嫉妬──①
タイトルはあれですが、中身はいつも通りですのでご安心を。
学校に着き、上履きに履き替えて教室へ向かった。
校舎の中にはほとんど誰もいない。
グラウンドからはサッカーや野球部の掛け声が聞こえ、剣道部や柔道部の活動している格技場からも気合いの入った声が届いている。
中高通して帰宅部だから、朝早く来たことはなかったけど……こんな雰囲気なんだな。
「朝の学校って、特別な感じがしますね」
「わかる」
「誰かが教室エッチしてても違和感ありません」
「わからない」
どの世界線の高校ですかそれは。
「柳谷。誰もいないからって、そういうことはあんまり言わない方がいいぞ。誰が聞いてるかわからないんだから」
「えへへ。ごめんなさい、つい……」
謝ってる顔じゃないよね。満面の笑みだよね。
見てくれ。この子、こんな顔で照れておいて下ネタ言うんだぜ?
可愛いだろ? 俺も可愛いと思う。ちきしょう、許す。
階段を登り、3階の1番手前の教室。
そこが我らが3年1組の教室である。
時間は7時40分。始業時間は8時40分。
早く来すぎたとは思うが、柳谷に勉強見てもらえば1時間なんてあっという間だろう。
扉を開けて誰もいない教室へ挨拶。
「おは──ん?」
「っ!?」
あれ? 先客がいる。
窓際に女生徒が佇んでいた。
目立つブロンドの髪。
見開かれた翡翠色の瞳。
ハーフ特有の色気と完成された美貌を持ち、やる気ナニソレオイシイノと言いたげな雰囲気を持つ女の子にして。
冬吾の秘密の彼女。
伊原玲緒奈。
……が、ゴツい一眼レフカメラを構えて硬直していた。
…………。
「盗撮?」
「待った。裕二、勘違いしてる」
「でもそれ……」
「これは盗撮じゃない。そう、これは……密かにとー君の成長を記録してるだけ」
「盗撮じゃねーか」
どんなに言い逃れしても盗撮は盗撮。盗撮ダメ、絶対。
「伊原、盗撮は犯罪なんだぞ」
「ギクッ」
……背後で「ギクッ」て声が聞こえた気がしたけど、今はスルーで。
「だ、だから違う。……チガウヨ」
「おいコラこっち見ろ」
「つーん」
つーんじゃないわコラ。
「むぅ……丹波君、伊原さんと仲いいんですね」
「あれ、俺のこと調べてたなら、知ってるんじゃないの?」
「私の情報網では、伊原さんとの関係は把握しきれてないです」
あー……参ったな。一応伊原との約束で、2人のことは秘密にしてるんだが……なんて説明しよう。
「裕二、いいよ」
「……いいのか?」
「うん。裕二の奥さんなら、信用できる」
「……悪いな」
柳谷に向き直ると、伊原と冬吾の関係を説明した。
それに、俺も冬吾の手助けをして2人をくっ付けたことも。
あらかたの説明をすると、柳谷は感動したように目を潤ませた。
「という訳だ」
「なんとっ、そんなことが……! やはり丹波君は優しくていい人です! いえ、いい旦那様です! まさしく愛の伝道師!」
「その恥ずかしい称号今すぐやめて」
なんだ愛の伝道師って。
それならまだ愛のキューピットの方がいいわ。
……いやどっちも呼ばれたくはないけど。
柳谷は素早く伊原に近付くと、躊躇なく手を握った。
「伊原さんっ」
「れ、玲緒奈でいいよ。私も、ミナミって呼ぶから」
「ではレオナちゃん。私、レオナちゃんと高瀬君のこと、すっごく応援します!」
「……ありがと、ミナミ。嬉しい」
伊原はやる気がない分、表情筋も死に絶えている。
だけどその伊原が……今明確に、笑みを浮かべていた。
そりゃそうか。伊原と冬吾は密かに付き合ってるし、応援されたこともないからな……。
なぜ密かなのかと言うと、2人が付き合ってることがバレたら、伊原は他の女子にイジメられる可能性があるから。
冬吾と付き合うというのは、それくらいリスキーなものだ。
それでもずっと付き合ってるのは、互いが互いを誰かに取られたくないから。
俺と柳谷と同じで……2人も、本気でお互いが好きなんだろう。
だけど、だからこそ誰にも打ち明けられず、誰からも祝われない。
そんな現状において、柳谷美南という影響力の塊のような女の子が応援してくれるって言ってくれたら……多分、100人に祝われるより嬉しいんだろうな。
「あ、そうだ。裕二、ミナミ。結婚おめでとう」
「ありがとうございます、レオナちゃんっ」
「ありがとう、伊原」
「結婚祝いの代わりに、写真撮ってあげる。そこ、並んで」
「本当ですか!? ほら丹波君!」
ちょっ、引っ張んなっ。わかった、わかったから。
柳谷に引っ張られ、黒板を背景に並んだ。
「ちょっと待って。ピント合わせる」
「伊原、そんなゴツいの使いこなせるのか?」
「任せて。とー君を盗さ……隠しど……成長を記録し続けた腕、見せてあげる」
「隠しきれてない犯罪臭」
あれ、前にもあったような。デジャブ?
伊原が何枚かテストで撮ると、右手で小さく丸を作った。
「ポーズはお好きなように」
「じゃあ最初は腕組みで!」
と、俺の腕に抱きつく柳谷。
直後ッ、俺の肘を伝って脳を直接刺激する柔らかさッ!
たわわなパイオツが俺の腕で変形して大変なことになっておられる!
気付いてますかあなた!?
慌てて、チラッと柳谷を見る。
……いい笑顔だ。可愛い、超可愛い。
幸せの絶頂にいるみたいな笑顔。この笑顔が見れるなら、俺の腕の1本や2本くれてやろう。
たわんたわん、むにゅー。
腕の感覚を楽しんでると、シャッター音が何回か教室に響いた。
「はい、別のポーズ」
伊原さん、あなたこんな時でもクールですね……。
「丹波君、向かい合わせです!」
「お、おう」
言われた通り向かい合わせになると。
ぅっ……ち、近い……思ったより近い……!
ちょっとだけ離れようとすると、柳谷が俺のブレザーの裾を握った。
決して強くない力。やろうと思えば振り解ける。
でも、まるで万力で締められてるかのように、その場から動けなくなった。
……こう見ると、本当に整った顔立ちだ。美術品としてルーヴル美術館に飾られていてもおかしくない。
まさに、神の作った芸術。
もう何度目かわからない。
俺は今もまた、柳谷美南という女の子に恋をした。
教室に響くシャッター音。
見つめ合う俺と柳谷。
……魔が差した。
そう、この時、間違いなく魔が差したのです。
そっと柳谷の頬に手を添える。
ぴくっ。僅かに震える彼女の目には、嬉しさと戸惑いが。
「あ、あの……ぇ」
チュッ──。
パシャッ──。
俺が柳谷のおでこにキスをした瞬間。
シャッター音が俺の耳に届いた。
「……ぁ……ぁっ、あぁっ! ご、ごめっ、ごめん柳谷、つい!」
「裕二、大胆。流石の私もびっくり」
確かに、あの伊原もほんの少し頬を染めてるけど……じゃなくて!
慌てて柳谷を見ると。
「…………」
「……柳谷……?」
「…………」
た……立ったまま気絶してらっしゃる……。
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