第12話 「男に二言はない」
さてと、と呟いてヤスは腰を上げる。
「おーい、トウジ、僕に何か言うことあるんじゃない?」
こっちへ振り向くヤスに、トウジは疲れた顔を向ける。
「ははーは」
ヤスはにたりと笑いながらその隣へ駆け寄り、肘でドスドスとトウジの脇腹を突く。
簡単に身構えられたであろうに、うぐうと呻きては為すがままにされていた。
「この子お前の許嫁らしいじゃん」
「う、…うむ」
ナナセもトコトコとこちらへ歩み寄ってくる。
「じゃあさ、ちゃんと紹介してくれよ」
「え?」
目をぱちぱちさせながらヤスの顔を窺う。
そんなトウジの肩へ腕を回し、そこをポンポンと叩き、
「だーかーら、やり直し!
自己紹介を!」
背中を強く押す。
わっとっと、と蹈鞴を踏み、トウジはヤスと向き合った。
「…トウジ」
(…!)
横を見下ろす半裸のトウジ。
彼のブーメランパンツを脱がそうと、否、ぐいぐいと引っ張って存在を主張する者が隣にいた。
ナナセだ。
「…!」
トウジは視線をヤスへと戻す。
そこには片手を腰に当てて仁王立ち、優しく微笑む友の姿が。
(…まったく)
フッと口元を緩める。
(ここまで来たなら、もう腹をくくれと?)
はあ、すう、と、軽く深呼吸してみる。
少し、落ち着いた。
「……」
トウジはぐっと背筋を伸ばし、徐に目を閉じた。
そしてかつてまだ自分の中に『分析の加護』があったときの思考を思い返す。
(これは、たまたま相手に惚れられた、みたいな始まり方だ…。
しかし、その心を寄せてくれる存在がいやしくも神ならば?
そう、それは必然かもしれない……)
ドカボンとヤスの出会いのように、自分とナナセの出会いも、ここに生まれるべくして生まれたのだろう。
トウジはそう、ゆっくり思考を吟味した。
(…運命、か。
ったく、お前といるとバカにできねえ言葉だよ)
トウジは静かに目を開けた。
そしてその目で、友の視線を受け止める。
(…まあそれに、『男に二言はない』か。
馬鹿のくせに言ってくれるじゃねえか、ヤス)
ヤスはにっと笑った。
(…なんか、お前のその言葉、無駄にしたくねえな……)
その顔を見て、トウジもニッと、不敵に笑ってみせる。
「…っくっくっく」
(僕のロリコンは、2次元に限るんだけどなぁ)
「…ワイルドなトウジも格好いい……」
握り締めた手で口元を隠し、チラチラとナナセはトウジを見上げる。
そしてもう片方の握り拳はトウジのパンツを掴んだままだ。そっちの手はそろそろ離してくれないと、見たくないものが見えてしまう。
「はっはっは! バレちまったらしょうがねえ!」
(…もう、なるようになれ!!)
トウジは自分の胸にあるつっかえを取り除き、言葉を吐いた。
覚悟を決めた、というのもあるが、ヤスの前でそんな自分を見せるのは気持ち悪かったのだった。
「こいつ、言霊神ナナセは俺の許嫁!」
隣にいるナナセの肩を強く抱く。
「トウジ…!」
ナナセは嬉しそうにトウジを見上げた。
「…ん? 神だと?」
「今はとりあえず聞き流すにゃ、このアホ」
冷静にドカボンがつっこむ。
「お前は、源氏物語を知っているか?」
何やらトウジが語り出した。
「知らーん!」
ヤスは言い切る。
「だろうな。
そして言って置くが、あれはロリコンの物語ではない!」
「でもお前はロリコンだー!」
「違ーう!!」
そう言い張る。
そしてナナセの頭にぽんと手を置いた。
「僕は、この子の婚約者。
だが同時に、保護者でもあるんだ」
そこでいったん間を空ける。
「僕は、この子を大人になるまで育てる!」
「……育て、る?」
ナナセは目をぱちくりさせる。
「…はにゃぁ?」
「そ、育て? え?」
ヤスは隣の相棒に説明を求めようとちらちら見る。
しかしドカボンの方も口をあんぐりと開け、わけがわからない感じだ。
ナナセだけがじっとヤスを見詰め、続きを待っていた。
「僕はこの神に、いや、この子の中に、輝く何か、可能性を見たんだ」
まだ自分に『分析の加護』があった時のことを思い出しながら、トウジは話していく。
「…僕はそれを見たい。皆に知ってもらいたい。そう、思った……」
あやふやなものを口で伝えるのは難しかった。
「うん、…できれば、自分だけのものにしてみたいな!」
ヤスもドカボンも目を見張り、続きを待つ。
「それが、今の僕が手を伸ばさないだけで枯れるというなら ―――― 」
トウジは自分の掌を見詰める。
「僕はロリコンの汚名を背負ってでも、この子に自分を差し出そう!」
「トウジ」
ナナセは自分の手へより一層ぎゅっと力をいれる。
すると、トウジのアレがアレな感じでアレしそうで、ナナセには本当にそろそろそれへ気付いてもらいたい。
「僕がロリコン? NO!!」
強くトウジは言い張る。
「僕は、将来の彼女に会いたくて、自分を捧げたんだ!
