天国ってどんなとこ?
マッチ売りは童話っぽくなかったけど、今度こそは……。
言葉遣いは小学生視点にすることで、簡単にはしたんですけどね。
どうやら僕は、死んでしまったらしい。やっと、低学年から高学年のお兄さんたちの仲間入りができると思った矢先だったんだ。
お父さんの会社が、倒産したらしい。
それで、おかしくなったお父さんがお母さんと僕を車に乗せて、崖に突っ込んでいって落っこちちゃったんだ。
そして、何が何だかわからないまま僕は死んだ。
ここは、どこだろう? 気付いたら小舟に乗ってゆらゆらと揺られていた。
「坊主、着いたぞ。降りな」
舟を漕いでいたおじさんが、僕に声をかけた。一見怖そうなおじさんだったけど、僕が小舟から降りていく時の優しい目が印象的だった。
僕が降りた場所には、小さな列ができていて、僕も何となく並ばなきゃいけない感じがして並んだ。しばらくすると、僕の番が来たみたいで、そこには知らないおじさんが座っていた。
今日はよく知らないおじさんに会う日だ。
「おじさんは誰?」
僕は気付いたら、おじさんについ質問していた。
「儂か? 儂は閻魔だ」
エンマ? 僕はよくわからなかった。そんな僕の顔を見て、察しってくれたのか、エンマさんは追加の説明をしてくれた。
「あー、あれだ。地獄と天国、お前がどっちに行くのかを決める人だ」
天国、地獄それは知っている。
「天国がいいところで、地獄が怖いところだよね?」
僕はエンマさんに確認してみる。
「まぁ、そんな感じだ。で、お前なんだが生前、特に目立った悪事も働いてないし、死んだ理由にも同情の余地ありだ。ってことで、天国行きでいいだろう」
学校の先生も、天国はいいところだって言っていたし、僕はそれを聞いてうれしくなった。
「エンマさんありがとう!」
僕は天国行きって書いてあるドアの方へ、エンマさんに手を振って走って行った。
「……いいところねぇ」
天国行きと書いてあるドアをくぐると、長い長いエスカレーターがあって、しばらく乗っていると、大きな門が見えてきて『天国』と書いてあった。
ビルの四階ぐらいの高さと、ヨーロッパの方にありそうな天使の絵が書いてある石でできた立派な門だった。
何となく『フランダースの犬』を思い出す。
門の左右に一人ずつ鎧を着た人が立っていて、僕は右の人に話しかけてみた。
「すいません。天国ってここですか?」
すると右の人は、子供にやさしく教えるように(実際に僕は子供なんだけど)静かに優しくゆっくりと返事をしてくれた。
「そうだよ。ここが天国だよ。一人で来たのかい?」
右の人が、門をゆっくりと押した。
「入りなさい。色々あって大変だっただろうけど、もう休んでいいんだ」
右の人の口から出た言葉の意味が、僕にはよくわからなかった。
でも、頬に何かが伝った。
それが涙だったことがわかるまで、かなりかかったと思う。
だって、こんなに静かに泣いたのは初めてだったから。
いつもはもっと大声をあげて、しゃっくりだって止まらないし、顔も皺くちゃになるんだ。
なんで、こんな泣き方をしたのかはわからなかった。
門をくぐると、まず広い綺麗なお花畑があった。赤い花、青い花、黄色い花、いろんな種類のいろんな色のいろんな匂いの花がった。
「綺麗だなー」
思わず口からこぼれた。だけど、まだ周りに人の影はない。
天国なら、どこかに他の人がいるはずなんだけどなー。お花畑を僕は歩く。花の高さは僕の肩ぐらいまである。五分ぐらい歩いただろうか、誰かが花の上で寝転がっている。僕は、少しためらいつつも声をかけてみる。
「あのー、すいません」
寝転がっている人は、ビクッてなると素早く起き上がって
「はい! すいません。サボっていたわけじゃないんです」
寝転がっているときは気付かなかったけど、この人、背中に羽が生えている! 僕は一つの確信とともに、期待を込めて尋ねてみた。
「もしかして天使さんですか?」
天使っぽい人は、僕のことをジーっと眺めて
「あっ、今日、天国にお越しになられた方ですか。そうです。私は天使です」
天使(確定)さんは、丁寧な言葉使いで僕の質問に答えてくれた。
「ここで何してたんですか?」
僕は、プロ野球選手や消防士さんに会ったときみたいな憧れの目で天使さんを真っ直ぐに見つめていた。
「うっ、眩しい。なんて澄んだ眼だ。素直に昼寝していたと言いたい。あっ、そうだ。あなたを迎えに来たんですよ」
全部丸聞こえだったけど、僕は聞こえない振りをした。
よくお父さんとお母さんの口喧嘩の時もそうしてきた。天使さんだって、サボってたのが他の天使さんにばれたら怒られてしまうだろうしね。
「ありがとうございます。後、どれくらい歩いたら着くんですか?」
「んー、正確には、ここも天国なんですけど人が住んでいるのは、ここから五分ぐらいですかね」
そういうと天使さんは「着いてきてください」といって手を引いてくれた。手を引いてもらったのなんて生まれて初めてかもしれない。
しばらくすると、周りにぽつぽつとお家が見えてきて、人もちらちらと見るようになってきた。
