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◇まもるくん

 ワゴンに待機していた3人のうち1人が、ガコンという音に気づいて窓の外を見た。

 

「なんかぶつかったかな」


「お前見てこいよ」


「えー、濡れんじゃねぇか」


「いいからさ」


 男の1人が立ち上がり、ドアを空ける。

 煙草を吸っていた男が顔をあげた。

 

「おい、機材ぬれるからあんまり空けるなよ」


「わかってるって」


 外の様子を見回した男が、ドアの近くに大きな枝を発見した。風で飛ばされてきたのだろう。

 

「でっけぇ枝。たぶんこれだわ」


「そうか。早くしめろよ。寒ぃ……」


 だろ。と、最後まで言い終わらないうちに男はポカンと口をあけてしまう。

 友人の足が浮いていた。しばらくバタバタと暴れていた足が、なにかの拍子に、糸の切れた人形のように動かなくなる。それがドシャリと音をたてて、雨に濡れたコンクリートの上に落ちると、天井から黒いものが入り込んできた。

 

 女だ。水泳用ゴーグルとマスクをつけていて顔立ちは判然としないが、体格から判断してまだ少女としっても差し支えあるまい。花神楽高校の制服を着ているから、ここの生徒なのだろう。


「しーんじゅーくのちかどうのぉ♪ かべからでてくる ま も る く ん♪」


 彼女が口ずさむのは、状況に似合わないスローテンポの、しかし不気味な歌詞の曲。生き残った男たちが咄嗟に銃を構えると、それより早く扉の向う側からなにかが叩きつけられた。

 

「ぶっ!」


 卵の殻のようだ。男達の顔にぶつかったそれは割れて中身をまき散らす。出てきたのは黄身と白身ではなく、細かく砕いた――唐辛子と、胡椒。

 

「ぎゃっ、ぎゃぁああああああああああああっ!」


 目出し帽を被っていたのであまり肌からは吸収されなかったが、当然目には激痛が走る。彼らがのたうち回っている間に、少女の後ろからさらに少年が1人と、少女が二人入り込んできた。口に唐辛子と胡椒の入った卵の殻を押し込められ、機材で頭を殴られる。

 相手は全員この攻撃に備えて水泳ゴーグルとマスクをしてきたのだろう。動きが鈍ることはなかった。

 一番最初に入ってきた少女が、コンクリートの上で伸びている男を車内に連れ込み、肩をグッと強く掴んだ。

 男が小さく呻き、目を覚ます。

 水色のゴーグルをかけた金髪の少女が手際よく男三人の手足をガムテープで縛り付けた。

 黒髪の、一番最初に入ってきた少女がマスク越しにニヤリと笑う。

 

「さぁってと、ここでひとつクイズといこうぜお兄さんよぉ?」


「いっ、いでっ、いでぇえええっ!」


 男が悲鳴を上げる。あとから入ってきた三人組は生き残っている機材を弄り始めた。男の肩を掴んだ女は壊れた機材を掴み、中から鉄の棒を引きずり出す。

 

「新宿の地下道の壁からでてきたまもるくんはぁ、一体なんでしょぉーかっ? 制限時間は三秒です。さーん、にーい」


「えっ、ちょ、あ、おい!?」


 背後では三人組は機材と自分の携帯を見比べてなにややっている。

 三秒という非常に短い制限時間はあっというまに切れてしまい、女が楽しそうに口を尖らせる。

 

「ぶっぶー! 時間切れでぇーす! 正解は『マナー・モラル・ルール』でまもるくん、でぇした!」


 機械をいじっていた少年が振り向いた。

 

「姉さん、正確にはその説の他に亡霊説、二酸化炭素説、社会の醜い部分説、異形や異常の概念説、まもるくんはまもるくん説があるよ」


 姉さん、と呼ばれた少女はヘラヘラと笑った後、クルリと男のほうに向き直った。ゴーグルの向こうにある瞳が半月型に歪む。瞳孔がきゅう、と小さくなっていてる異常な笑顔だ。

 

「時間切れなのでぇ、罰ゲームをおこないまぁーっす!」


 少女が手に持った鉄の棒をクルリと回してみせた。そうして、ゲラゲラと笑い出す。

 

「まもるくんに対して理解のたりない貴方にはぁ、まもるくんを身をもって理解してもらいまぁっす!」


 鉄の棒が男の肩にトン、と触れる。そうして少女は鉄の棒を高々と振り上げた。

 

