#5 十河愉快
他のプレイヤーも外に出ているとしたら、脱出ゲームが既に始まっているという事になるのか。面接時の説明通りなら既に始まっていると言われても納得は出来る。
「外には他にもプレイヤーがいるのか?」
「え。うん、いる」
「外に出ても主催者から何も言われていないと?」
「そもそも部屋の外に出るなと言われた覚えがないし。だから当然向こうから何か言ってくる事もないだろ。神崎も一緒に外を探索しようぜ」
「そうか。よし分かった」
確かにマイルームの外に出てはいけないと言われた覚えはない。それに多数のプレイヤーが外に出ているなら夏男がマイルームから出たところで何の問題もないだろう。マイルームの入り口ドアの前まで行く。
外に出れるなら早く探索を始めるに越したことはない。それにプレイヤーからのお誘いだ。上手くいけば早い段階から手を組む事だって出来る。しかし、ドアノブに手を伸ばしたところで嫌な予感が過ぎる。
――本当に彼を信用して良いのだろうか。
たった今初めて会話したプレイヤーで直接は勿論一度も会った事がない。相手も夏男と同じ条件でこのゲームに挑んでいる筈。何の指示もないからといって、簡単にマイルームから出ようと考えるものだろうか。
非常に疑わしい。判断材料が少な過ぎる。これはある程度、十河自身から外に出ている証明をして貰わないと困る。
「今は近くにプレイヤーはいるのかい?」
「ん。いいや今は近くに誰もいないよ。何で?」
「いたら電話を代わって貰えないかなと思ってね。そうか、他の人と一緒に行動していないのか。近くにいないんじゃしょうがない」
「良いから早く外に出ろよ」
「十河くんは今何処にいるんだい?」
「ん。部屋の廊下にいるから部屋の外に出れば直ぐに俺が何処にいるのか分かるよ」
「そうか。じゃあ申し訳ないけど俺の部屋の前まで来てくれないか。電子ロックされててドアの開け方が分からないんだ」
「うーん。神崎の部屋が何処にあるのか分からないから向かいようがないわ」
嫌な予感が膨らんでいく。十河に疑っているのが悟られないよう気を付けて発言しているが、相手が思うように動いてくれない。外にいるという事実さえ確認出来れば何も問題ないのだが……
「あれ、おかしいな。普通は二十人分の部屋が用意されているんだから、誰の部屋なのか分かるよう表札やら目印があってもおかしくないのにな。目印がないなら自分の部屋の場所を覚えるのも苦労しそうだ」
「何が言いたい。お前、俺を疑っているのか?」
「すまん、悪いけど廊下を往復してくれよ。十河くんが本当に部屋の外に出ているのか確かめたい」
廊下を往復してくれるだけで良い。ドアスコープから覗いておけば、バッチリ十河の姿を確認出来る。問題は十河が往復を断った場合だ。
「確かめたいってどういう意味だ。てめえ、俺の言う事が信用できねえのか?」
「まだ会った事もないからね、俺たち。悪いけど今は信用も何もないよね。それに何だよその口調。十河くんが外に出ているのを確認したら俺も直ぐに部屋から出るからさ。約束する!」
最悪だ。十河に通話を切られてしまった。
「このクソ野郎、俺をハメようとしやがった。許さない!」
相手の心理を見抜き、頭を抱えて暴れる夏男。足元に置いてあった五百ミリリットルのペットボトルを蹴っ飛ばしてしまい、水がこぼれる。冷蔵庫の中に入っていた唯一の飲み物だが、今はそれどころではない。
嫌な予感が的中したようだ。結論から言うと十河はマイルームの外に出ていない。夏男を外に誘き寄せ、外に出る行為自体が安全なのか夏男を利用して確かめようとしたのだ。
まだ会った事もない男に怒りが込み上げてくる。恐らく奴は夏男が外に出て、外が安全なのを確認したら十河本人も外に出て、あたかも自分は最初から外にいましたみたいな感じで迎えようと考えていたのだろう。
十河以外に他のプレイヤーが外に出ている時点でおかしいとは思っていた。まだ何の説明もされていない上に、ゲームはマイルームで開始すると言われている。みんな部屋で慎重になっている筈だ。
それにしても、一発目から最悪なプレイヤーと接触してしまった。夏男は十河愉快の名前を睨み付け、絶対にこの名を忘れないよう頭に焼き付けた。
こぼれた水を拭く物を探す。洗面所にあったタオルを手に取り、床の水を拭き取る。拭いている最中、十河に電話した自分の運のなさに悔しい思いが浮き出てくる。その時だ。
――ピンポーン!
マイルーム中にインターホンが鳴り響く。これは間違いなく誰かが夏男の部屋に直接訪問してきた事になる。あまりに急だったので頭を抱え、濡れた床に座り込む。まさか本当に十河が夏男のマイルームに来たのか。