第15話 「変態は罪でしょうか」
だからそれは、不意打ち以外の何ものでもなかった。
「ひぃやああああ!!」
ふぉんと風を切るナナセのアッパーカットが顎に入り、
「ごぉ!?」
「うき?」
ドンと、地上高く打ち上げられる。
それはおよそ十数メートル。
「ごはぁ!?」
あまりの衝撃と驚きに、上空で肺の空気を吐き出す。
吐血はない。
そもそもこの空間で肉体的負傷はない。痛みはそこそこあるが。
「うっきゃあーー!?」
野次馬根性丸出しで2人のキスシーンを見に来たサル、否、ヤス。
自業自得というべきか。打ち上がるトウジと一緒に上空へと射出されていた。
2人の重さでここまで飛ばされたということは、トウジ1人であればそれこそ打ち上げ花火さながらに空を舞っていたかもしれない。
見た目が幼いといえども、やはり神。
また神の間であればこそ、発揮される力は尋常なかった。
「わああああ!」
「うき、うきききき!!」
トウジはそのまま上下に、ヤスはジタバタ足掻きながら放物線を描いて落ちていく。
普通なら死にそうだが、大丈夫。この空間なら痛いだけ、たぶん少し。
「あぁあああ!!」
「きゃっきゃーー!!」
南無三。
どごお、ごきーんと、両者地表に帰ってきた。
「…ぐ、ぬぬぬぬ」
背中からいったトウジはむっくりと起き上がる。
(…あまり、痛くは、ない……)
「…たたた」
それでも背筋をさすりながら立ち上がった。
「はひ! はわわわわ」
「…ん?」
少し離れたところにナナセがいた。
ナナセはおデコを両手で押さえ、さっきまでと同様、顔を真っ赤に染めて立ち竦んでいる。少々震えながら。
「おいナナセ、いったいどうし ―――― 」
近付いてまた頭でも撫でようとするが、
「…!」
くるりと踵を返し、
「ひゃぁああーー! 変態だーー!」
と叫んで走り去ってしまう。
「なに!?」
(まさかヤスか!?)
ナナセを守るべく周囲を警戒する。
「……あれ?」
しかしそこにいるのは、ブーメランパンツ一丁の半裸男のみ。
「…え? 僕?」
今まで誰も触れていないが、変態な恰好には違いない。
「ちょ!? 待ってナナセ!
何かの誤解だ!」
そして変態は幼女を追いかける。
文字通り事案が発生していた。
「いーやー! こないでーー!」
両手でおデコを押さえたままなので、トタトタした走りになる。
しかしロバ並に速い。
「おおおおおおお!」
また陸上選手さながら、奇麗なフォームで走る変態、否、トウジ。
中々の速度だ。
しかし出だしが悪かった。ナナセとの距離はそう簡単に縮まらない。
(…っく!
だが僕には、これがある!)
「『蛇歩きの才』ぃいい!」
水泳選手が水辺にダイブする要領で、トウジは草原へと飛び込む。
「おおおおお!!」
「はひ!?」
トウジの声が近付いて来て、ナナセは後ろを確認する。
「ナナセ! 落ち着いて話し合おう!」
そこにはトウジが、体を縦方向にグネグネ動かし、壮烈なスピードで迫ってきていた。
草むらの中を縫い進むその姿。それは正しく蛇のそれ。
「ぎぃやああああ!!? 蛇は男根の暗示ぃいい!」
身の危険を察知し両手を振って走り出す。
「え? なんだって?」
「犯されるーー!」
「ちょ!? どうしてそうなるの!?」
「だって『分析』でそう出てるんだもーん!」
ナナセとトウジは同じ所をぐるぐる走っていた。
1人は走るというより這っているが。神の間にて、能力の効果は絶大だ。
「エロだー! エロ魔だー!
だからさっきもキスしたんだーー!」
「あ、あれはナナセから…」
「トウジは私に奥手だって『分析』結果だったもん!
