表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

強くなりたい

その日僕は夢を見た。それがなんだったのかは分からない。けれど、とても気になる夢だった。終わらない夢。同じ時を繰り返す夢。僕は必至に誰かを探し続けていた。


 僕は自分の部屋に閉じ籠って泣いていた。この世界なんて嫌いだ。何もいいことなんてない。自分がなんで生きているのか分からなかった。楽しいことってなに。どうするのが楽しいのか。聞こえる音、見えるもの、何もかもが遠く聞こえた。

ベッドから天井を見上げていた刹那、部屋の光が消えた。咄嗟のことに、思わず体を起こすが何も見えない。僕はとりあえず部屋から出ようとした。ロックを解除しドアノブをひねる。中から光が溢れ瞬間的に目を閉じた。うっすらと目を開くとそこには、見たこともない景色が広がっている。廊下に出るはずなのに、そこにあったのは廊下ではなかった。

「どこだここ」

その景色は不思議でしかない。家の中のはずなのに、どう見ても外にいる。見たこともない街の路地にいる。後ろを振り向いてもそこに扉はない。細い道が奥の方まで延びているだけだ。おまけに、時間までおかしい。夜のはずだった。なのに空は朝であるかのように晴々としていた。


「どうなってんだよ」

自分が今どんな状況なのか分からず頭が混乱する。

「うわっ」

誰かに後ろからはねとばされ、僕はよろけた。

「邪魔だ、どけ」

その男は誰かを探しているようだった。

「くそっ、あの野郎どこいきやがったんだ」

ギリっと睨んだ後、周りをきょろきょろ見渡しながら去っていく。僕はしばらく男の後ろ姿から目を離すことができなかった。姿が見えなくなり我に返った僕はようやく体を動かすことができた。

「とりあえずここがどこなのか聞こう」

人が見える方へ向かった。道を抜けるとそこには大勢の人とお店で賑わっている。どうやら市場のようだ。見渡してもそこがどこなのか分からない。見たこともない光景。知らない世界がそこにはあった。こんなことやっぱりありえない。きっと夢なんだ。そうだ夢。夢から早く覚めよう、そう思い頬をつねるが、

「痛い……」

夢から醒めなかった。諦めて僕は情報を集めることにした。


 色んな人から情報を聞いて整理してみた。まず、ここは僕の知らない世界だってことだ。日本という言葉すらその人たちは知らなかった。それでも言葉は通じる。まるでゲームの世界にきたみたいだ。昔見たアニメにどことなく似ている雰囲気がある。でも、ここは現実だと認めるしかない。夢から覚めない以上行動するしかない。僕は少し不安ながらわくわくしていた。これから何かが始まるような気がして。


僕はとりあえず狭い路地に入った。休みたかった。人が多いとこは苦手だ。いるだけで疲れる。暫く休んでいると路地の奥から白いワンピース姿の少女が走ってきた。ひどく慌てているようで、服もぼろぼろだった。なんだろあの子。よく見ると体にひどいあざがある。少女は僕より幼い感じがした。僕が16だから、あの子は14くらいかな。なんでそんな子がぼろぼろなんだろ。靴も履いてないし。少女は後ろを気にしていた。まるで誰かに追われてるように。だから、僕の存在に気づかなかったのかもしれない。少女が前を見た時、目があった。少女の足が止まる。そして、警戒するように後ろへ下がろうとした時、足がもつれて転んだ。

「あの、大丈夫?」

僕は少女を起こそうと近づき、手を伸ばした瞬間ー

目の前に何かが映った。僕はそれが何かすぐには分からなかった。徐々にピントが合いだし、物の形が見え戦慄が走った。

「え……」

「動かないで。少しでも動いたらあなたを殺す」

少女が突き刺していたのはナイフだった。

「え、え……」

突然の出来事で言葉が上手く出ない。少女の手は震えていた。それでも少女の瞳はまっすぐだった。少しでも動けば刺される。怖い。怖いけど説得しなければこのまま殺されるかもしれない。

「ごめん。心配しただけなんだ」

「うるさい。黙れ」

「でも......そんなボロボロの姿ほっとけないよ」

少女の手はガタガタ震えていた。

「こんなとこにいたのか」

聞いたことのある声がした。見るとそこには最初にあった男性の姿があった。少女がその声に反応してすぐさま振り返り、体を震わせた。手からナイフが落ち、膝が崩れた。男はずかずかと少女へと近づいていく。

