◇極楽はどこだ
「事件の情報はどうなってる?」
騒動から一週間後、ようやく花神楽高校の授業が再開された。その日登校時間を大幅にオーバーして昼休みに登校したテオは、校門を潜ったその足で調理室に顔を出す。そして開口一番直樹に尋ねた。
丁度ノートパソコンで情報を収集していた直樹は、瑠美とリアトリスにそれぞれアイコンタクトを取ると降参とでも言いたげに肩を竦め首を横に振った。
「ジュリアン・マクニールは司法解剖で乳がんだったっていうのがわかったよ。イギリスで乳房切除したら助かるっていわれたらしいんだけど、拒否したんだって。一年前の話。それからずっと今回の準備を進めてきたみたい」
テオが呆れた様に鼻で笑った。
「それでリリアンと俺を巻き込んで派手に死のうとしたわけか。あいつらしい理由だ」
直樹が不快そうに眉をひそめる。
「結局僕ら全員、あの女の手のひらで踊らされてたわけね」
リアトリスがエクレアを食べている。瑠美が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
テオは直樹に改めて向き直る。
「マスコミの報道は?」
「3日前姉さんが派手に押されてみせただろ。あれがネットで拡散して謝罪文騒ぎになったからもう静かだよ」
「あれわざとだろ。なんで一介の高校生が転び公妨使うんだよ」
「姉さんって本当ヤクザみたいだよね。伯父さんから声かかってるんだよウチはいらねぇかって」
「ネットに拡散したのはおまえらだろうが。姉がヤクザならお前はインテリヤクザだ」
直樹がわざとらしくテオから視線を外し、口笛を吹く。これ以上何を言っても無駄だと悟ったテオが軽くため息をついた。
「警察は逃げた犯人どもの行方を少しくらいは掴めたのか?」
「ぜーんぜん。捕まえた奴らはほとんど雇われた奴とかでさ、ジュリアンの相棒だったっていう男は行方どころか名前もわかんない。もうお手上げって感じ」
「お前にしては弱気な発言だな」
「警察が僕に調査権くれるっていうならどんな手使っても捜し出すけど」
「冗談だろ。そんなことになったら世も末だ」
直樹の横にある椅子へ腰を下ろしたテオに、神前がそっと紅茶を差し出す。テオはそれにありがとう、と礼を言ってカップへ口をつけた。
また調理室の扉がガラリと音を立てて開き、蒼太が入ってきた。
「あ、テオェー! 話ってなに? 教室じゃダメなの?」
テオが軽く手をあげて蒼太に挨拶すると、自分の隣に座るように促した。素直に従った蒼太の前に、神前の紅茶が置かれる。
学校内とは思えない対応だ。
蒼太が紅茶を飲み始めたところで、テオは彼のほうを見ずに口を開いた。
「これから学校の連中に謝ってまわるつもりだ。許して貰えるとは思わないが」
「大丈夫だよーみんな全然気にしてないみたいだよ?」
半笑いで蒼太が言ったのでテオも口元だけで笑った。気休めであることはわかっている。世の中はそんなに都合良くできていない。
けれどテオが思っている以上に、上手くはできているのだということは、花神楽に来てから色々な人に教えて貰っていた。
だからテオは、あんな騒動があった後でもこうして学校に足を運べる。
「それと部活にはしばらく顔を出さない」
蒼太が笑顔のまま動きを止めた。ショックを受けているのだということはわかる。あの騒動があってもなおテオに話し掛けてくれるような人種なので、他人を斬り捨てるという発想がないのだろう。
テオは紅茶を一口飲んでから言葉を続けた。
「どんな顔をして話せばいいかわからないし、俺の顔を見たくないやつもいるだろうからな」
紅茶のカップを持ったまま、蒼太がゆるゆると口を開く。
「それじゃあ、君のこと信じてる人間はどうなるのさ」
「俺があの時人質を殺していても同じことが言えるか?」
蒼太が大きく口を開く。言葉は出てこなかったが、テオの主張になにか反論したいのだということはわかった。その気持ちだけで充分だ。普通の人間なら反論しようとすらしないし、そもそもテオと話したいとすら思わないだろう。
