第33話 応援
51階層は荒野だった。なーんにもない。河も沼も森も無ければ草もない。
ぺんぺん草も生えないってやつだ。ぺんぺん草ってのがどんな草なのかは知らないけど。
それにしてもアルヘナもそうだったけど、どうして最下層付近へくると一気に景色が変わるのだろうか。そしてアルヘナの時は人間っぽいのが襲ってきたけど今回はどうなるんだろう。
……いやあ、たのしみですなあ!
うっきうっきわっくわっくしながら進む。そこには敵影が!
第一モンスターはっけーん!
現れたのは前のときと同じように黒塗りされた動物たちだ。
犬型猫型ッぽいけど大きさはかなり大きい。2m以上の個体ばっかりだ。それが10匹ほどいる。
地上なら十分大きな猛獣だし、数も多い。
隊商なんかだと苦労しそうだけど、ココはダンジョンの51階層だ。ここまで来れるパーティーでこんなのに苦戦する奴はいないだろう。
「いっくぞー!!」
「えい!」
「やっ!」
「えーい!」
(ぷる!)
「にゃ!」
まさに鎧袖一触というところか。それぞれが軽く蹴散らしたけど、何故か全く同情したりはしない。
普通犬や猫型のモンスターならかわいそうだと思うんだけど。ふしぎだなあ。
その後も動物型のモンスターがメインで出現した。
緑が少ない、荒れた土地にたくさんの猛獣。
それからドラゴンとは違う感じの大きな爬虫類のモンスターも現れた。
基本的に色が真っ黒だからこれが何の種類なのかはサッパリわからないけど、道中に出現したミドルドラゴンよりは強い。鱗はもちろん、皮も硬くて剣をはじくし、魔法も通りが悪い気がするのだ。
でもドラゴンじゃないんじゃないかと思ったところは翼がないからだ。
なんというか、大きなトカゲっぽい感じなのだ。
そんなモンスターが最初はぽつぽつと。階層を進めるごとにだんだんと強く、大きくなっていく。そして魔法も使ってくるようになった。
「なかなか手ごわいですねぇ」
「そうね。さっきまではシロちゃんのいい訓練だと思ってたけど、そろそろきついかも」
ユリアンヌちゃんとエルさんが話している。
確かにだいぶ強くなってきたけど、アルヘナみたいな意地悪さは感じない。
単純に力が強くて大きくて早いのだ。
正攻法の強さだ。まあそれがいちばん困るといえばそうなんだけど。
「まあもう最下層付近です。強くなければ困るでしょう」
「いい訓練になると思えば?」
「アーシャ様はまだ余裕そうですもんね」
「そうだね。正直私はまだまだ余裕だよ。アルヘナの最下層付近のモンスターはなかなかひどかったけど、ボス部屋はもっとひどかったからね……」
「ああ、あの戦車はひどかったですね。アーシャ様も何回もボコボコにされて……」
「そうだったの?」
「そうなんですの!?」
「そうです。ダンジョンボスが不死者に犯されていたようで、その影響もあってスタンピードが起こったようなのです。調査中でもありますので、詳細は不明ですが……」
「それに学園長先生が絡んでたってことなのかな」
「まあそういうことみたいだね」
「それに治癒魔法のセレナ先生も、でしょ?」
「そうですね。お二人とも不死者の一味だったようです。」
カリナは当たり前のように頷いている。
そうそう、そういえばセレナ先生だっけ。今更のように思い出したよ。
「そうそう。セレナ先生だったっけ。カリナと戦ってて結構強かったよね。ぶっちゃけカリナ負けてたもんね。まあ私も学園長とはいい勝負だったけど」
「そうですね。私はかなり押されてましたけどいい勝負と言えなくもない所でしたね。でも姫のほうこそいい勝負というよりはかなり押されていたようですが?」
にやっとしながら言うカリナ。
そうだったかなー?そんな気もしないでもないけどなー?
まあこんな事を言い出した理由はちゃんとあるのだ。
55層に到達した私達を待ち受けていたのは、真っ黒な体に紫の斑がいっぱいの巨大な獣型モンスター。猫科の猛獣を髣髴とさせるモンスターだ。
その佇まいはまさに百獣の王って感じで……ただしでかい。ボス本体って感じのタテガミのある個体と、取り巻きはタテガミのないメスライオンっぽいのが7体。いわゆるハーレムを形成しているのだね!
