■1 出会い
雲一つない晴天の空の下。
日の光が差し込んで光る森の中を、小さなグリフォンを連れて歩いていた。
気持ちよく流れる風。
静かに揺れる植物達。
それによって奏でられる心地いい音色。
そして――血の匂い。
「……あの、大丈夫ですか?」
大きな木の近くで倒れている人物が視界に入った。鎧を身に纏っているから、騎士だろうか。
よく見ると、胴の部分が割れている。モンスターの打撃が直撃したのかしら。血だらけで、肩と背中、脚に致命傷が見える。
私は、背に下げていた筒状の長い袋から、杖を一本取り出した。黒く、細い杖だ。下の部分を軽く地面に刺した。
『収納魔法陣展開』
そう唱えると、青白く光る魔法陣が目の前に出現した。手を入れ、とあるものを探す。……あった。
『展開』
その言葉で、先ほどの魔法陣とはまた違った、金色に光る錬成陣が出現する。
『Creare』
――〝創造〟
中心部分にふわふわと浮かぶ透明な液体、【聖水】が現れる。
先程取り出した素材を【聖水】の中へ投げ入れる。二つは混ざり合い、水色の液体へと変化した。
そして、横で倒れている彼の顎を掴み口を強引に開き、隙間から一気に流しいれた。当然咽るけれど、そのおかげでちゃんと生きていることが確認できた。そして、至る所にある傷口が塞がっていく。
「大丈夫ですか?」
鎧を身に纏う男性がどこの出身かは分からないから、言葉が通じるかは定かではなかったけれど、一応話しかけてみた。
さっき咽たせいで起きた男性は、ぱちぱちと目を瞬きし、いきなり起き上がる。
キョロキョロと自身の身体を見回して、驚愕したかと思うと……いきなり視界に私を入れ、私の両手を取った。
「あ、あの、大賢者様でいらっしゃいますか!!」
「……え?」
だいぶ素っ頓狂な声が口から出てしまった。言葉が通じた事はよかったけれど、この人は大賢者様という単語を出していた。私に向かって。でも、ただの通りすがりの錬金術師なのですが……
しかも、私に向ける目はキラキラと輝きを放っっている。眩しいくらいに。
「【聖水】をお使いになられたのですよね!」
「はい、そうですが……」
「やっぱりそうでしたか! 流石大賢者様です! 話には聞いていたのですが、まさかここまで元気が出るとは思いませんでした!」
聖水を使ったのは事実だけれど、何でこれだけで大賢者と呼ばれてしまうのだろうか。聖水を使うのは当たり前のはずなんだけど……
「あっ、申し遅れました、サーペンテイン王国第二騎士団騎士アルです!! 助けて頂き感謝いたします!!」
「あっ、ご丁寧にありがとうございます、錬金術師のステファニーです」
サーペンテイン王国の騎士さんという事はここはサーペンテイン王国の近く、それかもう入っていたのか。その国の言葉が通じて良かった。
「もしかして……190年前に不在になってしまわれた【第三の席】の後継者様でいらっしゃいますか!?」
「第三の席……?」
「はい!」
第三の席……初耳だ。聞いた事がない。お師匠様からもそんな言葉は聞いたことがないし……
「……とりあえず、その血まみれな格好を何とかしませんか?」
「あっ申し訳ありません!! 大賢者様の前でこんなみっともない姿を……!!」
「あの、私は大賢者でも賢者でもありませんよ……?」
「えっ、ですが、聖水をお使いになったのですよね?」
「はい、そうですけど……」
「……?」
全くかみ合わない会話に、私達は数秒フリーズした。これは一体どういうことなのか、と思っていたら彼は半強制的に近くにあった川にドボンと突き落とされていた。私の肩にいた聖獣のグリフォン、ルシルがだ。これでは埒が明かないと思っての行動だったのかな。
落ち着いた後に、彼の話を聞いてみた。
錬成に欠かせないものである【聖水】。だけど、最近の錬金術師は聖水を使わず【浄水】というものを使うらしい。
聖水は、摂取した人物の生命力も回復させる。この人が先程元気が出たと言っているのはそういうことなのだろう。