あれぐらいしてデコピンからのぎゅっだったはずなのに、なんで本当にキスするのさー!
もう一回抱き締めてほしかっただけなのにーー!」
(『分析』のやつ、『分析の加護』に開花してから暴走気味じゃないか?)
「うわあああーん!」
(とりあえずナナセを捕まえて説得しないと。
ヤスはともかく、ドカボンが戻れば、助けになってくれるはず…!)
走るコースが先程から同じだった。
トウジはそれを利用し、ナナセの進行方向を予測する。
(…! ここだ!)
周回コースを外れ、ショートカットからナナセの側面に迫る。
「ふええ!?」
そして気付いた時にはもう遅い。
「捕まえたぞナナセぇええ!」
トウジは体を弾ませ陸から飛び上がり、両手を広げナナセに襲いかかる。
(もらった!)
しかし、
「ふん!」
「ぐはあ!?」
対空中、脇腹を強烈な何かに打たれる。
「そっち行ったにゃ、ヤス!」
「ドカボン様ぁ!」
ナナセが歓声を上げる。
(ドカボン!? まさか目覚めていたか…!)
ここだけ読むと悪人の台詞だ。
ドカボンの飛び回し蹴りをくらったトウジは吹き飛ばされ、
「どっせい!」
「…!」
どかっという音と共に、背中からヤスに受け止められる。
「この変態め!」
「ちょっと待て、話を…! いたたたた」
そしてどこからか取り出した縄で そのままぐるぐる巻きにされた。
「ドカボン様~」
「にゃあ」
ナナセはトタトタ駆け寄っていくと、その背に隠れ、トウジの視界に入らないよう身を縮込ませる。
「ド、ドカボン、これは誤解なんだ」
トウジはまず弁明から入る。
もちろん能力は使わない。そんなことしたら疑ってくれと言ってるようなものだ。
「このロリコンめ!」
「…ヤ~ス~、おふざけはお終いにゃ」
ドカボンが手をぱんぱんと叩いた。
「…トウジ、お前が有罪でも、僕はお前の味方だぞ……」
さっきまでの態度を一変させ、ヤスはそう、友へ微笑みかける。
「急に優しくすんじゃない!
なんなら泣いてやろうかこん畜生!」
そんなトウジをまあまあとドカボンが宥める。
「ドカボン様ぁ、トウジが、トウジが~」
おデコを押さえ、ナナセの顔がまた赤くなっていく。
「にゃあ、途中から話は聞いてたにゃあよ」
「…なに?」
トウジが顔を上げる。
「『ナナセ! 落ち着いて話し合おう!』ぐらいからだな」
「…なら、もっと早く来てくれよ……」
そういうとトウジからへなへなと体の力が抜けていった。
(ああ、これで誤解は解けた…)
そして安堵の溜息を吐く。
「…えー、それでは、この裁判の判決を取るにゃ!」
(…ん?)
「にゃ、被告人は有罪か、否か」
「エッチなのはいけないと思います!」
「ギルティ!」
「はい、有罪にゃー」
ぱんぱんとドカボンが手を叩く。
(……え?
そんなバカな!)
「ちょっとお!? 異議あり、異議あーり!」
慌てて声を張り上げるが、
「にゃ、処分の内容は追って連絡する。
こやつを牢へぶち込め~い」
「あらほらさっさー」
トウジはヤスに担がれ牢とやらへ運ばれていく。
「待てヤス! 話せばわかる!」
「ドナドナドーナ ドーナー」
「歌ってんじゃねえ!」
そんなテンションでヤスはクレーターのところまでやって来ると、
「おい、まさか…」
そこにトウジをぽいっと投げ入れた。
「あああああああ!」
そしてゴロゴロ転がり落ちていく。
「荷馬車は揺ーれーるー」
歌も仕事も終えたヤス。
「はーっはっはっはっはっは!」
何故か胸を張りぐっと背筋を伸ばして笑うと、 踵を返して、ヤスはドカボン達の方へと帰っていった。




