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リアじゅ~探偵 赤ずきん  作者: 升宇田
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1話「少女と獣と夢の街」

春は始まりの季節。昨日までの積もり積もった自分を溶かし、新たな自分が顔を出す、そんな節目。


 祖父母から貰った新品のランドセルを錠前もせずに背負ってはしゃぐピカピカの小学生の群れ、


 舞い散る桜並木を恥ずかしそうにうつむき歩く中学生のカップル、


 待ちに待った自分専用の携帯電話で連絡を交換し合う男子高校生達、


 いくら注ぎ込んだのか分からない服で大正門を潜る大学生、


 かなり磨いたであろう革靴の底を早速すり減らす新社会人・・・




 昨日までの自分とは一味違う今日の自分。それが例え三日坊主で終わってしまうとしても、その日の自分が変わったという事実は変わらない。


 少しでも変わることを意識したその瞬間に芽生える感情は、時が経過しても心のどこかで残り続け、ある日ふと思い出したように再燃する事がある。


 それはまるで暖めていた卵が羽化するかのごとく唐突で、獣のように野性味溢れる、そんな存在となるだろう。


 


 春は始まりの季節。しかしその“始まり”が今後の自分に何をもたらすのか。




 ◆




 ここは夢見街。人が夢を求め集まる大都会。今日も人々はその足で夢溢れる街の交差点を練り歩く。


 そんなある街に一人の男が足を踏み入れた。




 「夢見街・・・」




 彼の名は八瀬穂。今年大学を卒業した所謂“新卒”だ。彼もまた、この夢でいっぱいの街に引き寄せられた一人なのだった。




 「今日から俺もこの街で夢を追い掴む。そのためにはまず、この場所へ・・・」




 新卒・八瀬穂は至って普通の一般人である。両親も血族も先祖も至って普通の一般人である。そんな“一般”であることに、この男はやるせなさを感じていた。


 一般とは所謂“普通”であるということ。“人並み”であるということ。“平均”であるということ。


 八瀬穂は生活やら何やら全てが一般的であるため、この世における自分の存在意義に疑問を持ち始めていた。




 そんなある日、自身が通っていた大学が設けている求人の情報掲示板で、なかなか見ない「探偵」の二文字を発見した。


 会社概要・募集要項はほとんど何も書いておらず、ただ短い文章で「勇気のある方は是非」とだけ書いてある。


 とてつもなく怪しい雰囲気の求人票に大学事務員も難しい顔で危険を促したが、当の八瀬穂は「やります」の一点張り。


 八瀬穂はその求人票から滲み出るどこか普通ではない可能性を感じ、未知なる探偵の職場へと赴くのであった。




 八瀬穂は左手のスマートフォンで位置情報を確認しながら街中をキョロキョロと手探り歩く。


 平日の昼間でも社会人は必ずしもオフィスに籠もりっぱなしではないらしい・・・


そんな事を分析しつつ八瀬穂は人波を掻き分け進んでいくと、


やがてどこかの暗い路地裏へと辿り着いた。


 カンカン照りの真っ昼間ということもあって、路地裏の日陰と湿っぽさが気持ちよく感じた。




 「ここ、で良いんだよな」




 スマートフォンの地図アプリを確認すると八瀬穂の立っている位置と目的地の位置が重なっている。どうやらここで間違いないようだが、看板も何も目印になるような物は無い。


 あるのはゴミ袋が積まれたゴミ置き場とその近くに転がるビールの空き缶のみ。


 いろんな意味で薄気味悪く感じ、八瀬穂は路地裏の真ん中で一人肩をさすった。


 


 「何か間違えたか・・・俺」




 今更になって八瀬穂は色々と疑い始めた。本当は探偵の事務所なんて無いのではないか、あの求人票は詐欺だったのではないか、と。


 そもそもろくな情報も載せられていない求人票を見た時点で変だと確信して怪しむべきである。


 八瀬穂は普通を主張する割には普通の感性が欠落していた。




 とりあえず一度路地裏から出よう。そう思い、来た道を戻ろうと爪先を逆に向けようとした、その時。




 コーンッ




 偶然、足下にあったビールの空き缶が踵を返した足の爪先に直撃した。への字に凹み道端に転がっていた空き缶に、今朝ピカピカに磨いた革靴の先端が引っかかり上へと持ち上げられる。