「この大陸には、【五公大賢者】というものが存在します。それは大賢者という称号を持つ5名の方々のことを指しているのです。そして五公大賢者の方々には第一の席から第五の席までが決められているのです」
水浴びを終え、お貸ししたタオルで頭を拭きながら戻ってきたアルさんが説明してくれた。
「成程、じゃあ今は4人の大賢者様しかいないという訳ですね」
「ま、まぁそういう事になりますが……本当に大賢者様ではないのですか……?」
「えぇ」
「でも……」
生前のお師匠様から、そんな話は一度も聞かなかった。まぁ、あの方はいろいろと性格が……というところもあるけれど。
「そのいなくなった第三の席の大賢者様の名前は?」
「え? お名前ですか? 【ヒューズ・モストワ】様です」
彼の口から、意外な名前が出てきた。私のよく知る、お師匠様の名前だ。
「……まっさかぁ」
「え?」
「あ、何でもないですよ」
……お師匠様と同姓同名、という可能性もある。その方もお師匠様と一緒で錬金術が得意だったのかな、うん。
……いやいや、まさか、そんな。ないないない。けれど、このしょんぼりした彼に一体何とお答えすればいいのだろうか。
「あ、これからどちらへ行かれるのですか?」
「えぇーっと、特に目的地はないのですが……サーペンテイン王国の方なんですよね?」
「はい」
「でしたら、サーペンテイン王国に行きましょうか」
「本当ですか!! でしたら僕がご案内いたします!!」
……わんこ、かな? 目がキラキラしていて眩しい。
「あ、それで、アルさんはどうしてここに……?」
「あっ、えぇと……ドレイク討伐に騎士団で赴いていたのですが、一際大きな奴に出くわしまして……掴まれて飛び立とうとしているところを剣で刺したら、遠くへふっ飛ばされまして……」
ドレイクって、下級のドラゴンだったよね。火竜だったかな。
でも、飛び立とうとしているところを、吹っ飛ばされたなんて……結構な傷ではあったけれど、それでも生きてたなんて、すごい生命力だ。
「……よく生きていましたね」
「これでも騎士ですから。ですが、あのまま彷徨い続けていたらきっと命を落としていたと思います。ステファニー様、助けて頂き本当にありがとうございました……!!」
「いえいえ、偶然とはいえお役に立てて良かった」
「この御恩、一生忘れません!!」
目をキラキラさせて、先程のように両手を握ってきた。元気になったようで良かった。けど、元気がありすぎるのでは?
「それでは行きましょうか。ルシル」
それまで水浴びで遊んでいたルシルがぶるぶると体の水を飛ばし、軽くジャンプするかのようにこちらへ飛んできた。そして……目の前で身体を大きくしたのだ。先ほどまで、肩に乗るほどの大きさだったけれど、今は私達の身長よりも大きくなり、立派な羽根を広げている。
「で、デカく……えっ!? これって、ま、さか……」
「鷲獅子、グリフォンですよ。ルシルちゃんは」
「グ、グリフォンって言ったら……人間を全く寄せ付けないので有名な、あのグリフォンですか……!?」
「……ん? まぁ人見知りではありますね」
「初めて見ました……グリフォンをこんな近くで拝めるなんて……皆に自慢出来ます……!!」
「あはは、大袈裟ですよ。じゃあルシルちゃんよろしくね」
「♪」
身体を大きくしたため、大人二人で背に乗ることが出来た。最初に私が乗り、次にアルさんが。
「さ、行きましょう」
「は、い……失礼、します……あの、重いのでは……?」
鎧も着ていますし、と焦りを見せているけれど、ルシルちゃんは結構力持ち。さっきも小さい身体ながらに鎧を纏っていたアルさんを川に突き落としたのだから。
だから、鎧を着た成人男性と私を乗せて飛ぶくらい容易だ。長距離だって大丈夫。
「大丈夫ですよ、ルシルちゃん力持ちなんです」
「そ、そうですか……」
そして、アルさんからサーペンテイン王国の方角を聞き、飛び立ったのだ。