07 神の塔
茫然とする生徒達の顔を見て、嬉しそうにシュダーディは話を続ける。
「ほっほっほ。いきなりで驚かせてしまったようじゃの。見ての通り、ワシらのいるここは雲の上じゃ。空中要塞と言った所かの? 空中を移動することも出来るから、神の塔に向かう際はこの要塞ごと近くまで行くこととなる。そして見よ。あれが――神の塔じゃ」
生徒達はシュダーディが指さす方へと顔を向ける。
そこには、真っ白な塔が立っていた。太く、とても巨大な塔である。近くに山脈がそびえているが、その山が小山に見えるくらいに大きな塔だ。高さも高く、空に浮かぶこの要塞からもその頂上は見ることさえ不可能だった。
「大きさもすごいが、中も相当のものじゃぞ。階層ごとに環境が異なり、中には火山のフロアまで存在しておる。階層ごとに異界化しておるようなものじゃの。一説にはこの世界を創造した神が、世界創世の実験場として使っていたのがあの塔じゃとも言われておる」
神の塔を感慨深げに眺めながら、シュダーディは塔について説明する。
「現時点で五十階層までは攻略しておる。じゃがあの塔には……色々制限があっての。ワシなどはあの塔の中では実力が出せぬ。システムの制限によって大軍での攻略も不可能じゃしの」
ゲームの説明でもするかのように、シュダーディは神の塔について語り続けた。
その説明を聞き逃さないようにしつつも、レンセは絶望感に打ちひしがれる。
雲の上。
これはレンセにとって想定外。周りが鉄で囲まれていることから、この場所が地下かも知れないとは思っていた。だが、空の上である。これでは常識的に考えて逃げ場がない。
そうして絶望感に包まれるレンセを見て、シュダーディの顔が再びにやける。
「くくっ。心ここにあらずと言った顔じゃの。お主は神の塔について質問したが、本当に聞きたいことは別にあったのではないか? 例えば自分たちのいる場所について、などの。ほっほっ。神の塔について聞くにしても、その立地以外に聞きたいことはないのかの?」
見透かされている。レンセは質問の意図を完全に読まれていると感じた。
レンセは出来る限りシュダーディと目を合わせないようにしつつ、何とか次の質問を考える。この後何を質問しようとも、シュダーディのレンセに対する警戒は解けないだろうと思いつつ。
だがそんなレンセの頭に、一つの疑問が浮かんで来た。これはレンセ達の生存とは関係のない、純粋な疑問点である。
「あの塔がすごいのは分かりましたけど、あれって、攻略しないと駄目な物なんですか?」
「ん? 駄目とはどういうことじゃ?」
シュダーディの顔色が少し変わった。レンセの質問に興味を示した顔だ。
「どんな力によってかは知らないですが、この要塞は空に浮いていますよね。だったら、これで塔の頂上に直接行くのは無理なのでしょうか? 他にも塔の中ではなく外から登ったり、もし塔自体が不要であればいっそ塔そのものを破壊するとか」
レンセは前提を覆すような質問をした。レンセ達は神の塔を攻略するために召喚されたと聞くが、空を飛べるのなら直接上に行けばいいという理屈だ。
レンセの質問に、シュダーディはにやけた顔をさらに嬉しそうに歪める。
「くくっ、よい。よいぞ少年。やはり貴様は面白い。覇気が残っておるだけでなく、発想も柔軟に出来るようじゃの。ちなみにワシも、お主と全く同じことを考えたことがあっての。この要塞も、元々はそのために創り上げようとしたものじゃ。じゃがの……無理じゃった」
シュダーディはレンセの顔から目を離し、青空の広がる部屋の端へと歩きながら言葉を続ける。
「これも口で言うより見せた方が早いじゃろう。ついでに……ワシの力も少し見せてやる。くく。この力が塔の中でも使えれば、ワシ自身が神の塔の攻略も出来るのじゃがの」
