまた来るとしよう」
「は、い……」
行ってしまった……これか、変態扱いされたという原因は。
「……あら?」
キスをされた左手の甲。紫の、刻印が刻まれていた。
とても、暖かい。そんな気がして。マナでも宿っているのだろうか。
まぁいいや、近いうちに来るって言ってたし。
久しぶりにお師匠様の話をした。
あの日、金色の光がお師匠様の身体から溢れ出し少しずつ消えていった。
微笑みながら、大地の女神であるガイアの元へ還っていった。
別に悲しくはない。
私もいずれ還るのだから。
「さ、すぐに寝よう。明日は王宮に行かなきゃだからね」




