#2 黒猫学園風紀委員長より
雑に何回も折られた手紙をイライラしながら広げる。
手紙の内容は「ガス止まってるけど勘弁ね」と書かれた一行。どういうつもりか分からないが、主催者は部屋のセッティングに冗談を満載に組み込んでいるようだ。
「天井のポスターといい、使えないガスコンロといい、無駄に飾られた刀の鞘といい、この調子じゃDVDの内容もろくな物じゃないだろうな……」
ふざけた内容の手紙を丸めて部屋の隅にあるゴミ箱に捨てる。あれ、何だろうこれ。ゴミ箱の中に今捨てた手紙とは別の一枚の紙が丸めて捨ててある。
脱出ゲームっていうからにはこういう隠れた物は見逃せない。そう考えた夏男はゴミ箱に入っていた紙の内容を確認してみる。さっきの手紙とは異なり、綺麗な字で書かれている。
内容は以下の通り。
「プレイヤーの各マイルームにはゴキブリが計三匹放たれている。ゴキ一匹の退治に対する報酬として『10ケツアナ』をプレゼント。ケツアナとはゲーム内通貨の単位で、ショップ等の施設で行う買い物に必要なお金。やる事がないのなら是非ゴキ退治に挑んでくれ。黒猫学園風紀委員長より」
「ショップか。面接の時に面接官がそんな話してたな。通貨単位ふざけてるんだけど」
ショップの簡単な説明は此処に来る前に聞いている。武器や捜査器具が売られており、買い物の際に必要になるゲーム内通貨が存在する。どのような武器が売られているのかは分からないが。
「このゲームを優位にさせる貴重なアイテムになるんだろうな」
ゲーム開始時刻はプレイヤーに伝えられていない。それに、主催者側の指示があるまで下手に動くのはリスクがある。そう考えた夏男はゴキジェットを一本手に取り、部屋の捜索をするついでにゴキブリを探してみる事にした。
どっちにしてもゴキブリを野放しにした部屋で眠りたくない。眠っている間に顔に乗っかってきたら最悪だ。それに放っている間に卵を植え付けられたらあっという間に数十倍にも増えてしまう。
「数十倍に増える……いや待てよ?」
考えてもみろ。ゴキブリ一匹を退治したら10ケツアナが貰える。という事はむしろ卵でも何でも良いから、そこ等辺にバンバン植え付けてくれた方が標的が倍増して、結果的に報酬も何十倍と跳ね上がるじゃないか。
夏男は考えた。マイルームの生活を結果的に妨害するゴキブリを即退治して30ケツアナを貰うか、卵を植え付けて貰って報酬の倍増を狙うか。
ゴキブリの産卵間隔は一週間から二週間と言われている。これはゴキブリの種類は関係ない。最短で七日後にはゴキブリの子供が産まれる。このゲームは二十日間だと聞いている。例え二週間掛かったとしても問題ない。
それに用意されているゴキジェットは二本もある。最初見つけた時は多過ぎると思い、冗談かと思っていたが、これは卵の数まで視野に入れたプレイヤーの為に用意された本数だろう。
問題はゴキブリに卵を産めるメスがいるかどうかに限るが、ゴキブリは性別を自身の意識で変える事が出来る。だが、夏男はゴキブリの性転換機能を知らない。
「体力勝負になるだろう。睡眠は体力回復に必要不可欠だし、それをゴキブリが妨害してくる可能性を考えたら……」
ゴキジェットを強く握り締める。夏男の出した結論は、とりあえず一匹倒して10ケツアナをゲット。その単位がショップでどれほどの価値になるのか現地で確認し、その上で残りの二匹をどうするのか最終的な決断をすると決めた。
夏男は慎重にゲームを進めるようだ。判断材料が揃うまでなるべく行動を起こさない。
ゴキブリの逃げ足隠れ術は生物の中でも天才的だ。探しても直ぐには見つからないだろうと考え、まずは部屋に置いてある傷だらけのDVDを視聴してみる事にした。
「あれ、これ見覚えのある場所だ。初めて黒猫学園へ面接しに行った時の映像か?」