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◇掴め 夜明けを

「パーフェクト!」


 調理室で校内放送を聞いていた直樹がうれしそうに膝を叩いた。

 すり鉢を使っていた瑠美が不思議そうに首を傾げる。さきほどの放送は、間違いなくこちらを脅す内容のものだ。家族をなにより大切にする直樹にとっては我慢できるものではないはずなのに、怒り狂うどころかうれしそうというのが解せない。

 リアトリスも同様の疑問を抱いたらしく、卵の殻を量産しながら直樹を見る。

 

「機嫌が良いですねー! てっきり怒り狂うとおもってましたですよー」


「だって考えてもみなよ。さっきの放送だけで僕らは、自由に動ける人間の名前とそれぞれの交友関係と思考傾向を把握されて、こっちが思いつくかぎりすべての対策に先手を打たれたってことだよ? しかも実際に人質の具体的な名前を出さないで、こっちの判断に委ねてる。次に殺す予定の人間を前に連れ出すこともしない。ヘタに連れだしたら、そいつだけ奪われる危険性もあるからね。木を隠すなら森ってことだ。自由に動ける連中の中にはそういうことしそうな奴もいるし、人質の中にだってそういうことされたら抵抗する奴もいる。具体的な名前を出さないことでそういう危険を回避してるわけだ。いやあ本当、テオはなるべく敵に回したくない人種だよね」


 卵の殻の中にすり鉢の中身を入れながら直樹は気分よく鼻歌など歌っている。それから殻の割れた箇所をセロハンテープでふさぎ、すでに卵の殻が五つほど乗っている皿にさきほど作ったものを並べた。

 瑠美がすり鉢の中をのぞき込み、ケホケホと咳き込んだ。それから涙目で直樹を見る。

 

「だから怒ると思ったんじゃないですか。なんでそんなに機嫌いいんですか」


 直樹がニコリと笑った。その笑顔は彼の父親である裕樹に似ている。

 

「じゃあ、あの『テオ語』を僕が翻訳してあげるよ」


 リアトリスが卵の殻を水で洗って乾かしている。セロハンテープをつけた卵の殻を七つほどつくったところで、直樹は更にのった卵の殻をすべてビニール袋に入れた。

 

「テオの『10分以内に投降しろ』っていうのは、僕らに『10分やるから、10分の間になんとかしろ』っていってるんだよ」


 ◇

 

 クレイズの頭上がガタリと音がしたので、彼は思わず上を見上げた。排気口の扉がずりずりと開いて、ニュルリと黒髪がたれてくる。

 キヒヒッ、と特徴的な笑い声とともに、人の悪そうな笑みを浮かべた少女が顔を出した。

 一瞬緊張したクレイズは思わずため息をついてしまう。

 

「ライラ、そんなところでなにを?」


「いえね。ちょっと状況を把握しておりましたの。ほとんどの人間が体育館にあつまっているようですが、先程の放送ききまして?」


「ああ。こまったことになったね」


「そうですわねぇ。キヒヒッ、もりあがってまいりましたわ」


 楽しそうに笑うライターに、クレイズは咎めるような声を出す。


「ライラ」


 ライターは笑顔のまま肩を竦めた。そして軽やかに排気口から出て着地する。

 

「とにもかくにも、敵の詳細情報が欲しいところですわ」


「そのためには体育館にいかないと」


「ええ、ですから」


 ライターが声もなくニタリと笑う。イタズラを思いついた子供とか、そういう可愛らしい言葉では到底表現し得ない、悪人の笑みだ。

 きっと、白雪姫に毒リンゴを食べさせた王妃は、こんな笑みを浮かべたに違いない。

 

「わたくしに、いい案がありましてよ」


 ◇

 

「ジャミングまでしてるのか。現状は?」


 テオがタキシード姿で黒ずくめと話しているのを、アンジェラは静かに聞いていた。耳をそばだて、できるかぎり有力な情報を手に入れられるように。

 