「けーいかぁんのせーふくのぉ! かたからはえてる ま も る く んんんんんんんんんんんっ!!!!!!!!!!」


 ザクリ、と嫌な音が男の身体から響いてきた。骨を伝って内部から耳に届いた音は、一緒に激痛を連れてくる。

 少女が、肩に鉄の棒を突き刺したのだ。

 

「ぎゃ、ぎゃぁああああああああああああああっ!」


 男が悲鳴を上げる。それと同時に少女が笑った。

 

「ひっ、ひひひひひひひひひっ! みんなぁはぁみないふりぃいぃぃぃぃいぃっ! ひゃはははははははははははっ!!」


 大きな声を出して笑う少女に、少年が呆れた様な声を出した。


「姉さんそのスローテンポでよくそういうアグレッシブなことができるね」


 少女がグリグリと鉄の棒をひっかきまわす。そのせいで男の肩にはさらに激痛が走った。

 

「ぎっ、ひっ、ぎゃああぁあぁあっ!」


「ひっ、ひひひひひひひひひひ!」


 少女はしばらく笑っていたが、ふとスイッチが切れたように笑いをひっこめて少年たちを見る。

 

「なあ直樹、ダリアってなに?」


 少年は直樹という名前らしい。彼は横にいる黒髪の少女になにやら指示を出しながら短く答えた。

 

「花」


 すると少女がニヤリと笑う。男は嫌な予感に身体を震わせた。少女が雨の中に飛び出し、花壇にしゃがみ込んでパンジーを摘んできた。それはダリアではなかったが、少女にとっては花ならなんでもいいらしい。それを鉄の棒にセロハンテープでくっつけた少女は、男からすこし距離をとってそれを見たあと、ケラケラと笑った。

 

「うっひゃははははははははははっ! まもるくんだ! ダリアのようなかおがあるあははははははははははっ!!」


 ひとしきり笑っている少女を見て、男は激痛と恐怖で身体を震わせる。やがて作業を終えたらしい三人組が彼女に声をかけた。

 

「姉さん、移動時間3分だから。もう行くよ」


「あ、わかった!」


 短い会話を終えて、彼らは雨の中にかけていく。男は最後に

 

「クレイズ先生は?」


「放送室でちょっと作業してもらってから合流する」


 という会話を聞き、そのまま痛みで意識を手放した。

 

 ◇

 

「こんにちは! 投降しにきたよん!」


 祐未が両手を挙げた状態で軽く挨拶をしたのでテオは思わず頭を抱えたくなった。直樹と瑠美と、リアトリスとクレイズも一緒だ。

 頭に銃口をつきつけられた状態で、祐未がテオに笑いかける。

 

「やっほー、テオ! 男前度あがったんじゃね?」


 彼女があまりに余裕なので、テオも笑おうとして、失敗してしまった。体育館にはピリピリした雰囲気が満ちているのに、まったくわかっていないようにテオに対して笑顔だ。

 あれだけの放送をしたあとなのだから、多少の敵意は覚悟していたというのに、むしろ体育館に充満する敵意からテオを守ろうとするように毅然としている。

 テオと祐未の会話を見ていたジュリアンが、ついと白く細い指を動かした。

 

「その女の子、こっちに連れてきてくれる?」


 テオが勢いよくジュリアンを見た。ジュリアンはその視線に、聖母のような微笑みを向けるだけだ。

 

「その子は好きなだけ痛めつけて良いわ」


 テオの身体がビクリと揺れた。眉をひそめジュリアンを睨みつけるが、女は当然動じない。テオが大きく吠えた。

 

「なぜ! こいつは投降したんだ! 危害を加える理由がないっ!」


 ジュリアンの身に着けた白いドレスが、ゆったりと彼女の足にまきついている。それだけなら花嫁かおとぎ話から飛び出した姫君のようなのに、口から吐き出される言葉がどこまでも醜悪だ。ハンドベルのような声色で、楽しそうにクスクスと笑いながら、平然と吐き気のするような言葉を吐き出す。

 

「見せしめは必要でしょう?」


 テオが言葉に詰まった。こうなったジュリアンを自分では止められないと彼は身に染みて解っている。頭の中は必死に、祐未を敵の手に渡さないように考えているのだが、うまい言い訳が見つからない。

 いっそ自分から殴ってしまうことも考えたが、自分にまかせろと言っても、きっと他の連中が参戦してくるのだろう。

 

