プロローグ
国松 煉施は栗色の髪を持つあどけない顔の少年である。友達は少ないが特にいじめられているという事もない。中性的な整った顔立ちと優しい性格から、女子からの人気も密かに高い少年だ。
そんなレンセは幸せな安らぎに包まれつつ、高校一年の教室で昼食を食べていた。
だがそんなレンセに嫉妬の眼差しを向ける男子が何人かいる。原因はレンセと向かい合って座っている、一人の少女によるものだった。
「……レンセ、おいしい?」
幸せそうにたこさんウインナーを頬張るレンセを見つめ、前の席に座る少女、西堀 彩亜が尋ねる。
西堀 彩亜は黒髪ボブカットの少女だ。背格好は女子の平均、ただし胸はFカップ。レンセの幼馴染である。
その顔立ちは美しく男子からの人気もクラスで三番目に高い。俗に言うクール系の美少女だった。
ちなみに彩亜の本来の席はここではない。だが昼休みになると彼女は当然のごとくレンセの前の席へと座り、こうして二人で昼食を食べる。
さらに彩亜は、レンセの為に毎日弁当を作ってくるという用意周到ぶりだった。
彩亜は今日も自分の箸を使って、レンセの口の中に直接おかずを差し入れている。
「だし巻き玉子もあるよ。……食べる?」
「うん食べる。ありがとう彩亜」
「じゃあ……はい、あーん」
レンセは少し恥ずかしそうにしながら、彩亜の方へと顔を突き出し口を開いた。そんなレンセのしぐさを見て、嬉しく思いながら彩亜はレンセの口の中にだし巻き玉子を差し入れる。
「うんおいしい」
だし巻き玉子を一口で頬張り、幸せそうにレンセがつぶやく。
「彩亜は本当に料理上手だね。将来絶対いいお嫁さんになれるよ」
「うん……レンセにそう言ってもらえると、わたしも嬉しい」
「でも僕ばっかりおかず貰っちゃってなんだか悪いな。彩亜にもお返し出来たらいいんだけど」
「なら……」
彩亜はレンセが手に持つ食べかけのパンを指差す。
「……そのクリームパン頂戴」
「えっ、でも僕が半分食べちゃってるよ?」
「うん。半分でもいい……わたしクリームパンは結構好き」
レンセは僕がかじったパンだよと言いたかったのだが、彩亜は話が通じていないフリをして押し通す。レンセは心の中で(か、間接キスになっちゃうよ~)と叫びながら、彩亜に食べかけのパンを手渡そうとした。
だが彩亜はクリームパンを手で受け取ろうとはせず、「ん」と一言だけ言って口を開き、レンセの前へと差し出す。
その意味をレンセも理解して、次はレンセが彩亜の口の中にパンを差し入れた。
「……ん。購買のクリームパンも、結構おいしい」
そう言って彩亜は、レンセが口の中に差し入れてくるクリームパンを、小さな口で一口ずつゆっくり食べる。
クリームパンさえドン引きしそうな甘すぎる空間が、二人の周りには形成されていた。
そんな二人の様子を、苦虫を噛み潰したような顔で見つめる一人の男がいる。
錦山 剛だ。彼は髪の毛をオレンジ色に染めたチンピラめいた不良であり、このクラスにも何人かいる、西堀 彩亜のファンの一人でもあった。
ちなみにこのクラスに彩亜を好きな男子は多いが、彼女に告白しようとするような無謀な男子は一人もいない。毎日のようにあんなラブラブっぷりを見せつけられては当然とも言えるだろう。
同じ理由で、密かに女子に人気のあるレンセが女子から告白されるということもない。
だが錦山 剛は彩亜のことがどうしてもあきらめきれない様子で、つい彩亜の方へと視線が向いてしまうのであった。そして同時に目に飛び込んでくるレンセを見ては、レンセへの嫉妬と妬みを日々募らせていた。
「……爆発しろ」
剛は誰にも聞こえないほど小さな声でそうつぶやく。
そうして剛は教室から出ようとした。錦山 剛は不良であり、午後の授業をサボったりすることがかなり多い。
その理由の一つが、レンセと彩亜のラブラブっぷりに怒りでおかしくなりそうだからと言うのは、誰も知らない一つの事実だったりする。
――その剛が教室のドアに手をかけた瞬間、事件は起きた。
「……なんだよこの光」
剛が教室の中を振り返って見ると、教室全体が謎の白い光に包まれている。
「……えっ?」
「何これ?」
「何なのこの光」
「キャー」
教室にいる生徒達がそれぞれ多様な反応を示す。
そうして教室内にいた生徒二十八名は、昼休みに忽然と姿を消した。
その時教室にいなかった生徒や担任の教師が戻った時には、教室内に不審な箇所はどこにもなく、中の生徒達だけが忽然と姿を消していた。この不可思議な出来事は、奇妙な神隠し事件としてしばらくの間お茶の間をにぎわせることとなる。
そしてもちろん、この神隠し事件に巻き込まれた生徒達の中には、昼食を終え、彩亜の唇についていたクリームをティッシュでぬぐうレンセと彩亜の姿もあった。