「テメェの携帯電話確認してみろよ。ちゃんと圏外だろ?」


「近隣住宅に影響はでていないだろうな? ヘタをすると通報されることになるぞ」


「大丈夫だって。心配性だな」


「妨害電波の基地局はどこに設置してある? それとも、小型のものを見張りの連中が持ってるのか?」


「正門のワゴンがそうだぜ。『交通整備』やってる連中にも確認したが、近くの建物に妨害電波の被害はでてねぇとさ。こっちだって別に、なんも考え無しでやってるんじゃないんだぜ?」


「『交通整備』というのは、なんだ?」


「ここに来るまでの4箇所のルート全部、仲間が通行止めにしてんだよ。ガキ迎えにきた親なんかとはち会わせたら面倒だからな」


 アンジェラは静かに息をひそめて聞いている。

 白いドレスの女が、ふわりとドレスの裾をひるがえしてテオに歩み寄った。

 

「ねぇテオ。お母さん頼みがあるの! さっきここに来てくれない人たちに言ってた、人質のことなんだけどね。誰が来なかったら、誰を殺すか決めてるっていったでしょう?」


「それがどうした」


「その人たち全員をね、ステージに集めて欲しいの!」


「……ジュリアン」


「いやだわ。お母さんって呼んで」


「言わせてもらうが、人質なんて実際には取らないほうがいいんだ。特にこういう状況では、追い詰められたほうがなにをするかわからない。まかりまちがって大切な人間だけ助けられればいいなんて思われた時、その人質を目立つ場所に据えるのは危険だ。なるべく血を見たくないんなら、そういう餌を目前にぶらさげるようなことはやめてくれ」


 ジュリアンがわざとらしく口を尖らせた。


「あら、だって楽しい方がいいじゃない! それともテオは、お母さんに協力してくれないの?」


 テオの首にするりと女の手が回される。ジュリアンの外見が異常なほど若く見えるので、一瞬恋人同士か、仲の良い姉弟のようだ。

 テオは下唇をぐっと噛み締め、一瞬目を閉じたあと、横の黒ずくめに向って指示を出した。

 

「1年のヴァレンタインと、3年の奈月。それから2年の藍上を連れてきてくれ」


 アンジェラが不思議そうに首を傾げる。


「3人でいいの?」


「3人いれば充分だ。人数が多ければその分見張るのが大変だし、大抵の人間は顔見知りが自分のせいで死ぬなんて状況耐えられない」


 ジュリアンがニコリと笑った。

 

bravoヴラーヴォ! いい判断だわ、テオ!」


 アンジェラの斜め前に座っていたヴァレンタインが黒ずくめに連れて行かれる。2年の列からはルカが、3年の列からは奈月がステージにつれていかれた。

 

「やめてください……! 離してください……!」


 ヴァレンタインの声がする。ステージに叩きつけられるようにされたヴァレンタインは、手を後ろで拘束されたままなんとか起き上がる。

 奈月がテオを睨んだ。

 

「どういうことだよ」


「わからないならお前は余程頭が悪いんだな」


 頭に銃口を押しつけられた奈月がギリッ、と歯軋りをした。テオはその容姿に吐き気がするほどよく似合う、氷のような表情で奈月を見下ろしている。

 黒ずくめの1人が全校放送のスイッチを入れた。恐らく、奈月とルカと、ヴァレンタインの声を全校放送で流すのだろう。

 黒ずくめにつれてこられたルカがテオを見て声をあげた。

 

「ど、どういうことなんですか! 先輩、嘘ですよね!?」


 ヴァレンタインもテオを見た。

 

「こ、こんなことやめてください! ダメですよ、こんなこと!」


 黒ずくめの1人がルカに銃口をつきつけ、彼女は思わず息をのむ。ヴァレンタインも銃を突きつけられたが、彼は首を振ってさらにテオのほうへ身を乗り出した。

 