シュダーディの全身が、淡い銀色の光りに包まれる。
それと同時に、視界の下の方から、たくさんの鉄の球が浮かび上がってきた。
鉄球一つの大きさは野球ボール程度だが、その数が凄まじい。
視界を埋め尽くすほどの鉄の球が、空一面に広がっていく。
「これがワシの主力攻撃、《百万の鉄》じゃ。百万個の鉄球を操るだけという、大して面白味もない能力じゃがの。じゃが百万の鉄の威力は中々じゃぞ?」
シュダーディは右手を掲げ、百万個の鉄球を操り出した。目標は神の塔の側にある大きな山脈。
その山脈そのものを、シュダーディは百万個の鉄球で攻撃した。
「《鉄の嵐》。鉄球一つの威力は弱くとも、百万も集まればそれは大きな力となる」
シュダーディの操る鉄の球が、イナゴの大軍のように空一面を覆い尽くす。そして一筋の濁流となって、山脈へと次々に襲い掛かった。
山肌が猛烈な勢いで削り取られ、百万個の鉄球が過ぎ去った後には、山の一つが大きくえぐられ、谷と化してしまっていた。
「これがワシの能力じゃ。あの程度の山一つや、街の一個くらいなら簡単にひねり潰せる。そしてここからが本番じゃが――」
シュダーディは攻撃目標を神の塔へと切り替えた。山をもたやすく削り取った鉄の濁流が、神の塔へと殺到する。常識的に考えれば、神の塔は鉄の濁流に飲み込まれ、そのまま削り取られて倒れるだろう。
だが、そうはならなかった。
鉄の濁流が塔へと到達する直前、濁流が光によって阻まれる。ピンク色に輝く魔方陣が、いくつも塔の前に浮かび上がった。その魔法の障壁によって、百万個の鉄球はその進攻を完全に阻まれる。
「俗に非破壊オブジェクトと呼ばれる物じゃ。あの塔にはあらゆる攻撃が無効となる。そして――」
シュダーディは神の塔への攻撃を継続しつつ、その流れを上へと向ける。塔の障壁と激しく衝突し続けながら、鉄の濁流は上へ上へと上がって行った。
だがその流れも阻まれる。
ある程度上空へと登った所で、次は空一面に魔方陣が現われたのだ。そしてその障壁が存在するのは塔の近くだけではない。
この世界の空一面を覆う見えない壁と衝突しながら、鉄の濁流はシュダーディの元へと戻ってくる。
「おおよそ、高度一万メートルと言った所か。そこに見えない壁がある。その壁があるせいで、我々はそれ以上上へは行くことが出来ぬ。じゃから神の塔の頂上へと直接乗り込むことは不可能。攻撃が全て無効化されるから破壊も無理じゃ。周りに窓も存在せぬから、外側から登るという手も無意味じゃの。じゃが――」
シュダーディは再びレンセの方へと顔を向ける。
「ワシと同じ考えに至った洞察力。貴様は実に面白い。じゃから最後にもう一つだけ、ワシに質問するのを許そう。これが最後の質問じゃ。じっくりと考えて質問するがよいぞ。最後に貴様がどんな質問をするのか、ワシはそれに興味がある」
好奇心に満ちた顔で、シュダーディはレンセの顔を見つめる。
その視線を受け、レンセは必死に質問を考えた。
最後の質問。
聞きたいことは山ほどある。例えば、レンセ達にあるという『特性』。他にも知りたいことはたくさんある。
だが、これが最後の質問なら。
レンセはこの世界へとやってきて、最も緊張しつつ言葉を紡ぐ。
「これが最後の質問なら……昨日から一番知りたかったことを尋ねます」
レンセはその質問がどれだけ危険かを自覚しながら、最も知りたい問いをシュダーディへとぶつけた。
「昨日召喚されてからこれまで、どうして僕達はまだ何もされていないのですか?」
あまりに直接的で、どう考えても地雷としか思えない質問。
それをレンセはシュダーディに投げた。