 そのまま宙に舞った空き缶は、これまた偶然にも八瀬穂の横を通り掛かった男性に向かって飛んでいき、最悪にも男性の顔面に直撃した。


 この間、約2秒。“あっという間”とはこういう時にこそ使う言葉であると八瀬穂は改めて思った。




 「あっ」




 八瀬穂は咄嗟の出来事に声が絡まり、「すみません」の一言が出てこず間抜けな声だけが木霊した。


 そのせいではないにしても空き缶を当てられた男性は俯き肩を震わせ何やら念仏のようにブツブツと呟き始めた。どうやら完全に怒っているようだった。




 「お前も俺をゴミ扱いするのか、あいつらと同じように」


 「は?」




 覚えの無い恨みが八瀬穂を襲う。




 「お前も俺の夢を馬鹿にするのかって言ってんだよ!」




 男性がそう声を荒げるとドス黒い煙のようなものが男性の内側から溢れだし、途端に彼の身辺を囲い始めた。その様子はさながら実写映画で見るCGそのものだった。




 「な、なんだなんだ」




 びっくり人間のショーでも始まったのかと言わんばかりに慌てふためく八瀬穂はその場から離れようにも体が怯んで動けない。まるで獣と対峙した時の一瞬のフリーズ、言うなれば蛇に睨まれた蛙である。


 しかしそんな事を気にしている場合では無い。どういう原理か、男性の身体はみるみる内に形を変えていく。黒い煙の中にうっすら見えるシルエットを見れば一目瞭然であった。




 「俺の夢は映画監督になることだった。その夢を実現するためにこの街へ来たというのに、ここの連中は俺のアイデアを聞き入れようともしない。」


 「そんなこと僕に言われても」




 煙の中で異形の姿へと変貌した男性のシルエット。その眼光が赤く光りこちらを睨み付ける。




 「だったら解らせてやる。俺の才能がどれだけ世界に影響を与えるかということを。この俺の身を削ってでもな」




 辺りをどよめく黒煙が、ある一点を中心に渦巻き、はじけ飛ぶ。その中から現れたのは謎の怪獣、もとい先ほど八瀬穂が空き缶をぶつけた男性だった。


 怪獣はプテラノドンのような二枚の大きな翼を持ち、サイのような太い2本の短い足と、後は何だかよく分からない3本の太い尻尾でその身体を支えている。大きさは差ほど変わっておらず、元の男性よりも一回り大きい程度のサイズであった。


 しかしその迫力はまさしくモンスター、とてつもなく殺気めいた波動を放っていた。


  


 「人が、化け物に・・・」




 怯えと驚きが行き来する八瀬穂の目の前まで迫り来る怪獣の足。怪獣は片方の翼を天に向かってピンと振りかざす。




 「お前もエキストラに加えてやるって言ってるんだよ!」




 そう言うと怪獣は、息を呑むまもなく八瀬穂めがけて翼を振り下ろした。




 ◆ 




 八瀬穂の目の前が暗くなる。それは咄嗟に目を瞑ったからなのか、それとも死んだからなのか。


 


 「俺は・・・」




 こんな時なのにも関わらず八瀬穂はこの街に来た意味を考え始めた。




 「本当は探偵なんて切っ掛けに過ぎなかった。ただ普通の生活から抜け出したくて・・・夢が一つでもあれば何か変われると思って、この街へ来たんだ」




 八瀬穂は考える。自分がここに来たのは道に迷うことでも、見知らぬ男性に空き缶をぶつけることでも、ましてや夢物語に出てくるような怪獣に殺されるためでもないと。




 「夢を見に来たって、こういう事じゃ無かったんだけどな・・・」




 こうなるくらいなら夢なんて持つんじゃなかった、そう嘆き片目の涙腺から一筋の涙を流すと、四方も分からぬ暗闇の中から一筋の光とも言える一筋の声が八瀬穂の耳に響いた。




 「あきらめないで」


 「その声は・・・ミキ・・・?」


 