「ツァオくんは、ツァオくんは今どうなってるんですか! 無事なんですか!? 怪我なんかしてないですよね!?」


 ヴァレンタインに銃を突きつけていた男が舌打ちする。彼がヴァレンタインに強く銃口を押し当てた。テオの眉がピクリと跳ねる。

 

「テオ先輩!」


 珍しく声を荒げたヴァレンタインに名前を呼ばれ、テオはグッと下唇を噛む。拳を強く握りこんだ彼はヴァレンタインにツカツカと歩みより、黒い革靴を履いた足でヴァレンタインを蹴り上げた。

 

「ッ!?」


 突然の事に声を詰まらせたヴァレンタインが、衝撃のまま仰向けに倒れ込む。銃口をつきつけられたルカが叫んだ。

 

「ヴァレンタインくん!」


 奈月がテオを睨む。

 相変わらず、炎のようにギラギラと燃える瞳が氷のように冷たい視線で3人を見下ろしていた。


「誰の許可を得て騒いでいる」


 能面のような無表情はジュリアン・マクニールに敵意をむき出しにしたアレックスにも似ている。彼の腹に響くような低音とはまた違った氷の刃物のような声が、ただでさえ緊張している空気をピンと張り詰めたものに変えてしまう。

 テオを中心にして吹雪きでも吹いているようだ。

 テオは女ではないが、例えるなら、まるで雪女のような――冷たく妖しい空気。

 

「今後貴様らは許可なく喋ることを許さない。この指示に逆らうならその苦労知らずのマヌケ面に一生消えない傷をつけてやるから覚悟しておけ。ピーピー騒ぐだけなら鳥のヒナでもできる。人並みの脳みそがあるならそこで黙って震えていろッ!」


 いつも笑って蒼太とふざけあっているのとは別人のようだ。彼は壇上の人質3人が黙ったことを確認し、全校放送用のマイクを取った。

 

「――今の放送を聞いてくれたかな? 10分後に殺すのはこの3人のうちの誰かだ。まあ、あたらしく投降してきた人間から選び直すのも悪くはないな。俺の腕時計ではあと8分。諸君、友人のために投降する――あるいは、友人の命を犠牲にする、心の準備はできているかな? くれぐれも後悔がないように選択してくれたまえ」


 芝居がかった口調だ。わざとらしいとすら言える。放送用マイクの電源を切ったテオの背後から、ジュリアンがそっと手を伸ばし、彼の首にからみついてきた。

 その動作は不思議と色香を感じさせず、子猫がじゃれつくようなかわいらしさがある。

 だがこの場にいる全員は、既に知ってしまっている。

 思わず息をのむ天の川のような絶対的な美から、教会の鐘の音のような、ハンドベルを思わせる透き通る声色で、死体に沸いたウジ虫のような言葉が吐き出されるのだという事を。

 

「さすが私の息子だわ! これで貴方の信頼はがた落ちね、テオ! もう彼らとは、今までと同じようには笑い会えないわ!」


 赤いルージュの口元が半月型の弧を描く。艶やかなバラを思わせる笑顔から、毒々しいまでの、テオを傷つけるためだけの言葉が吐き出された。


「零れた水はね……元には、戻らないのよ!」


 黒づくめや人質にされた生徒達はジュリアンを見ている。その隙にアンジェラは、自分の下に通っている排気口へそっと口を近づけた。

 

 ◇

 

 雨の中、ライターは体育館の排気口を確認していた。赤いワンピースが雨でぐっしょりと濡れている。風が吹くたび黒髪が邪魔だ。長年動かされていない排気口の扉を開けるのはひどく骨が折れた。ズリズリと音がするたび、敵に気づかれてはいないかと辺りを見回す。

 排気口の扉を、人が入れるくらいまでこじ開けた彼女が身をかがめた。

 

 ガチャリ、と背後で音がする。

 