 わかっている。ジュリアンは、テオの考えなどお見通しだ。

 

 自分が動く事によって、被害を最小限に抑える。

 

 そもそも、テオにそういう行動をさせて、この学校で孤立させてしまうことが彼女の目的だったのだろう。祐未をみせしめに使うといったのも、テオと仲がいいと判断したからに違いない。

 

 黒ずくめに銃をつきつけられた祐未は、一連の会話を聞いてニヤリと笑った。そうして両腕を拘束された状態で、ジュリアンを顎でさししめす。

 

「あんた、テオの母親だよな?」


 ジュリアンが視線を祐未に向け、ニコリと笑った。

 

「そうよ。息子がお世話になっております。テオの恋人さんかしら?」


「さぁな。少なくとも、あんたよりはマトモな関係だぜ」


 ジュリアンがあまり傷ついてなさそうな声色で


「あら、ひどいわぁ」


 と嘯いた。

 テオが恐る恐る祐未を見る。彼女は縄張りを荒らされた野犬のような笑みを浮かべていた。不味い。怒っている。なにをいうかわからない。

 咄嗟にテオが祐未の口をふさごうとするも、それより早く彼女は吠えた。

 

「痛めつけるだぁ? あたしが泣いて叫いてテオを嫌えば満足か!? テオの支えが誰もいなくなりゃあ満足か!? やれるもんならやってみろ! あたしはなぁっ! 犯されようが殺されようがテメェらの思い通りにはならねぇっ!」

 

 黒ずくめの一人が腕を大きく振り上げた。勢いよく祐未の頬を殴り飛ばす。彼女の身体は先程の威勢が嘘のように、人形のように吹き飛んで転がった。

 テオが悲鳴を上げる。

 

「祐未っ!」


 祐未を殴った黒ずくめが、ヒヒッ、と不気味に笑った。

 

「へへっ、気の強ぇ女だな。泣くところ想像するとタマんねぇぜ」


 殴られた祐未がゆっくりと起き上がる。目の上が内出血を起こして腫れていた。鼻血が出ている。口も切ったようだ。頬が赤い。今はそれほど腫れていないが、これからどんどん腫れてくることだろう。

 彼女は口から血の混じったツバを吐き出すと、ニヤリと笑って男を見た。

 

「……でけぇ蚊がいるみてぇだな。顔面がかゆくてしょうがねぇぜ」


 男の片眉がピクリと跳ね上がり、拳に力がこもった。彼の怒鳴り声が体育館中に響き渡る。

 

「おもしれぇ! よくいったぜ! 泣き叫んでぶっ壊れてもしらねぇぞ!」


 祐未も負けじと叫び返す。

 

「やってみろよ! 先にテメェの腕がぶっ壊れねぇようにお祈りしとくんだなぁっ!」


 男が祐未の腹を殴り、祐未の身体が吹き飛んだ。手加減していない。このままでは、祐未が死んでしまう。

 テオは慌ててジュリアンにかけよった。

 

「やめさせてくれ! 頼む!」


 すがりつくテオに、ジュリアンがニコリと笑う。聖母の微笑みだ。その笑顔のまま彼女は、テオの目前に自分の足をツイと差し出した。白いハイヒールを履いた、細い足。

 

「お母さん、って呼んで。テオ」


「……お母さん」


「いい子ね。じゃあ、靴にキスしてくれる?」


 祐未がテオを見る。襟首を掴まれ身体を持ち上げられた彼女は呼吸が上手くできないようだったが、それでもテオに向って叫んだ。

 

「おい……っ! やめろ……テオ!!」


 テオがギュウッ、と強く目を瞑る。慣れているのだ。このくらいのことには。プライドなど産まれたときから、持つ事を許されなかった。

 テオは差し出された足を持ち上げ、つま先に迷わずキスをする。

 

 ジュリアンの赤いルージュをひいた口元が半月型に歪んだ。

 

「……ふふふ」


 ハンドベルような美しい笑みが、響く。

 

「ふふふふ、あはははは、あははははははははははははははははははははは!! あーははははははははははははははははははははははははっ!!!!!!!!」


 やがて大聖堂の鐘の音のごとく壮大な音になった彼女の笑い声は、痛みに耐えるように目を瞑ったテオと、右目を腫らした祐未と、そして体育館中にいる人間の鼓膜を貫いて、しばらくの間ずっと響き渡っていた。

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