「天国ってどのくらい人がいるんですか?」
天使さんが難しそうな顔をして
「うーん、相当偉い神様とかならわかるんでしょうけど私じゃちょっと分んないですね」
確かに死んだ人がいっぱい来るから、いちいち数えるのが大変かもしれない。
「とりあえず、軽く天国を案内していきますね」
「天国ってやっぱりいいところですよね?天国にいるのも、良い人ばっかりそうですし」
天使さんは少し考えて
「……そうですね住みやすいとは思いますよ」
まず僕はコンビニくらいの大きさの建物を紹介された。
「ここが今日からあなたの住居になります。増築、改築、引っ越し又は誰かと同居したい場合、私共天使に申請していただければ一時間ほどで完了しますので」
難しい言葉がいくつかあったので、全部は意味が分からなかったけど、困ったら天使さんに言えばいいのは分かった。
だから僕は、一番最初に聞いておきたいことを聞いた。
「あの……お父さんやお母さんとは一緒に住めないんですか」
天使さんは少し苦そうな顔押して
「はい、残念ながらお父様とお母様は天国には来られませんでしたので」
「そうですか」
僕は何となくだけど、そのことは分かっていたんだ。
僕は今とっても難しい気持ちだ。お父さんたちにもう会えないと思うと悲しいけど、もうあんな二人の喧嘩を見ないで済むかと思うとほっとしている僕がいる。
こんなことを考えちゃうなんて、僕も、もしかしたら天国にいる資格なんてないのかもしれない。
「じゃっ、じゃあ施設を案内していきますね」
僕の落ち込んでいるのを見て、天使さんは気を使って話を変えてくれた。
まず、でっかいモールのようなところに連れて行ってくれた。
「ここで欲しいものは大抵手に入ります。ゲームでも漫画でもなんでもありますからね」
「ご飯とかどうすればいいんですか?」
「お食事は、ここでも世界各地の料理が楽しめます。勿論、自宅でも我々にお申し付けていただければ食べられます。それだけではなく、地元のそこでしか食べられなかった料理も再現できますし、何なら個人の料理の味も再現できます。ここでは、妻や母親の味がいいとおっしゃる方も多いですので」
素直にびっくりした。天国ってこんなにもすごいのか。
「それじゃあ、ここで早速ご飯でも食べてもいいですか?」
僕は今の話を聞いて、なんだかお腹が空いてきたので天使さんに尋ねた。
「えっ? あっ、はい、そうですね。じゃあ行ってみましょうか」
天使さんは一瞬顔を強張らせたが、すぐに案内してくれた。
レストランのような白いシーツの引かれたいくつかのテーブルと、クルッとなった足の椅子がある場所に、天使さんは連れて行ってくれた。
「何にします?」
天使さんの問いに、僕は食い気味で答える。
「花丸レストランのお子様ランチ!」
これが僕の大好物だった。
「かしこまりました」
そう言って、天使さんが奥の方へ消えていくと、僕は周りに他にどんな人がいるんだろうと思って、キョロキョロしてしまった。
出来れば、お友達になりたいななんて思っていた。
少し離れた席に、お父さんと同じ年くらいの優しそうな顔の男の人が座っているのが見えた。
僕はお子様ランチを待っている間、話しかけてみようかなと思って椅子から立ち上がろうとした時、そのテーブルへ僕が最初にあった天使さんとは別の天使さんが、大きなステーキを持ってきているのが見えた。
なんだ、料理が来ちゃったのかと、思って一瞬目を離したらガシャーンっと音がして何事かと思って、もう一度男の人のほうへ視線を向けると、さっきの優しそうな表情からは想像も出来ない顔で男の人が料理ごと天使さんを蹴飛ばしていたのでした。
「いつも一分以内に持って来いって言っているよな」
男の人は、低い声で天使さんを叱ります。
「すみません。すみません。すみません」
天使さんは、只々頭を床に着け謝るばかりです。一分なんてカップラーメンだってできないことぐらい、料理をしたことがない僕だってわかります。
「天使なら一分でも出来ない事もないんですよ」
あんまりにもあの天使さんが可哀想で注意しようかと思ったけど、そこに天使さんがお子様ランチを片手に持ってきて
「やめておいたほうがいいと思いますよ」
色々びっくりしたけど、まず最初に、さっき頼んだばかりなのにもうお子様ランチができてびっくりしました。本当の花丸レストランだったら早くても十分は待つのに。
「なんでですか? あんなに酷いことしてるのに」
もう一つは、あんな酷いことをしているのに止めたからだ。
「私たち天使は、天国にいらっしゃった方々に、現世で真面目に頑張っていた分、幸せに暮らしてもらうサポートをするのが唯一にして最大の仕事です」
そんな淡々と話す天使さんを見て、僕は当たり前の疑問が浮かんだ。
「なんであんな人が天国にいるんですか?」
天国には、良い人しか来れないはずだ。あんな怒りんぼな人が、どうして天国に来れたんだろう。
「……どうしてでしょうね」
次に天使さんが連れて行ってくれたのは、大きな草原みたいなところだった。
僕のいた小学校の運動場の何倍だろ? 百倍くらい?