「10mくらいあるライオンさんだね」
「ライオン?って何ですか?」
「知らないモンスターですね。エルさん知ってます?」
「私もしらなーい」
「ありゃ?」
ライオンって知らないんだっけ?そういえば私も見たことはない……こともない。
どこかの動物をいっぱい展示してあるところでゴロゴロ寝てばっかりのライオンちゃんたちを見たことがある気がする。何にもせずにゴロゴロしてるだめなやつらだった。
そんなのにそっくり…じゃないかもね。なんてったって影みたいに真っ黒なのだ。
シルエットは同じなんだけど……
「まあライオンさんは置いといて。とりあえず猫科の猛獣だから、ココアちゃんがんばれ!まけるな!」
「にゃ!」
果敢に挑むココアちゃんとそれを応援する私。
周りのみんなは取り巻きを相手に戦っている。7対3だけど、プリンちゃんもシロちゃんもいるしいい勝負みたいだ。
そしてココアちゃんはボスライオンとタイマンの戦いだ。
「おらおら!やんのか!」「おめえどこ中だよ!」的なにらみ合いの後、衝突が始まった。
ボスライオンは巨体をいかした戦い方だ。懐に入らせず、ヤバイと思ったら素直に下がる。
基本に忠実でなかなか手ごわい相手だ。
ココアちゃんとしてはどうにかして掻い潜って頭部や腹部への攻撃を狙っているが、なかなかうまくいかない。時折フェイントを織り交ぜ、チクチクと攻撃する。
それに対するボスライオンのほうも大振りで隙だらけの攻撃などはしない。堅実な、それでいて十分致命傷になりうる威力を持った一撃を繰り出す。
まさにパワー対スピードの一進一退の攻防である。
「ハラハラするなあ!がんばれー!」
いつものように戦うより見てるほうがハラハラドキドキだ。
ココアちゃんがパンチを掻い潜り、懐の中へ入ろうとしたら牙が。
牙をバックステップでかわすとまたパンチが。その右のパンチを受け流して、ボスライオンの右肩のほうへと回り込んでココアちゃんの右ストレートが脇腹にヒット!そうだ!そこだ!続いて噛み付き!だめだ、浅い!
ココアちゃんの追撃を追い払い、一度距離をとった所にボスライオンが口から炎のブレスを吐く!
「ぐらあああああ!」
「にゃにゃ!」
ココアちゃんは危うく回避。
せーっふ!せーっふ!
「あっ!あいつずっる!猫のクセにブレスとかずるいっ!」
「ずるくありません。ある大きさ以上の猛獣型のモンスターがブレスを吐くのは普通です」
「あ、カリナ終わったんだ?」
「ええ。取り巻きのほうは不死者になっていませんでしたから」
そうなのだ。ボスライオンはしっかり不死者になっていて、ココアちゃんのパンチやら噛み付き攻撃が当たったところの傷はもう塞がりかけている。
自動修復とか再生とかそういうのってズル過ぎない?あんなのヒキョーだよね!ヒキョーものだよ!
ああっ、頑張れココアちゃん!
「手助けしたほうがいいのではありませんか?」
「う、うーん、さすがにきつそうだなあ。手伝おうかあ。でもなあ」
「にゃにゃ!」
「いらないって。強情だなあ」
やばいんじゃないかと思うけど頑張ってる。
ハラハラドキドキ、といった感じよりも心配が先に来てしまう。
パパが私を見ているときはこんな感じなんだろうか。
「がんばれっ!」
「がんばってください!」
「一気に決めちゃえ!」
「がんばって!」
(ぷるぷる!)
「にゃ!」
声援を受けて突撃していくココアちゃん。
その顔は闘志がみなぎっているように……見えなくもないね。ちょっと怒った時のかわいいネコさんの顔だね。
かわいい顔だけど突撃していったココアちゃんの気迫は今までとまるで違う。
相手の攻撃を読み、紙一重でかわすと左のフックから右のショートアッパー!
状態がグラついた所で脇腹へリバーブロー…?あのサイズじゃどこが肝臓かわかんないな。
ダウン寸前のボスライオンは渾身の力を込めてブレスの構えをしている。あぶないココアちゃん避けて!
「がるおおおおおお!」
「にゃーにゃー…にゃーにゃー」
避けないと!と思ったけどココアちゃんは全くその気配を見せずに、魔力を高める。
ボスライオンの口の辺りに魔力の集中を感じるが、ココアちゃんの前足にも気合と魔力の集中を感じる。そして極限まで魔力を凝縮した両手……前足を前方に突き出す!
「ぐるあああああ!」
「にゃあああああああ!」
ボスライオンの口からはさっきと同じ炎のブレスが、そして裂帛の気合とともに突き出された前足からは……
でっかいビームだ!
明らかに前足より大きいサイズの帯状のビームが掌中から飛び出し、炎のブレスを吹き飛ばしてボスライオンを貫く。
「いやったあああ!すっごおおい!」
「にゃ、ふにゃああ……」
魔力を使い果たしたココアちゃんはぼてっと座り込んだ。
そしてボスライオンは頭部を吹き飛ばされてもまだ息がある。そして絶賛再生中だ。
「あー、まだみたい。トドメさしてくるよ?」
「うにゃ~」
「まかせて!よくがんばったね!」
私は弱って何も出来ないボスライオンに近づき、さくっとトドメを刺す。
いやあ、それにしてもココアちゃん強かった……ってか今気が付いたけど!
「私今回何もやってない……!?」
「最後にトドメさしただけですね。それも誰でも出来そうなことでしたが。」
「そうだね、誰でも出来るね。」
確かに。
でも今までにない疲労感だ。
今まではボス階をクリアしたら疲れたよりもやったぜ!って喜びが先に来ていたのだ。でも今日はなんだかひたすら疲れた。もう帰ってビール飲んで寝たいって感じ。何だビールって??
「まあかえろっか。みんなお疲れ様」
「「「お疲れ様でした~」」」
一応56層に一歩だけ足を入れてから帰る。
いやあ、今日は疲れた疲れた。応援って疲れるんだなあ。