「いや。こないで。やめて。もういや」

少女の声は震えていた。明らかに怯えてるようだった。男は怒りに満ち溢れていた。

「てめぇ、分かってんだろうな。俺に面倒かけさせんなや。なあ!」

男はそう言い少女を殴り蹴った。僕はただ見ているだけしかできなかった。こんな光景見てるだけでも怖い。体が動かない。

男は僕を見たが、気にせず少女の髪をひっぱり引きづり出した。

「痛い痛い。もういやなの。もう許して」

「てめぇに自由なんかねぇんだよ。黙って俺のために働けばいいんだよ奴隷が」

少女が連れて行かれる。止めなきゃいけない。そう思った。怖いけどこのまま見過ごすわけにはいかない。足が震える。自分には関係ない。見捨てろ。関わる必要なんかない。頭の中で渦巻く。それでも放っておけなかった。

「ま、ま……」

「なんだお前。なんか言いたいことでもあるのか」

声にならない。男の声を聞くたびに怖くて涙がでそうになる。

「まて。は、はなせ」

「あ?」

「その子をはなせっていってんだ!」

男を睨みつけた。何か行動した所で何かが解決するわけなんてないのは分かってた。この男には勝てない。自分の弱さは知ってる。

「なんだてめぇ。死にたいのか?ああ?」

男は怒りを露わにし少女を捨て近づいてきた。僕はそれでも目を逸らさなかった。


殴られた。めちゃくちゃ痛い。骨が折れたんじゃないかってくらい痛かった。男が少女をひきづって街へと姿を消す。結局何もできなかった。初めからかなうなんて思ってなかった。それでも、見過ごすことができなかった。僕は空を見た。雲は何もなかったかのようにゆっくりと流れていった。痛くて涙がでた。

「なにしてんだろ。救えないなら意味ないじゃん」

あのナイフ使えばよかったのかな。でもさすがにできないよそんなこと。


商店街へと出た。もうあの男は見えない。それでも少女をひきづる人なら誰も見てないはずはない。そう思い、お店の人に聞いてみると、案の定町でも有名のようだった。どうやら家は町はずれにあるようだ。僕は向かうことにした。体が痛む。休んでる暇なんかないんだ。少女を放っておけない。


門を抜けたとこに家があった。大きな畑に少女は倒れていた。男の姿は見えない。家の中にいるのか。様子を伺いつつ僕は畑へと向かう。


「あなた、なにしにきたの」

少女が僕に気付いて驚いていた。

「その、心配で」

「殴られてよくのこのこ来れるわね。見つかったらまた殴られるから早く去りなさい」

少女は早々に目を逸らす。

「そういうわけにはいかないよ」

「なんでよ。あなたなにかあるの?」

「僕は君を救いたい」

かっこつけたような言葉だ。初めて会った相手にいきなり救いたいなんて。不審者だと怪しまれるだろう。それでも僕は言葉は繕う気はなかった。

少女は暫く僕の目を見ていた。心を読んでいるかのようにずっと。少しして少女は溜息をついた。その目は虚ろのように見えた。

「そんなの無理に決まってるじゃない。もう逃げられないわ。現実にはどう抗っても越えられない壁があるのよ。私はそれを今日知った……」

「そんなことない。あれは僕に会ったからで……。僕がいなければもしかしたら逃げられたかもしれない」

「それはないわ。たとえあなたに会ってなくても私は捕まってたわ。私の居場所はあらゆる人から伝わるの。どこへ逃げてもやつの耳に届くわ。私の逃げる場所なんてなかった。この町全てが私の敵なの」

「そんなこと……」

僕はこの町のことをまだ知らない。どうやらこの町には奴隷がいるらしい。少女はその奴隷。この町のルールを僕が破っていいのか分からないけど、やっぱり救いたいんだ。何かできることがあるならば。

「わかったでしょ。私やることあるから」

少女は物置きから鍬を取り出し畑を耕し始めた。僕はそれを見ていた。去ることなんかできない。僕にできること。それは。

「僕も手伝っていい?」

少女の傍にいること。

「あのね。あなた見つかったらただじゃ済まないわよ?他人の奴隷に手を出したら殺されても仕方ないんだから」

「じゃあ、僕も奴隷になるよ」

「なにいってるの。馬鹿じゃないの」

「馬鹿かもしれない」

「ふざけないで。そんな軽々しく奴隷になるって言わないで。あんたは奴隷がどんなのか全然分かってない。からかってるならここから消えて。もう見たくない」

「からかってない。僕はもう何もなく生きるのが嫌なんだ。目的もなく、ただ時間が過ぎるのを眺めてるだけ。そんなの死んでるのと同じだ。僕は何か目的を持ちたい。奴隷になるなんて軽い言葉かもしれない。でも君を放っておけないんだ。僕にできることは君と同じ奴隷になってここから抜け出す手段を考えること。それしか思いつかない。だから僕は実行する。たとえ間違ってたとしても自分から行動したいんだ」