「ここでは、世界中の花や現世にあった名所の風景を再現しています。懐かしの風景があれば、すぐにご用意しますか?」
「……いや、ないよ」
僕みたいに早くに死んじゃった人には、あまり縁のない場所かもしれない。
そう思いながら、ふと遠くへ視線を向けるといくらか人が集まっていた。さっきの人にはがっかりだったけど、あの人たちとは仲良くなれるかもしれないと思って、駆け寄っていった。
「 」
一瞬、天使さんが何か言いかけた気がしたが、期待に胸が膨らんでいた僕は気に留めることができなかった。
近付いていくと、その人たちの足元は雲のようになっていて初めての踏み心地だ。人の輪から聞こえてくる笑い声。
だんだん会話の端々が聞こえてきた。
「ほーら、早くしないと」「急げー」「切れちゃうよー」「そろそろ切っちゃおっか?」
何の話をしているんだろうと思って覗き込むと、人の輪の真ん中には雲に穴が開いていて一人がそこから糸を垂らし、その糸のはるか先に何人もの人が捕まって登ってきているのです。
糸に捕まっている人たちの顔は必至そのもので、僕は何が何だか分からなくなって言葉を失くしていました。
「あそこは地獄ですよ。そこに糸を垂らして、地獄の人間が必至に上がってくるのを見て楽しんでいるんです。まぁ、上がってきそうになっても、最後には糸を切るんですけどね」
なんなんだよそれ。地獄には悪い人が行って、天国には良い人が行くんじゃなかったっけ? これじゃまるで。
僕は糸を垂らして遊んでいる周りの人に、生まれて初めて大声を出して怒鳴った。
「何してんですか!」
その声に幾人かが反応して答える。
「坊ちゃん、新入りさん? 楽しいからこっちにおいで」
「見てみなよ、あの顔」
「僕、糸切って見る?」
その反応には、はっきり言って絶望の一言だ。
「なんなんだよ。なんでだよ。ここは天国で良い人しかいないんじゃないのかよ! こんなのおかしいよ」
僕は気付いたら、その場から駆け出していた。
ここは、おかしい。ここが天国なわけがない。あの人たちが良い人なわけがない。
僕は、どこかわからないところで泣き崩れていた。
「何か飲み物はいりませんか? この近くには遊園地なんかもありますよ。気分転換にでもいかがですか?」
どうやら、天使さんが僕を追いかけてきてくれたらしい。
「……いい」
僕は、そう短く答えることしかできなかった。
「さっきの方々は、間違いなく天国に来る資格のある方々ですよ」
僕のさっきの怒鳴りに対しての答えだろうか?
「僕にはそうは見えない」
僕は、そう拗ね気味に言った。
「さっきの方たちは、短い方でも天国に来られて四十年は経ちます。勿論、初めはあんなことを楽しめる方々ではなかった。でもここでは、少なくとも生きている頃の世界にあったものは全て手に入る。それも、何の代価もなしに」
僕はそこまで言われても、天使さんが言いたいことがまだわからなかった。
「退屈になってくるんですよ。圧倒的時間がある。何も苦労をしない。楽しいことを全てやり尽した時、生きていた頃にはあまり使ってなかった感情がこみ上げてくる」
流石にそこまで言われれば、僕にもなんとなくわかってきた。
「この世にも、あの世にも、絶対的善も悪も存在しない。環境一つで人は簡単に悪にも善にもなる。こういってはやりきれないでしょうが、死ぬまで悪に手を出さずに死ねたということは運による要素が大きいんじゃないのかと思います」
その続きは、あまり聞きたくなかった。
「悪にだってそれは言える。罪を犯した人だって過去の経歴を聞いたら、それなりなものがあるでしょう? 悪を全て環境のせいにするのは間違ってますが、環境を無視することはできない」
じゃあ、天使さんの仕事は、もしかして。
「私たちは、現世で悪に染まらずに現世で悪とバランスをとってくれた皆様の悪の部分を、ここで受け止め奉仕することが正確な仕事内容です」
簡単すぎることだ。天使さんは、最初に会ったとき怯えていたのは、他の天使さんにサボってるのを怒られるからじゃない。天国の住人の理不尽な悪に怯えていたんだ。
心に悪の存在しない人間なんて存在しない。それが表に出るかは別問題として。でも、天国のような何も押し殺す必要も、怯える必要もない環境なら、今まで善人だった人でも油断すれば。
そんな悪の溢れた天国は本当に天国ですか?
ここまで、読んで頂いてありがとうございました。
前回の短編で、マッチ売りの少女を書いたんですが、見事に童話っぽくないので、今度は言葉遣いに気を付けてリベンジとして書いたんですけど……童話ではないかな?