「そのワンピースと同じくらい、頭も真っ赤に染めて欲しいか?」


 後頭部にゴリリ、と硬いものが押しつけられた。ライターは振り返らずにゆっくりと両手をあげ、キヒヒ、と笑って見せる。

 

「そんなわけないじゃありませんの。つまらないことを聞く人ですわね」


 背後で男がククッ、と笑った。


「この学校の女は、全員口が減らねぇな」


 ライターも負けずに笑い返す。

 

「お褒めにあずかり光栄ですわぁ」


 男がライターの腕を乱暴に掴み、体育館へ連れて行く。背後でガサリと音がしたが、強風にかき消されて男の耳には届かなかった。

 親指同士を結束バンドで拘束されたライターは、3年の待機列へ放り投げられ、地面と仲良しになるを余儀なくされる。

 もぞもぞと身体を動かし、なんとか上半身を起こしたライターに、同じ三年で漫画部部長の平田がわざとらしいまでの驚いた顔を見せた。

 

「なんだ、僕の可愛い作家マイ・リトル・ライター! 捕まったのかい?」


 芝居がかった平田のリアクションに、ライターはキヒヒッ、と笑って見せた。

 

「さすがにラストダンジョンのショートカットは無理でしたわ」


「裏技でもつかわないかぎり無理だろうね! 裏技っていったらあれだよ、『光が動いてるうちに……』」


 ライターがキヒヒッ、と笑って見せる。

 

「『Aボタンを押しながら9229』」


「それそれ!」


 平田の斜め前に座っていた男子生徒――野球部の細川が振り向いて2人を睨みつける。

 

「おまえらなんでそんなに余裕なんだよ!」


 細川の言葉を、平田の声が遮った。

 

「『次にお前は『俺らいつ殺されるかもわかんねぇんだぞ!』と言う!』」


「俺らいつ殺されるかもわかんね……!?!?!?!?!!!?」


 ライターがまたキヒヒッ、と笑った。

 

「こういう時は最後に『はッ!?』と言うべきですわよ、細川」


 平田はまだ笑いながら、楽しそうに首を横に振る。

 

「ふっふふふ。俺がなぜ余裕かって? 簡単なことだよワトスン君! 俺は、生徒も教師も含めてこの学校を愛しているんだ! だから今回もハッピーエンドだよ! そうだろう? ミス・ハッピーエンド?」


 平田が芝居がかった様子でライターを見る。ライターはキヒヒッ、と笑ったあと、首をかしげて見せた。

 

「さあ、どうでしょう。あの金髪女、なかなかやり手ですわよ。さっきの放送だってあの女がやらせたのでしょう? もう単純に丸くは収まりませんわ。覆水盆に返らずと言いますもの」


 平田がははっ、と笑い声を上げる。細川は茫然と彼らのやりとりを聞いていた。

 

「ライラ、『ひとつ言っておく。こぼれた水は、また汲めばいい……それだけだ!』」


 ◇

 

「ジャミングの大本がわかったよ」


 直樹たちのいる調理室にクレイズが訪れた。すでにビニール袋に卵の殻をつめこんでいた彼らは、クレイズにかけよる。

 リアトリスがぴょこぴょこと飛び跳ねた。

 

「どこだったんですか~?」


「正門側のワゴンだそうだ。遠くなくてなによりだね」


 直樹がニコリと笑う。

 

「それなら5分あれば充分だね。移動に3分かかるとして、ちょっとギリギリだけど、できる?」


 リアトリスがニコリと笑う。

 

「余裕ですよ~」


 直樹が背後を振り向いた。

 先程までテーブルの上で寝そべっていた人影がむくりと起き上がる。

 

「じゃあ、頼んだよ――姉さん」


 すこし乱れた髪を手ぐしで整えて、祐未がニヤリと笑って見せた。

 

「もちろんだ、任せとけよ――直樹!」

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