#13 釈快晴
時同じくして。夏男と同じ事を考え実行していたプレイヤーがいた。
「あいつら何も言ってこないね。これはひょっとして成功したのかな。釈さんの言う通り、出入りさえしなければ他人のマイルームで待機しても違反にならないんだね」
「だから言ったろう。大抵のルールは事が起きてから改善されていく。この手のゲームは、改善される前に手を打った者が勝利するよう出来ている」
「正直さ、最初通話した時は胡散臭い人だなあとか思っちゃったけど、手を組んで本当に良かったよ。一人じゃこの状況を抱えきれなかった」
「一言多いが、まあ良いンフフ」
「えっと、もう一人仲間を誘ったんだよね。名前何て言ったっけ。その人は自分の部屋にいるの?」
「螻か。あいつの活躍には期待が出来そうだ。今は行動を共にする必要がない」
「そっかそっか」
プレイヤー番号三番の「井本誠司」と番号十番の「釈快晴」が井本のマイルームで今後の事について話し合っていた。やはり、他者のマイルームでの寝泊りは問題ないようだ。
ゲーム開始前の午後九時頃。釈がペル電子手帳を使って井本に電話を掛けたのがきっかけで二人は手を組む事になった。組む相手を探していると持ち掛けてきた釈に対し、イエスの返事を返した井本。
今回は実験的に他人のマイルームで寝泊り出来るか検証していた。見事成功した二人は、互いにゲームパートナーを組むと約束。頼もしいパートナーが出来て安心していた井本であった。
だが井本は釈の本性を知らない。一日目の夜にして、これまでにない最悪な人間と同じ部屋で夜を明かすハメになってしまうとは思いもしなかった。
初対面にして、友達と話をしているように慣れ慣れしく接する井本に対し「互いの上下関係をはっきりさせよう」と釈が提案する。意味が分からなかった井本は、二人の間に上も下もないだろうと返す。
「釈さんおかしいよ。だって僕達パートナーなんだぜ。それなのに何だよ上とか下とか」
「お前とは生きてきた世界が違う。俺は人を見る時に必ず自分よりも上か下かで識別する見識を優先している。お前のその中途半端な立ち位置が気にいらねえ」
派手なサングラスを掛けている釈の目を直接見る事が出来ない。それが何とも不気味で、何を考えているのか分からない彼を、今直ぐこの部屋から追い出したいと井本は考え始める。
「気に食わないなら出て行けよ。此処は僕の部屋だ」
今の一言で釈が怒って井本の胸倉を掴む。抵抗する井本をお構いなしに身体ごと床に投げ倒す。後頭部を強打した井本が暴れながら悲鳴を上げている。そんな井本を見た釈が薄気味の悪い笑みを見せる。
「勘違いするなよヒヨっ子。俺と手を組んだ時点でお前の命運はこの俺が握っているようなもの。俺は俺のやりたいようにやる。お前の指図は受けねえ。だからお前は俺に服従してもらう。異論は認めない」
倒れる井本の腹に釈が乗っかり、いつでも拳で井本の顔面をぶん殴れる体勢になっている。彼をマイルームに招いた自分の行いに後悔している。
「だってそうだろう。この場所は弱肉強食で完備されている一線を越えた世界。俺たちがやってる事は学園生活でもお友達ごっこでもない。ただの殺し合いゲームじゃねえかンフフフ!」
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ゲーム一日目、午前五時五十分。
そうこうしている間に朝を迎えてしまう。あと十分で夜時間を終えるというのに夏男は一睡も出来なかった。こういう状況だからこそ寝れる時にしっかり寝ないといけないのに。
「そしたら美香ちゃん何て言ったと思う? 別に好きでもなかった筈の大野君の本気を目の当たりにして、流れでオッケー出しちゃったんだよ! やばいでしょ感動でしょ泣けるなんてもんじゃないでしょ? 彼女って昔から押しに弱いんだよね。中学生の時もね……」
ゲームの計画を練っていた訳でも不安で寝つきが悪かった訳でも、勿論ゴキブリが部屋に潜んでいるから眠れなかった訳でもない。夏男の目の前にいるこいつだ。ゲームパートナーを組んだ安藤が原因だ。
何だこいつ。根っからのお喋り好きじゃないか。こんな調子だから化け猫に私語禁止だって言われても話してしまう訳だ。枠ミッションのやり取り以降ずっとこの調子でどうでもいい話をしてくる。
「あの、安藤さん。そろそろ夜時間が終わってしまうんだけど……」
「だから美香ちゃんは将来良いお母さんになるって言ってあげたの。そんなに子供が好きなら最強の母親を目指して今から料理教室にでも通えーってね。それから一ヶ月くらい経ってさ、美香ちゃんがいきなり保育士になりたいって言ってきたの!」
安藤の暴走が止まらない。イラっとさせるこのタイミングで、もう一つの眠れない原因になっている出来事が起こる。北村からの新着メッセージだ。止まる事のない北村からのメッセージを夜時間中返していた。
「ちょっと安藤さん聞いてる?」
「それでね! バスケ部の顧問だった鬼塚先生に見つかっちゃって大変だったんだよ! 学業を勤むる者が不純異性行為に走るとは怪しからん的な、あれだのこれだの言われてさー。それで結局美香ちゃんと大野君の初キスが台無しよー」
「安藤さん俺の話を一切聞いてないね。昨日の今日まで多量出血に呼吸困難で気絶までしたのに、何でそんなにパワフルなんだ?」
かれこれ四時間くらい美香ちゃんという人物の話を聞いてるぞ。この人の思考回路はどうなっているんだ。一旦話し始めたら周りが見えなくなってしまう仕様なのか。た、助けてくれ。
「あんどーさん。あんどーさん。おい安藤。いい加減にしろ安藤ゴラ!」
「だから修学旅行はモヤモヤして終わっちゃった。それでね、その次の日に……ん?」
「もう朝だよ!」
最悪だ。一夜目はゴキブリを一匹退治した位で、彼女とそれらしい脱出方法を見出せていない。これからどうやってこの悪夢のようなゲームで戦っていけば良いんだ。10ケツアナがどれだけの価値になるんだろうか。
「これからプレイヤーの生活が始まる。安藤さんは傷がある程度癒えるまで此処で安静にしててくれ。俺はこれからこのゴキブリを換金してくるから」
「うん分かった」
いよいよフレームデッドゲームとやらの生活が始まる。一刻も早く手を組んでくれそうなプレイヤーを探し集め、協力してこの状況を打破しなければならない。まずはショップに行って、その次に安藤の枠ミッションを聞きに行く。
「三時間くらいしたら戻る。遅くても昼までには戻るから。それと朝食が用意されていたら持って来る」
「うん。行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃいニャン」
マイルーム入り口のドアを開けたら、何故か化け猫のドパッションねこが何かを回収しようと手を差し伸べてきて、夏男を待っていたかのように立っていた。これは嫌な予感がする。
化け猫は、これから外出する全てのプレイヤーから枠ミッションくじの紙を回収すると話す。どうやら自分の枠が何なのか証明する為の物的証拠を没収しようと企んでいるようだ。