自分の想いをこんなにはっきり言ったのは初めてかもしれない。恥ずかしさなんてなかった。

「それなら奴隷にならずに助けなさいよ。奴隷になったら逃げ出すのは不可能よ」

「僕は君の傍にいたいんだ」

あれ、合ってるのかなこれ。僕は少し疑問に思った。けれど、言ってしまったものは仕方ない。間違ってない。たぶん。そう思ったが、

「えっ。な、なに。どういうこと。あなた私目当てで奴隷になるとかいってるわけ?」

間違っていた。誤解を生んでしまった。

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」

自分で何を言ってるのか分からなくなってきた。あれ、僕が奴隷になりたい理由って。彼女が好きだから? いやいや。そんなことないはず。だってまだ会ったばかりだし。ただ彼女を見てて放っておけなくなったから。でも好きなのかな。それでもそんなこと絶対言えない。会っていきなり告白してるみたいじゃん。なんとか誤解を消さないと。

「僕は君ともっといたい。君は僕より強いと思うから。近くにいたら僕は強くなれる気がするんだ」

「なっ。それって告白?あなたやっぱり」

まずい。避けたつもりなのに。彼女が警戒し始めた。理由はそうなんだけど。でも助けたいってのは本当なんだけど。僕って伝えるの下手だよなぁ。もう無理ならいっそのこと。

「そうだよ!初めて会った時から僕は君のことが気になったんだ。君の瞳に僕が求める強さがあった。だから君ともっといたい。何かを得られる気がするから」

僕は自分の弱さを吐き出すかのように言った。今の自分から抜け出したい。暫く彼女は僕の顔を見ていた。その瞳は真剣だった。僕も目を逸らさなかった。

「あなたの瞳」

「え」

「本物ね。何かを探してる瞳。私に似てる。この世界に必死に抗いたいけどどうすればいいか分からない。それでも何かあると信じて諦めない。そんな瞳をしてる。私は好きよ。その想い」

その時の彼女はとても輝いて見えた。初めて褒められた気がした。自分の心を見てくれる人に出会えた気がして僕は嬉しくなった。

「好きにしなさい。何かあればあなたを殺すだけだし。それに奴隷にしてくれるかは分からないわよ。奴隷になりたいなんて怪しいと思われるはずだわ」

さらっと怖いことを言うとこも変わってない。

「そ、それもそうだね。そこはなんとかお願いしてみるよ」

あの怖い人に奴隷にしてくださいなんて言える自信は正直なかった。思い出すだけでも怖い。でもここで立ち止まるわけにはいかない。なれなければ次へと進めないんだ。

「頑張って。期待してる。私は柚葉。あなたは?」

「僕は東雲流花。よろしく」


「さぁ、とりあえず今は仕事よ。あなたも手伝いなさい」

「報告はいいの?」

「そんなの後でいいわ。見つかったらその場で言えばいいじゃない」

「そ、そうなのかな……」

「所詮殴られるだけよ」

「殴られるだけって……。柚葉さっき泣いて……」

「殺すわよ?」

少女の雰囲気が一気に変わった。殺意を感じた。

「な、なんでもないです」



「これどこまでやるの?」

広大だった。あまりにもでかい。いったい何日かかるんだろ。

「やるのよ。何日経とうが終わらせるの。休んでる暇なんかないんだから」

僕は作業に取りかかった。全然できなかった。怒られた。

「いいわ。私がきっちり教えてあげるから覚悟しなさい」

「はい!」

「ふふっ」

それから僕は柚葉に教わりつつ作業をこなしていった。どれくらい時間が経ったんだろう。そんなに経ってないのかもしれない。太陽が高かった。暑い。柚葉も疲れてるみたいでペースが落ちていた。暫くその姿を見つめていると、ふと視界に人の姿が映った。一気に身体が硬直し始めたのが分かった。あの男だ。やばい。どうしよう。柚葉は気づいていない。声を出せばばれるかもしれない。それにここは畑の真ん中だ。隠れる場所も逃げる暇もなかった。やばいやばい。こんなとこ見つかっていいのか。でも、何か行動しないと確実に終わる気がする。僕は咄嗟に地面にひれ伏した。(無理無理。やっぱこんな状況で奴隷にしてくださいなんて言えないよ)