 その瞬間、八瀬穂は自身が目を瞑り変な防御姿勢を保っていたことに気付いた。どうやら死んではいなかったらしい。


 八瀬穂は視界をゆっくりと広げると、先ほど襲ってきた怪獣の目の前に立ちはだかる謎の人物の姿があった。




 「だ、誰だ・・・?」




 その者は金の髪を赤い頭巾で隠し、肩から背にかけて赤いマントを、腰から足首にかけて長い水色のスカートを身に付けており、マントに関しては風が靡いて、さながらスーパーマンの様だった。


 グリム童話の代表作の一角、「赤ずきん」にも似た風貌をしたその“少女”は、勇敢にも目の前の怪獣に一切怯まず立ち向かっていた。




 「なんだこのガキ」


 「ガキじゃない。私は赤ずきんよ」




 怪獣の質問に少女はストレートに自身を“赤ずきん”と名乗った。




 「赤ずきんだと?何のヒネりもない、見たまんまじゃないか。貴様はセンスというものを知らんのか」


 「アンタみたいに考えに考えた結果、無視されて没扱いされるよりはマシよ」




 その一言で怪獣は目をピクッと引きつらせる。恐らくは先ほどの話を聞いた上での回答だろうが、何とも余計な一言だと八瀬穂は思った。




 「なんだと?」


 「アンタのその姿、そのデザインを見ても分かるけど、アンタのセンスは複雑すぎて皆には伝わらないわよ」




 ピクピクと怒りがこみ上げる怪獣をよそ目に、更に少女は口を回す。




 「自分の感性を極限までこじらせても、見る側の気持ちを考えないと、それはただの独りよがりになってしまう」


 「何が言いたい」


 「自己中なのよ、アンタ」




 その辺で止めとけ、と八瀬穂が少女を制する間もなく怪獣の堪忍袋は無慈悲にも切断されてしまった。


 


 「自己中?自己中だと?俺がそれを言われるのか。だったら俺を無視し続けた制作チームは自己中じゃないってのかよ!」




 怪獣が再び翼を振り上げ少女に襲いかかる。少女は身軽く怪獣の攻撃を避けると、その攻撃は八瀬穂の近くにあったゴミ箱に直撃した。




 「アンタが自分の考えを押しつけて皆と同じ目線で話し合おうとしなかったからじゃないの!」


 「黙れ!」




 怪獣は段々と無差別にあちこちを破壊し始める。攻撃の荒波から間一髪で逃げ惑う八瀬穂は一つの疑問を少女に投げかけた。




 「待て、そこの、赤ずきんとか言ったな。お前そこの怪物と知り合いなのか?」


 「いや?知らないけど」




 即答された。八瀬穂は続けざまに問いかける。




 「じゃあ何故そいつの事情を知っている」


 「何故って、身体から滲み出てるじゃん」




 言っている意味は分からないが、とにかくすごい自信があることは確かだった。


 八瀬穂は少女の可能性を信じて更に問いかける。




 「あいつを止める方法を知っているな?」


 「うん。それが私の仕事だもん」




 少女は頼もしくそう言うと、胸の中心に手を当て力強く叫んだ。




 「《オンデマンド》!」





 ◆




 少女の叫びに呼応するかのように、煙のようなものが少女の中心から溢れ出し、金の輝きを放ち少女を囲んで渦巻き始める。


 それは先ほど怪獣になった男性と同じ現象であった。




 「まさかこの子も怪獣に・・・」




 八瀬穂は一瞬不安に煽られたが、どこか安心感のようなものを感じていた。


 そう、それはまるで子供の頃見たヒーロー番組のような、絶対的な信頼感。


  


