#6 暴メッセージ
十河が夏男のマイルームに直接訪問した場合は、話の流れ的にも納得が出来る。だが、もしそうではなかった場合を考えるとこのタイミングでの訪問は厄介だ。
訪問者に「どちらさん」と聞いても返事がない。恐らくは、入り口の分厚いドアによって夏男の声が外に届いていない。だから当然外の音もこちらに聞こえてこない。ドアの投函口を開いた場合はどうだ。
「どちらさん?」
「ふざけないでよ。本気で心配したんだから!」
想像以上に響いた声に驚いて投函口を閉じてしまう。しかも、十河の声とは全く異なる女性の声な上に怒り口調で心配したと言われた。表にいるのは十河ではない。これは最悪だ。
ドアスコープを覗いて訪問者の素顔を確認する。黒い髪に白い肌、青のジャージを着た若い女性。
「北村だよ。き、た、む、ら、れ、み!」
「北村……あの、どのような用件ですか?」
「何度も何度も何度もメッセージを返信してるのに、何分経っても神崎君から何の返事もないから、神崎君の身に何かあったんじゃないかと思って本当に、本当に心配したんだから!」
「メッセージ?」
メッセージといえば、十河と通話をする前に北村玲美という名の女性プレイヤーに「プロフィールの一言、見ました。年齢も近いので仲良くしていただけたら嬉しいです。神崎夏男」とメッセージを送っている。まさかその件について怒っているのか?
急いで通信機からメッセージを開いてみる。画面に出てきたのは「8件の新着メッセージが届いています」と予想の斜め上の件数が確認出来る。
差出人は八件全てが北村だった。自分が北村に送った直後に夏男宛に何度もメッセージを送っていたらしい。一件一件のメッセージ内容を確認してみる。
「神崎君の方からいきなり送ってきたクセに、何で一言も返事を返してくれないの!」
「ちょっと待ってくれ。今確認するから」
一件目「メッセージありがとーうれしー(ほし)こちらこそ仲良くしてくれたら嬉しいです(はあと)神崎君って呼んだら良いのかな(スマイル)それとも下の名前で呼んでも良い?」
二件目「おーい返事くれちょ」
三件目「ごめん、いきなり下の名前で呼ぶなんて馴れ馴れしいよね。神崎君で良いかな」
四件目「寂しい」
五件目「ねえ神崎君、まだ部屋にいるの?」
六件目「この部屋お風呂が見当たらないんだけど、シャンプーとかボディソープは置いてあるんだよね。洗面所で頭や身体を洗えって事かしら。だとしたら、だいぶふざけてるよねー(ぷんぷん)」
七件目「あの、私のメッセージ届いてますか。返事待ってます」
八件目「お願いだから返事してよ。てか電話しても良い?」
十河と通話している間に、メッセージ一が一分ごとに一件ずつ送られ、合計八件が届いていた。夏男のマイルームに押しかけて来たのは北村で間違いないだろう。
しかしだ。たかが八分間メッセージの返信がなかっただけで、マイルームの外に出てまで大騒ぎするような出来事に発展するだろうか。それにまだ一度も会った事がない相手を心配し、自分の危険を顧みず行動を起こすだなんて。
「ごめん、さっきまで他のプレイヤーと電話をしていて、それで気付かなかったんだ。俺は大丈夫だから早く部屋に戻って下さい」
「怖かったんだから。神崎君にもしもの事があったんじゃないかって、私、すっごく怖かったんだから!」
「怖がらせてごめん。これからはなるべく早くメッセージを返すよう心掛けるから。だから早いとこ部屋に戻った方が良い」
「うん。分かった。次からちゃんと返事してね」
出来ればドアの投函口越しからではなく、このドアを開けて話したいところだが今はリスクが高すぎる。状況的には目が覚めたら知らない部屋に一人置き去り。そりゃ不安になる気持ちも分かる。
夏男の直ぐに返事を返すという返答に対し、納得した様子で北村がその場を後にする。ドアスコープ越しから見える、去り際の不安そうな彼女の横顔を見て、思わず投函口を開いて今直ぐ確認したい事を口にする夏男。
「廊下に誰か他にプレイヤーは見当たらない?」
「え。うーん。いないよ?」
「そうか。ありがとう」
十河は夏男との通話で部屋の廊下にいるとハッキリ発言していた。部屋の外に出れば直ぐに十河が何処にいるのか分かると言っていたが、それは北村が嘘だと証明してくれた。やはり十河は夏男を利用しようとした。
それにしても……正直言えば、この北村という女性も十河とはまた違った問題を抱える厄介なプレイヤーに思える。他のプレイヤーと接触した成果は糞まみれに終わったと言っても過言ではない。
だからと言ってこのまま北村のメッセージを無視し続けるのは、それはそれで危険だ。いつまた彼女が暴走するかも分からない。適当にさっきはごめん的なメッセージを返しておいた。
問題なのは北村がマイルームの外に出た事により、主催者側が彼女に嫌なアクションを起こした場合。北村の安否確認や、外の様子を確認する意味でも今は彼女と繋がっておいた方が良い。
――キーンコーンカーンコーン!
不意に建物中から何かを知らせるチャイム音が鳴り響いた。何だこの音量。チャイムの音量のデカさに他の何よりも驚いてしまう。この音量なら寝てても驚いて目を覚ますだろう。
ゲーム開始の知らせか。それともミッションに関係する何らかの指示か。どちらにせよ、主催者側から何かアクションを起こしてくるに違いない。
間違ってるんじゃないかと疑う程に大音量で流されるチャイム音がようやく鳴り止む。主催者側から初めてのゲームに関する指示がそれぞれのプレイヤーに伝えられる。
「えー。ただいま午後九時三十一分より、プレイヤー全員が目を覚ましたニャン。おはようございます。さっそくですが、ゲームを始めたいのでプレイヤー諸君は至急、食堂までお越し下さいニャン。食堂への行き方は、マイルームを出て廊下を真っ直ぐ進んだ先にあるニャン。その間、私語は禁止だから気を付けろニャン。十五分しか待たないから急げよ……急げニャン。何事も十五分前行動に限るニャン」
放送が終わった。音量デカいし機械音みたいな耳障りな声質だし、何よりも何だあのふざけた話し方は。
夏男の予想通り、やはりゲームはまだ始まっていなかった。プレイヤー全員を食堂に集め、簡単な説明を行った後にゲームが始まる流れだろう。マイルームの外に出ればこのゲームの全貌が見えてくるかもしれない。
とにかく冷静に、冷静に行動あるのみ。