林檎の匂い
『林檎の匂い』
僕の目の前に、林檎はあります。
僕は、その甘えて腐ってしまったような腐臭を嗅ぎます。
僕は、その林檎を、あまやかし過ぎてしまったから。
僕は、その林檎が、可愛くって、切なくって、そうして、とても、やるせなかったから。
僕は、その林檎を、捧げもちます。
甘えた腐臭をこぼした、その林檎は、まるで、僕に甘えているようで、
僕は、思わず困った顔をするのです。
その甘えて腐ってしまった僕の可愛い林檎に見せつけるように。
嗚呼、僕の林檎は、転げてしまった。
あの切ない夢の奥へ。
ねえ、お願いだ、僕の林檎を、踏み潰してしまわないで。
ねえ、お願いだ、僕の可愛い林檎を僕に返してくれないか。
僕の林檎は、とても可愛くって、僕の林檎は、とても切ない。
夢の奥で、僕の可愛い林檎を持ち去ったあの娘は、僕に向かって印象的な瞳でツンと見つめた
ビロードが揺れる
緑の木陰のむこうで
湖で美味しそうに水を啄んでいる白い鳥
嘴を上に傾けて
白いスラリとした喉元が美しい
僕の林檎は、あの夢の奥へ消えてしまった。