失くすという事
初投稿でまだまだです。生暖かい目で見守って読んで下さい。
人は大切な人を失うとどうなるだろうか。悲しい?苦しい?辛い?寂しい?虚しい?果たしてどれだろう。
しかし俺はどれでもないと思う。それは何故か。
愚問だ。人は大切な人を失えば何もなくなるものだから。
その人が大切であれば大切である程、その人を失った人には何もなくなる。
その人を想って泣く事もなければ、その人との思い出に浸って懐かしむ事も、あの時ああすれば良かっただのこうすれば良かっただのと後悔する事も、文字通り何もなくなるのだ。
俺が今、そうであるように。
俺には他に代わりなど現われる訳のないと言い切れる程唯一無二の存在が居る。いや、居た。
その人はとても笑顔の似合う可愛らしい人だった。
転んでも、失敗しても、点数が悪くても、いつだって笑っていた。笑顔以外見た事がないという者も居るのではないかと思える程常に笑顔だった。さらに性格も良いと来ていた。
そんな人だ。大抵の男達が心惹かれるのには時間の問題だった。そして偉そうに言っている俺も悔しいがその一人。だが俺は他の奴らとは違った。徐々に徐々に、少しずつ時間を掛けて距離を縮めていき、二人きりで遊びに誘ったり大胆にありがちだが遊園地に誘ってみたり、そうして俺との時間をなるべく他の奴らよりも過ごしてもらい少し性格が悪いようだが、頃合を見計らって想いを伝えた。実は前からずっと。
するとその人は驚いたような戸惑っているような表情を浮かべ同様な反応を見せた後で、私なんかでいいの?と聞いてきた。私なんか?何を言うんだ。君じゃなきゃダメなんだよ。
もちろん。俺で良ければ、付き合って欲しい。そう、伝えた。
そうして俺達は晴れてカップルとなった。もう最高だった。退屈な授業も、分からない教科も、気分の乗らない午後も、雨の日も、君と同じ空間に居られるだけで何もかもが耐えられた。
登下校の時には周りに同じ学校の奴が居なくなったと分かれば手を繋ぎ、雨が降る日にはわざと傘を忘れて相合傘のように一緒に入って帰ったり、365日毎日全て幸せだった。
喧嘩した日ももちろんなかった訳じゃない。しかもその大半は俺が醜い嫉妬をしてキレる。今思っても情けない。しかも更にその人が必ず謝ってくれちゃうという俺の立場もへったくれもなくなる仕様。だからその分仲直りした後は思いっきり思いっきり思いっきり抱き締めて謝って謝る。そうすると優しくまるで姉か母親のように優しく抱き返して、私もごめんね。なんて言ってくるもんだから泣きそうになる。そういう所でまた俺はその人に惹かれていき、その人は俺にとって唯一無二の存在となってしまった。
その日もいつもと同じだった。いつもの退屈でつまらない授業。やたら怠くて眠たい午後。帰りのホームルーム後の異様な開放感。部活。そして下校。二人共徒歩で学校に通える範囲に住んでいる為帰りはのんびり歩けるのがとても良い。今日は俺の方が遅かったか。何て思いながら下駄箱で俺を待ってくれているその人の元へと向かう。お待たせ。何て笑いながら声を掛けてつま先をトントンと鳴らし靴を履くとその人の隣に並び門を出た。
いつもと変わらない、そう、何も変わらない日常。歩きながら談笑。その日の出来事、部活の内容、これからの話。だけど、その日は何だか違う気がしていた。理由や根拠はない。感覚的な、直感的な、予感。この時気付いていれば。この時いつもと違う何かをしていれば。この時、その人を呼び止めていれば。もしかしたら何か変わっていたかもしれない。何かを俺がした所で何も変わらなかったかもしれない。今となってはただの戯言に過ぎないのだろうが。
何かよく分からない嫌な予感を胸に引っ掛けたままいつもの分かれ道に辿り着いた。それじゃあ、また明日ね。いつも通りの笑顔。声。手。髪。姿。
また明日。それらを見送りながら俺も声を返した。グッ、と胸が押されるような感覚がよぎった。行かせてはならない。そんな気がした。でも俺は、何もしなかった。
次の日、その人の姿はなかった。遅刻かとも思ったが、入学以来一度も遅刻早退共にした事がない人間に限ってその可能性は低いか。するとやけに暗く深刻そうな顔をして担任が教室へ入ってきた。嫌な予感がした。グッ、と胸が押されるような感覚がよぎる。昨日と同じだ。苦しい。担任が口を開いた。
死んだ。