 少女を取り囲む煙は段々と竜巻を帯びていき、やがてはじけ飛んだ。


 爆風と共に金の風が八瀬穂を、怪獣を、裏路地を一気に吹き抜ける。風が残した金粉が雪のように宙を降りていき、地に落ちる直前に消えていく。


 その中心地から現れたのは先ほどの赤ずきん。彼女は右手に剣を、左手に盾を構え、服装も若干鎧めいており、その風貌はまるで騎士のようであった。




 「怪獣じゃないが・・・変身した」


 「説明してる暇はないわ」




 誰も説明をしてくれとは頼んではいないが八瀬穂はその場の空気に任せてこの異常事態の行く末を見守ることにした。


 恐らくはもう大丈夫、そんな気がした。




 「変身しただと、貴様何者だ」


 「アンタにだけは言われたくない」




 少女は携える剣の先を斜め下に構えると、そのままの姿勢で怪獣めがけて突進した。


 


 「っ!?来るかよ、ガキが!」




 咄嗟の猛攻に怪獣は一瞬怯みを見せるものの、翼を上手く使い身体を翻す。


 少女は避けられるのを計算していたかのように、怪獣が躱す方向に視線を追尾させる。




 「遅い!」




 少女は片足を一歩前に突き出し、足首を捻り固いコンクリートの地面に固定すると、もう片足の間接を約90度に曲げ身体の軸を固定する体制に構える。


 剣を持つ手を水平にし、バッティングをする姿勢になると少女の横へと回避した怪獣に向かって剣を思い切りスイングした。




 「なんとぉ!」




 怪獣は横腹に剣撃を貰ったのか体制を崩す。しかし怪獣の腹部には切り傷のようなものは無かった。


 


 「躱されたか!?」


 「だったらぁ!」




 少女は再び剣を構え怪獣に向かって走り出す。先程と同じ構えの突進であるが、少女の洞察力は今の一連の流れを見れば普通では無いと怪獣は確信する。


 少女が攻撃を外すことはあっても、自身が攻撃を躱すことは不可能であると考えた。


 


 「ならば!」




 少女が剣で切り付けるまさにその瞬間、怪獣は両の翼を羽ばたかせ、天に向かって大きく上昇した。




 「ハハハ!空にいては手が出せまい!」




 怪獣は勝ち誇ったように大空をバサバサと高笑いする。


 


 「そうだ、最初から飛べば良かったのだ。そうすれば苦戦せずとも奴に楽々勝てたじゃないか。何故こんな単純な事に・・・」




 そこまで言うと怪獣はハッと何かに気が付いた。


 それを見た少女はニヤリと笑みを零し、天に羽ばたく怪獣に言い放つ。




 「ようやく気付いたみたいね」


 「・・・何?」




 空中で惑う怪獣に少女は言う。




 「その奇抜な姿。アンタが今までやってきた“奇をてらって色んな要素を詰め込む癖”がよく滲み出てるわ。そのおかげで本来使える機能も使わずして駄目にしているのもよく分かる」


 「何だと・・・」




 怪獣は密かに気づき始めた。しかしそれは、最初から分かっていた事だった。


 


