始業式──②
エレベーターを降りると、マンション前で立哨してる警備さんに挨拶し、正門から外に出る。
……なんか、静かだな。誰もいない。
正直、例の件でマスコミがいると思ったけど……杞憂だったらしい。
自惚れじゃなく、柳谷の知名度的に。
世界のヤナギヤ家具の御令嬢で、雑誌の読者モデルでも他を寄せつけないトップレベルの可愛さを誇る彼女。
そんな柳谷の電撃結婚。
マスコミがヨダレを垂らして食いつきそうなもんだけど……。
そんなことを柳谷に言うと。
「パパの影響力って意外と凄いんですよ〜」
とのこと。マスコミにまで影響を与える柳谷パッパこわ。
マンションから学校まで徒歩で20分。
始業式が始まるのは9時。まだ時間には余裕があるからか、生徒の姿はどこにも見当たらない。
それはいいんだが……。
「……ふ……ふふ……にへへ……」
俺を見上げてる柳谷がずっとニヤけている。
柳谷家、家族そろって怖い。あ、それはいつもか。
「柳谷、どうした?」
「えぇ〜? んふふ……好きな人と一緒に家を出て同じ道を歩いてると……やっぱり特別感があっていいと思いまして」
特別……特別か。
全校生徒の憧れ、柳谷美南と一緒に登校する。
こんな妄想をして来た男は数しれず。当然俺もそんな男の中の1人だった。
でも、唐突にその夢は叶った。しかも彼女という曖昧なものではなく、婚約者という明確な形で。
ここから導き出される俺の表情筋は1つ。
「…………っ」
「あ! にやけてますね! にやけてますよね!? 今私の【可愛い丹波きゅん探知機レーダー】がビンビン反応してます! 顔隠さないで見せてくださいよー!」
「にやけてない」
「隠さなくてもいいのに〜」
「う、うるさいっ」
ていうか【可愛い丹波きゅん探知機レーダー】ってなに。
柳谷は俺のことになると知能指数が下がる傾向にある。
俺と婚約関係になった手前、こういうのもあれだが……学校でいつも通りの柳谷でいられるか、少し心配だ。
「柳谷、学校ではいつも通りにしろよ」
「勿論です。これでも演技の先生からは、出汁で煮込んだ大根役者みたいですねと褒められています」
「それ多分褒められてない」
可愛いけどドヤ顔やめれ。
「本当に気をつけろよ? 下ネタとか下ネタとか下ネタとか」
「丹波君の私の認識、下ネタですか!?」
「……8割は」
「高率! ぐぬぅ……ちょっと傷付いたです」
「でも?」
「やめませんが?」
それでこそ柳谷だ。
そんなこんなで見えて来た我らが学校。
城西高等学校。
県内屈指の進学校で、大学入学を最優先に取り組んでいる学校である。
だけど勉強オンリーは論外。勉強は大前提とし、他にも部活動、ボランティア、校外学習にも力を入れている。
『ボスになるな。リーダーになれ』
この学校の創設者の言葉だ。
かく言う俺も、去年まではボランティアに精を出していた。主に街の清掃、老人ホームの手伝いとか。
今年からは受験に集中するために、ボランティアは止めたけど。
ただ、勉強だけやってるだけじゃどうしても効率は下がる。何か体を動かす系でもやろうかな。
城西高校はちょっとした急勾配の坂の上にある。
入学したての頃は、強制登山坂とか揶揄してたっけ。そのお陰で、大分力も体力もついた。
でも、この坂もあと1年か……そう思うと、何となく感慨深い気持ちになる。
学校に近付くにつれて、他の生徒達の姿も目立つようになった。
普段は進学校の生徒らしく、スマホの勉強アプリや、暗記単語カードを眺めている城西生。
だけど今彼らの視線は、俺らの方に注がれている。
進学校の生徒だとしても人の子。俺と柳谷に関心があるらしく、チラチラとこっちを覗き見てるなぁ。
慣れない視線にソワソワ、おどおど。
そんな俺を見ていた柳谷は、くすくすと上品に笑った。
「丹波君、緊張しすぎですよ」
「いや、でもなぁ」
「こういう時は堂々としていればよいのです。胸を張って、顎を引いて」
「お、おう……」
言われた通りにやってみる。
……何となく、シャキッとした気分になった。何となくすぎて多分勘違いだろうけど、今は勘違いでもいいからしゃんとしなきゃ。
あの柳谷の隣を歩くんだ。なよなよしてちゃ、柳谷まで笑われてしまう。
「ふふ。じゃ、行きましょうか」
「ああ」
と、柳谷の周囲の空気が……雰囲気が、変わったような気がした。
通学鞄を両手に持ち、目を伏せて淑やかに歩く。
微笑みを絶やさずに歩く姿は、まるで女神そのもの。
そう言えば前に冬吾が言ってたっけ。
『立てば姫君、座れば令嬢。歩く姿は女神様』
だったか。
冬吾もうまいこと言うもんだと、当時思ったっけ。
柳谷の歩く姿に、周囲の視線は更に集まった。当然、俺もつい見とれてしまった。
羨望と憧れ。そしてちょっとの嫉妬。
羨望と憧れの視線が多すぎて、嫉妬の視線は少ない。というかほぼゼロ。
まとう雰囲気はある意味で近寄り難い。
嫉妬もやっかみも、彼女を前にするとそれすら恥ずかしく思ってしまう。
だから、柳谷を妬んでいる女子は彼女に近付きすらしない。
だけど、近付きはしないが言葉は出る。
「見て。美南様よ」
「あぁ、お美しい……」
「なんていう神々しさ」
「お姉様、最高に美しすぎます……」
「結婚だなんて、羨ましいなぁ」
「でも……」
「うん。お相手の方、パッとしないというか」
「ねぇ……?」
「はん。柳谷も見る目ねーな」
おいコラ聞こえてんぞ。
まあ、柳谷の隣を歩くってことは、こういうことだ。甘んじて受け入れよう。
小さく嘆息。
と……柳谷の口がぼそぼそと動いてるのが見えた。
「2年1組田中みゆ。2年2組佐藤りかこ。3年5組峰としの。3年4組間宮まり……お、ぼ、え、た」
「え?」
「ん? なんですか?」
「え……いやぁ……」
気のせい? 気のせいか今の?
……気のせいだな、うん。聞かなかったことに──なんてできるはずないだろ!?
俺は鈍感系でも難聴系でもないからね! 今の発言のやばさは看過できん!
「柳谷、俺は気にしてないからな。だから今頭の中で思い浮かべてる行為をやめなさい」
「むっ……丹波君は優しすぎます」
「事実だからな。これから、お前に見合うよう努力し続けるさ」
「……全く……カッコよすぎます」
柳谷は少し不服そうに、俺の制服の裾をチョンと摘む。
でも……どこか幸せそうなのは、気のせいじゃないよな。
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