そう、言っていた。実は持病があったそうだ。そして昨日の夜急変し、急激に悪化し倒れた。病院に運ばれ掛かり付けの医師やその他看護師の方々が最善を尽くしたがその甲斐虚しく、日付が変わる前に息を引き取ったとの事。あの時、行かせてはならない。そう思ったのは、「行く」のを止めるのではなく「離れる」のを止めるべきだったのか。俺が無理を言ってでも、別に家には何度も訪ねさせてもらっている訳だし両親にも俺の事は話してあると言っていたのだから、付いて行くなりすべきだという事だったのか。だが何を言おうと何を思おうと今更だ。もう、居ない。そう。居ないのだ。
もうあの笑顔を見る事も可愛らしい声を聴く事も自分よりも小柄な姿を見る事も愛らしく揺れ靡く髪を見る事も会話を交わす事も手を繋ぎ体温を感じる事もこれ以上想い出を増やす事も。何も出来ない。何も。何一つ。もう。出来ない。
その日は気が付いたらホームルームが終わっていた。いくら付き合っていたとは言え学校を無断で抜け出す事などもちろん出来なかった。理由を付けて早退するという案もあったがそこまで頭が働かなかった。というより、何も考えられていなかった。
放課後、病院に向かった。両親が泣いていた。友達も泣いていた。俺の知らないおそらく親戚や近所の人も泣いていた。
俺は、泣いていなかった。自分でも不思議だった。大切な物を、大事な物を、唯一無二の存在を失ったというのに。泣いていなかった。
後日通夜、葬儀告別式が行われ俺も参加した。周りからは鼻を啜る音、泣きじゃくる声、その人の名を呼ぶ悲痛な声、泣き声泣き声泣き声。俺はそんな中に紛れて焼香を上げた。遺影を見た。その人らしい、素敵で最良で最高の笑顔だった。
何も感じずに事は進み墓地へ向かい、手を合わせて祈り終わった。
全てが終わった後で両親の方から、いつもお世話になっていたみたいで、あの子は本当に幸せそうでした。ありがとう。と
泣きながらに言われた。俺は、そんな事ありません。こちらこそ娘さんのおかげで世界で一番幸せだといえるくらい幸せでした。と頭を下げた。そして家に戻ろうと歩き出した時、後ろから泣きじゃくる大人の声が聞こえた。
家に着き部屋に向かった。ほんの少しの荷物を降ろし、上着をハンガーに掛ける。ベットに腰掛け、ただぼんやりと自室の天井を見上げた。
何故だろう。苦しいはずなのに、悲しいはずなのに、悔しいはずなのに、辛いはずなのに、寂しいはずなのに、何も感じない。
涙も出てこない。溜息も漏れない。後を追いたいとも思わない。
逆に、何かをしたいとも思えない。学校にも行きたくない。部屋から出たくない。何もしたくない。何も何も何も何も。
今俺はどういう状態なんだろう。自分が分からない。そうか。失ったんだ何もかも。想いも感情も涙も心も必要不可欠な存在も。だからこそ、涙も出ない溜息も吐けない孤独も感じない死にたいとも思わない。
無気力、無関心、無感情、無干渉、無意義、そんな言葉達でも物足りないくらいに今の俺には何にもなかった。
生きる気力死ぬ気力動く気力寝る気力食べる気力話す気力呼吸する気力。何の気力も、気力というか本当に何もかもがなかった。故に、今自分が呼吸しているのかも怪しい。
どれだけあの人は俺にとって大きな存在だったんだろう。どれだけ必要な存在だったんだろう。どれだけ。もしかしたらあの人は俺にとって呼吸をするのが当然のように傍に、近くに隣にそこに居て当然の存在だったのかもしれない。当然じゃない。必然。これも違う。居なければならない存在。これが正しいかもしれない。あの人が居ないと俺は、何も出来ない何もしたくない何をする気力も起きない。何故こんな風になってしまったんだろう。あの人を好きにならなければ。あの人と知り合わなければ。あの人の存在を知らなければ。もう忘れてしまいたい。でも、そしたら今度こそ本当に何もなくなってしまう。
俺は、どうしたらよかった?
もう、考えるのも嫌になってきた。思い出すのも嫌になってきた。今日の所は寝てしまおうか。そうしてそのまま、二度と朝が来なければいいのに。あの人の居ない朝なんて日常なんて学校なんて日々なんて一年なんて十年なんて、一生来なければいいのに。
…こんな考えに浸ってるのも疲れた。そう思って俺は、眠った。
人は大切な人を、唯一無二の存在を失うとどうなるだろうか。悲しい?苦しい?辛い?寂しい?虚しい?果たしてどれだろう。
しかし俺はどれでもないと思う。それは何故か。
愚問だ。人は大切な人を失えば何もなくなるものだから。
その人が大切であれば大切である程、代わりの利かない存在であればある程、その人を失った人には何もなくなる。
その人を想って泣く事もなければ、その人との思い出に浸って懐かしむ事も、あの時ああすれば良かっただのこうすれば良かっただのと後悔する事も、文字通り何もなくなるのだ。
俺が今、そうであるように。
これを読んで大切な物を失う辛さ、苦しさが分かって頂けたら幸いです。