「おい。奴隷。俺ら今から出かけてくるから。逃げんじゃねえぞ。あと、今日の昼飯だ」

「ありがとうございます……」

「逃げたら次はないと思え」


「ん、おい、そいつ誰だ」

「え」

気づかれた。ここが勝負。足音が近づいてくる。

「おい。大丈夫か。何してる」

「あっ」

柚葉が僕に気づいたんだろう。僕は気づかれないように柚葉に目線を送った。

「ん。お前知ってるのか」

「い、いえ。知りません」

それでいい。

「こいつどっかで見たような」

僕の心臓は破裂しそうだった。

「水分不足で倒れてるんじゃないでしょうか」

柚葉が必死に悟られないように促す。

「こんなとこでか。迷惑なやつだな。しゃあねえ。おい奴隷、こいつに水やれ。どこのやつか知らんが使えるなら奴隷にするだけだ」

柚葉が僕に水を飲ませてくれた。

僕は勢いよく水を飲み干した。本当に喉が渇いてたのもあるし、ここで演技だとばれるわけにはいかない。

柚葉はちょっと怒っていた。貴重な水だったのかもしれない。でも仕方ないんだと心の中で僕は謝った。

「おっ、いい飲みっぷりじゃねえか。おい。聞こえるか。てめえどこの家のもんだ」

僕はゆっくり男の顔を見た。その顔はやっぱり怖い。でもその感情を押し殺し平静を装った。

「僕に家はない。両親もいない。帰る場所もない」

男はその言葉を聞き暫く悩んでいた。

「そうか。ならおまえ、俺の奴隷になれ。今ちょうど人が欲しかったところでな。こいつだけじゃ全然足りねえ。水やっただろ。命助けてやったんだから俺の元で一生奴隷やれ。それがてめえの生きる意味だ」

「わかりました」

「やるからにはちゃんとやれ。さぼったら容赦なく殴るからな。覚悟しろ。お前ら奴隷は何も言わずに働いてればいいんだよ」

「はい」

「はっ。こいつはいいもんが手に入った。心が死んでやがる」

男は嬉しそうな笑みを浮かべていた。僕は感情を表に出さないように抑え込んでいた。

「じゃあ今から仕事をやれ。何するかはこいつに聞け。しっかりやれよ奴隷」

そう言い男は立ち去り車に乗って姿を消した。

静寂が訪れる。僕は笑った。柚葉も笑った。

「うまくいったかな」

心臓の鼓動が激しくなっている。それでも嬉しかった。

「下手くそだったけど結果的によかったわね」

「下手くそだったかな。僕なりに上手くできたつもりだったんだけど」

「あんなのあの馬鹿にしか通じないわ。あいつ自分の利益しか頭にないから」

「そうなんだ。でもこれで一緒にいられるね」

「言っておくけど、そんなお気楽にいられるのも今のうちだからね。どれだけ仕事しようと絶対に終わらないから。私たちはこれから毎日あいつに殴られる。覚悟しなさい。本気で地獄をみるから」