彼女の成長を支え、大人になるまで暖かく見守ろうではないか」
そう言い切った。
「…な、なるほど。
故にロリコンでないと」
「…そして保護者にゃ」
理解を示す2人。
「まだまだあ!」
しかし畳み掛けるかのように、トウジは話を続ける。
「それになんと、僕達は婚約者でしかない!」
まだ続くのかと、ヤスとドカボンは固唾を呑んだ。
「大人になった彼女が、他に愛しい人を見つける……」
(…そう、その時は……)
「そしたら僕は、身を引こう…」
「なにぃ!?」
叫んだ後、ヤスはゴホゴホむせる。
「バカにゃ!? そこまで自分を投げ出しておいて、手放すのかにゃ!?」
「そ、そんなのおかしいだろ!? お前バカか!?」
狼狽え出す2人。
「彼女を大事にするが故に、手放す」
「………」
「………」
2人とも、トウジの言葉を待っていた。
「それもまた愛」
「…!」
「なぜ、そこで愛にゃ!?」
トウジは姿勢を正し、草原の先を睨みながら立つ。
「…あ、愛……!」
「………うにゃあ、愛ってなんにゃあ…」
ドカボンが頭を抱えて蹲る。
「ヤスよ、満足したか?」
ヤスがびくりと反応する。
「これが僕の許嫁、ナナセの紹介だ」
(…ごちゃごちゃしてた気がするけど、なんとか言えた……)
「どうだ? 受け止めて、もらえたか?」
ドカボンは草むらの上でのたうち回っている。
どうやら思考回路を些かやられたようだ。
「……」
一方、ヤスは身構えるようにしてこちらを窺っている。
ドカボンのように悶えていない。
馬鹿だからこそ、突然の情報量を受け流せたのかもしれなかった。
「…愛、…愛」
「………」
「……あーいあい、あーいあい ―――― 」
「お猿さんではない」
妙なテンポを取りだしたので先制攻撃を入れる。
「ぐはぁ!?」
すると肺の中の空気を吐き出し、その場にバタリと倒れ込んでしまった。
「…………」
ふぅっと息を吐き、トウジはゆっくりと神の間の青空を見上げる。
(…勝った……)
やり切った後に残る寂寥感を胸に感じながら、トウジはなんとなくそう思った。
(まあ、嘘はない。
本音もろもろ、言い訳そこそこ。
そして僕は、彼女の保護者にして婚約者)
うんうんと頷く。
ずるっ
(…ん?)
下腹部に妙な感覚があったので下をみる。
すると、己の輝く秘宝が飛び出していた。
ナナセにパンツを刷り下ろされていたのだ。
「ちょ!? ちょっとちょっとお!?」
慌ててしゃがみ、いまだナナセが握り締めるパンツをはく。
「ちょっとナナセ、離してって。
これ僕の一張羅だから」
握り締めた拳を両手で包み、ナナセを見る。
「………」
ナナセは、静かに泣いていた。
下を向き、ぽろぽろ、ぽろぽろと。
「……」
トウジはそれを見て、ナナセを優しく抱き締める。
「大丈夫だ、何も心配するな、ナナセ」
ナナセも両手でトウジを掴んだ。
「お前にはあのヤスがいて、この僕がいる」
「…う、うぐ、ひっく……」
「お前の婚約者である僕が、ナナセ、君を守ろう」
ナナセがぐすぐすと鼻を啜る。
「僕に二言はないよ」
神の間である草原に、複数の声が重なる。
ひとりは、おさーるさーんだよー、と放心状態で歌う。
またもうひとりは、草の上をゴロゴロと転がりながら、声にならない声を叫び散らしていた。
「…………」
そしてトウジは、自分の腕に少しだけ力を込める。
その中に、しずしずと泣くナナセを、抱き締めながら。