 「翼はね、相手に斬りかかるものでも、身体を躱す為のものでも無い。“飛ぶ”ものよ」


 「・・・!!」




 怪獣は少女のその一言で言葉を失った。


 端から見ていた八瀬穂に関しては「はぁ?」という顔をして呆然としている。


 少女の身につけていた騎士の鎧と、手に携えていた剣と盾が光の粉になって静かに消えていった。




 「アンタは奇想天外を求める余りに“単純”さを失っていたのよ。簡単なことでも大切な基礎、それを忘れては良いものは出来ないわ」


 「単純な事だと・・・。まさかそんな、この俺がそんな事に気付いていなかったなど・・あるわけが・・・」




 頭の中に巡り来る過去の記憶と自問自答に溺れ、怪獣は段々と戦意を失っていく。その様子は、この中では一般人である八瀬穂の目にもはっきりと写っていた。




  「・・・分かっていたさ」




 怪獣は天にいながらも地に向かって俯き、悟るような表情で語り始めた。




 「世の中に溢れる作品はどこか似たような設定のものばかりで、奇抜なストーリーやキャラクターが求められている。じゃないと『またか』って言われて吐き捨てられてしまう」




 先程までの戦意はどこへやら、怪獣は目に涙を浮かべ始めた。




 「俺は必死に斬新な物語を考えた。だが、どのアイデアも誰の目にも止まらなかった。『分かりづらい』、『難しい』・・・そんな感想ばかりだった」




 あんなに凶悪な姿をしていた怪獣はいつの間にやら元の冴えない男性の姿へと戻っていた。




 「そうか、俺には“王道”が欠けていたのかもしれないな・・・」




 男性は少し悲しく微笑む。そんな表情で天からゆっくりと降りてくる男性に、白手の掌を差し伸べ少女は笑った。




 「また作れば良いでしょ。ここは、夢を追う街だもの」


 「・・・頑張ってみるよ」




 肩の荷が落ちたように男性はくしゃっとはにかみ、伸ばす少女の手に自身の手を重ねた。




 ◆


  


 辺りは荒れに荒れているものの、先程まで怪獣として暴れていた男性は元の姿に戻り、何事も無かったかのように裏路地から街の中へと消えていった。


 事の一部始終を間近で見ていた普通の人間・八瀬穂はヘナヘナとその場に膝から崩れ落ちた。




 「何だってんだ、一体何だってんだ一体」




 まるでラップのように混乱の意を表する言葉を漏らす。そんな八瀬穂を横目にスカートをパンパンと払う少女もまた何事も無かったかのようにその場を去ろうとしていた。




 「ちょ、ちょっと待って!」




 あまりにも自然な退場だったので八瀬穂は一瞬見逃すも、直ぐに少女の制止にかかる。


 少女は急に足下にしがみついてきた見知らぬ男性に怪訝な表情で睨み付けた。




 「ちょっと、誰よアンタ・・・叫ぶわよ」


 「それは大変だ」




 このご時世そんなことされてしまえば只では済まない。八瀬穂は咄嗟に少女の足下から離れ、手を頭の後ろで組み少女から数メートル離れた。




 「大げさな。そんな銃で撃つわけでもなし・・・」


 「お前さっき剣振り回してたじゃねーか」




 積もる話も多々あるが、八瀬穂は単刀直入に聞き出した。


 


 「お嬢さん、いや、赤ずきんさん。アンタは一体何者なんだ」


 


 八瀬穂の問いに少女は一瞬戸惑い、口に手を当て数秒考えると、「いや・・・」などと、まるで見ず知らずの他人のようにこの場を去ろうとした。




 「誤魔化さないでくれ。いや、もう僕には誤魔化すことは出来ないし、さっきの事態は忘れることも出来ない」


 「・・・」




 八瀬穂の言葉も焼け石に水をかけるが如く無駄に蒸発してしまう。少女は後ろを向いたまま八瀬穂に言った。




 「ごめんなさい。このことは誰にも話さないで・・・ごめんなさい」




 その一言で八瀬穂はこれ以上の尋問は無駄だと悟り、諦めて帰る決意をした。せっかく普通ではない、それも飛び切り夢のような世界へと足を踏み入れることが出来ると思っていたのに・・・。


 そんな無念を心の奥で噛み砕きつつも、最後に一つだけ少女に八瀬穂の当初の目的を尋ねた。




 「わかった。でも最後だけ道を聞きたい。この辺に探偵事務所があるというメールを読んでここまで来たんだが見当たらないんだ。何か・・・」




 知らないかな、そう続けて言おうとした時、少女はこちらに振り返りズカズカと赤い靴を鳴らしてこちらに迫ってきた。


 八瀬穂の眼前に少女の顔がズイッとズームアップする。八瀬穂は勢いで身体が仰け反った。




 「じゃあ、あなたが新人くんね!?」


 「え」




 少女の目がキラキラとこちらを見つめている。さっきの他人行儀な態度とは偉い違いで歓迎された。




 「なぁんだ、だったら最初からそう言ってよね。ほら、こっちこっち」


 「な、どこ行くんだ。ちょっと!」




 春は始まりの季節。そんな春にあざ笑われるかのように八瀬穂の人生は大きく、 少女の小さな手に引かれるがまま見当違いな方向へと進んでいくのだった。

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