「うっ。そうだよね……。君のあざ見てらんないもん」

「そうね。ごめんなさい」

「謝らなくたっていいよ。でもいつか近いうちに君を救い出したいな。いや、絶対救い出すからね」

「ふふっ。あなたがそんなことできる人に見えないけど。否定するのはやめるわ。期待してる。だから一緒にがんばりましょ」

「うん」

柚葉が笑ってくれる。それだけで僕は嬉しかった。初めて会った時に比べると別人だと思えるほどその笑顔が明るくなっていた。


日が暮れた。僕らは結局終わらなかった。親父さんが帰ってきて作業はそこで切り上げとなった。

作業は終わらなかった。殴られるのを覚悟した。けれど現実は違った。

「おい。飯にするぞ。早く来い」

「え」

「あ、はい」

親父さんが口に出した言葉があまりにも意外で柚葉は混乱していた。予想していた言葉とあまりにも違っていたのだろう。

「家入る前にちゃんと泥拭いてからこいよ」

そう言い親父さんは家の中に入って行った。僕は柚葉の顔を覗き込んだ。柚葉は記憶を探るように眉を潜めていたが、やがて何かを思い出したみたいだった。

「忘れてたわ。そういえば私も初めて会った時だけ優しかった気がする」

「そうなんだ。あれが表の顔なんだろうね」

「そうね。優しいのは初日だけ。次の日には人が変わったように暴力的だった」

「うっ……」

僕は路地でのことを思い出し狼狽えた。あんなの食らうのか。でも、救うと決めた以上もう腹を括るしかない。僕は大きく息を吐き、気合をいれた。

「とりあえず行ってみるしかないね」

「そうね」

恐る恐る家の中に入ってみると、親父さんが鼻歌を歌いながら料理の支度をしていた。

「ねぇ、あれ親父さんなの?」

「そうよ。私も初め見抜けなかった」

「だね。ここだけ見たらすごくいい人そうに見えるもん」

「騙されちゃダメだからね」

「うん」

僕らは小声で様子を窺っていた。やっぱり雰囲気が全然違う。印象があまりにも違いすぎていた。でも今不自然な態度を取るわけにはいかない。何があるか分からない。

「あの、親父さん僕らは何をすれば」

「ああ、テーブル綺麗にしといてくれ。ちょっと散らかしすぎちゃってな。頼むわ」

「分かりました」

テーブルの周囲も相当散らかっていた。床にあるものをどけると、血痕の跡がある。既に乾いているがいくつもの血がついていた。柚葉は血には目もくれず黙々と片付けていた。そうこうしてると、親父さんの料理が完成した。

「んじゃ、揃ったな。今日は……。ん、そういえば名前なんて言うんだ」

「流花って言います」

「そうか。よろしくな流花。俺は大堂和馬だ。」


一日が終わった。色々あった。この世界に来たばかりなのに。ここがどこかは分からない。元の世界に戻れるのかも分からない。けれど、ここで僕は何かをやらなくちゃいけない。そんな気がした。


僕と柚葉は外の物置部屋で寝ることになった。柚葉が念を押して忠告してくる。何かすれば即殺すって。何もしないのに。

「いいわね」

「はい」

なんでだろ。何故か僕、柚葉に支配されてる気がする。まぁ、いっか。柚葉が笑顔ならなんだっていいや。

僕らは寝ることにした。すごく静かだ。


「ねぇ、流花。起きてる?」

「うん」

「あなたっていったいどこから来たの?」

「僕はどうやらこの世界の人間じゃないみたいなんだ」

「なにそれ」

「僕にも分からない」

「どういうこと?」

「気づいたらここにいたんだ」

「そんなことあるのね。なんか夢みたい」

「僕も初めは夢だと思ったよ。でも覚めないから諦めた」

「そう。じゃあ、その、あなたが住んでた世界ってどんなとこなの?」

「何も不自由ないとこだと思う。奴隷なんていないし。何もしなくても明日が来る。僕はそれに甘えてしまったのかもしれない。君を見てやっぱこのままじゃ僕はダメなんだって思った」

「幸せそうね。私も普通の人間に生まれたかった。普通の家庭に生まれたかった。なんで奴隷に生まれてきたんだろうって何度も思った。でも、今は考え方が変わったの。今の自分がいるからあなたに出会うことができた。そう思ったら少し心が楽になった気がする。私はいつも一人だった。ずっと何もなかった。毎日なんで生きてるんだろって。こんなとこで一生いなくちゃいけないんだって思ったら堪えられなくなって今日逃げ出そうと思った。でもダメだった。私はやっぱり逃げられない。運命には逆らえない。生まれた時から私の運命は決まってるの。もう疲れちゃった。ごめんね。こんな話して」

「僕って幸せだったんだ。なんか自分が情けない。僕は嫌なことから逃げ続けてきた。立ち向かうことなんかしなかった。僕は臆病なんだ。僕には何もできない。力もないし強さもない。だけど、僕は強くなりたい。もう怯えたくない。できるか分かんないけどやるんだ。柚葉に情けない姿見せないようにしないといけないね」

「あなたも相当弱いわね。そんな情けないと見てられないわ。強くなってもらわないと困る。私と一緒に抜け出すなら一緒に強くなりましょ。私も強くなりたい。生きててよかったって。この世界にいれてよかったって思えるように」

「うん。頑張ろう。僕たちは強くなるんだ。絶対」

「そうね。強く」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