06 謁見
レンセは頭に軽い痛みを覚えて目を覚ます。
魔法を使えるようになるという薬の影響で、頭痛が起きることはあらかじめ説明されていた。だがその痛みも、既にだいぶ治まってきている。
心なしか、目が良くなったようにレンセは感じた。体も少し軽いような気がする。薬の影響で、身体能力も全体的に上がっているのかも知れないとレンセは思った。
そうしてレンセが体の変化を確かめていると、部屋の中にアナウンスが流れる。スピーカーから聞こえるような声とは声質が違う。恐らく魔術的なもので声が聞こえているのだとレンセは思った。
そのアナウンスによって、生徒達全員が広間へと集められる。
そこにはボコラムが待っていた。
「二十七人。全員きちんと起きれたようだな。ではこれより、貴様らをシュダーディ様の元へと連れて行く」
ボコラムと数人の男に連れられ、レンセ達は長い階段を上る。二階分ほど階段を登ったところで、レンセ達は大きな扉の前へと到着した。
ここがイルハダルの指導者、アバカル・シュダーディの部屋だとレンセは直観する。その扉をボコラムが開け、続いてレンセ達も中へと入った。
部屋の中は、なんとなく王の間を思わせる。周りが銀色に輝く鉄で出来ているのは他と同様だが、屋根の形がドーム状になっていた。また床には青いカーペットが敷かれており、この場所が他とは違うことを感じさせる。
その部屋の奥、質素だが高級感のある椅子の上に、アバカル・シュダーディは鎮座していた。
シュダーディは他の者とは違い装飾のついた灰色のローブをまとっている。同色の長い髪に、同じく灰色の長いあごひげが特徴的な初老の男。だが色味の少ない姿の中、その目だけが不気味に赤く光っている。
「ふむ。二十六……七人か。今回は多くの異世界人を召喚出来たなボコラムよ」
「はっ。ありがたきお言葉痛み入ります」
そう言ってボコラムは頭を下げる。
生徒達も、全員が頭を下げさせられた。その生徒達の様子を見てシュダーディが優しく声をかける。
「これでは顔が見えぬでの。皆の者、顔を上げよ」
生徒達はひざまずいたまま顔だけを上げる。生徒の顔は一様に恐怖で引きつっていた。昨日受けたショックから立ち直れていない者が多いのだ。
「……覇気のない顔じゃ」
「はっ! 昨日こちらの力を見せましたゆえ、萎縮しておるようです」
「なるほどの……ん」
ここでシュダーディの視線が一人の少年を捉える。レンセであった。
「貴様は目が死んでおらぬな。……名はなんと言う?」
「……国松 煉施です」
名前を答えながら、レンセはやられたと思った。昨日は目立たぬよう振る舞っていたのに、よりにもよって敵のトップに、顔色で目を付けられるとは思っていなかったのだ。
だが少しして、まだ自分で良かったとレンセは思う。
目が死んでいないという理由でレンセが目を付けられたのなら、彩亜や芹が同じ理由で目を付けられる可能性もあったためだ。それならまだ、目をつけられたのが自分で良かったとレンセは思い直した。
「ふむ。せっかくじゃ国松 煉施よ。貴様にいくつか質問を許そう。ワシに聞きたいことはないか? ワシの気分次第では、二、三個の質問には答えてやるぞ?」
試されている。レンセはそう直感した。既に危険人物として認識されているのかと、レンセは自分の顔に冷や汗が垂れるのを感じた。
だが同時に、これはチャンスだとレンセは思う。
現状では何をするにも情報が足りない。それを向こうから聞いていいと言っているのだ。多少のリスクを負ってでも、ここは質問すべきだとレンセは思った。
まずは、場所。
ここが一体どんな所かを知る必要がある。近くに街はあるのか? この建物の立地は平地か山か。それによって、ここから逃げる際に必要な物が見えてくる。
ただし、直接この場所がどこか聞くような真似はしない。それではここから逃げ出したいと言っているようなものである。だからレンセはこう質問した。
「質問して良ければ、神の塔について知りたいです。僕達が今どんな所にいるか分からないですが、いずれはここを出て、その塔のある場所に移動することになるのでしょうか? それとも神の塔が近ければ、ここを拠点にその塔に登ることになるのでしょうか?」
レンセ達は神の塔を攻略するために呼ばれたと聞いている。だからその塔について質問するのは自然だとレンセは判断した。同時にレンセは質問しつつ、神の塔の立地こそが大事だったのだとも思う。
いずれ神の塔へと移動するなら、その移動時にこそ脱出のチャンスはあるのではないかと。また神の塔の立地次第では、塔に入ってから脱出を試みるという手もある。
ともかくこの質問で、自分達がここから逃げるのに必要な情報は得られるとレンセは思った。
そんなレンセの様子をしばらく眺め、シュダーディは顔をにやつかせてこう言った。
「なるほどの。確かに、お前達にはいずれ神の塔を攻略してもらうこととなる。その塔について知りたいと思うのは当然じゃ。ならば……今から見せてやろう」
……見せる?
シュダーディの言葉に、レンセは言葉に出来ない不安を覚える。そしてレンセの不安は的中した。
シュダーディが見せてやろうと言うのと同時に、ドーム状につながる壁と天井が浮かび上がる。
そうして出来た隙間から見えた物は、どこまでも続く青い空。その中で……視界の下に雲が見える。
つまりレンセ達のいるこの場所は――
――雲の上だった。
街が近いかどうかとか、始めからそんな次元の話ではなかったのだ。
目の前に広がる光景に、生徒達の全員が圧倒される。同時に自分達はここから逃げられないのだと、全員が本能的に理解した。