テオは静かに蒼太を見据える。
「どんな理由があろうともやってしまったことを無かったことにはできない。仮に時間が戻ったとしても、俺は同じ事をしていただろう」
後悔はしている。生徒が全員体育館に集められた時に、ジュリアンに自分が着いていくから学校を荒らすのは許してくれと泣いて乞えばよかった。それでジュリアンが満足するとは思えないが、なにか変ったかもしれない。一つの場所に留まって、こんなに深く色々な人間と関わらなければよかった。一箇所に留まらず、たとえば世界中を点々としていれば、自分に関わった人間を騒動に巻き込むこともなかった。現実的な案ではないが。そもそもジュリアンの元から逃げ出さなければ良かった。これが一番大きい。祐未やアレックスに言ったら殴られそうだし、直樹に言ったらそれこそ吐くまで蹴られそうなので口に出したことはないが。
「謝罪すら俺の自己満足だと思う。謝罪は『許して欲しい』という意思表示だ。許せない人間にとってこれほど煩わしいものはないだろう。それなのに謝罪するというのだから、俺は自己中心的な最低の生き物だ。目の前から消えろと言われれば消える。でも死ねと言われれば悲しむ人間がいるからできないと答える。その程度の気持ちしか持ち合わせていないのに、黙って目の前から消える決断すらできないのに、どんな顔をして笑いかけろと? いままで通りに笑いあえるなんて幻想だ。 ジュリアンの言う通り、零れた水は元に戻らないんだからな」
直樹は肩肘をついて呆れたような表情を浮かべている。気にしなければいいのにと言いたげな表情だ。実際昨日夕飯の時間に、テオは直接直樹に「そんなもん気にしなきゃいいのに」と言われた。
また紅茶を一口飲んですこし息をついたテオは、蒼太の硬直した顔や直樹の呆れたような視線を誤魔化すようにふっと笑う。
「それに祐未が言ってたんだ。俺を傷つけるすべてのことから俺を守ると。自分が原因の騒動に惚れた女を巻き込んで、なにが男だ? 零れた水は元に戻らない。零れなかった水を、俺は出来る限り大切にしていきたいんだ」
直樹の片眉がピクリと跳ね上がったが、瑠美が横で彼の肩をポンポンと諫めるように叩く。直樹は結局すこし口を尖らせたあとテオの発言をスルーすると決めた様だった。
蒼太はすこし不服そうだったが、しばらく目線をさ迷わせたあと、テオから顔を背けて呟く。
「わかったよ」
テオはそれに
「ありがとう」
とだけ言った。
また、調理室の扉がガラリと開く。リアトリスが小さなエクレアを食べながら笑う。
「今日は来客が多いですねー!」
入ってきたのは西野隆弘だった。彼は
「邪魔するぜ」
と言って扉を潜り抜けると、テオの頭をくしゃりとかき混ぜる。あの騒動以降、彼はたまにこうすることがあった。
「今日は来ねぇのかと思ってたぜ。そこら中からじろじろ見られてるってのに胸張って歩いて来やがって。見上げた根性だ」
テオが口元だけで笑う。
「いつまでもウジウジしてたら誰かさんに殴り飛ばされるだろう」
隆弘はわざとらしく、ククッ、と喉の奥で笑った。
「おう、よくわかったな。今日お前が学校こなかったら家乗り込んで引っ張ってくるところだったぜ」
テオがかすかに眉をひそめた。
「こわいでござる」
それから隆弘を見上げる。
「リリアンはどうなった?」
すると隆弘が一瞬だけとても優しそうな笑みを浮かべた。しかしすぐにいつもの皮肉めいた笑みに変ってしまう。
「あいつの元教え子だって弁護士が担当してくれることになったぜ。正当防衛もぎとってくるっていってたな」
「それはまた随分気合い充分だな。腕はいいのか?」
「新進気鋭、未だ負け無しの天才弁護士だとよ」
「なにそれ逆転裁判? それともリーガルハイ?」
「やめろ馬鹿野郎。ただリリアン自体が実刑受けてもいいってノリらしいから、それを説得するのに苦労してるらしいぜ。必殺『教え子のお願い』攻撃もあんまり威力がないらしくてな。正当防衛もぎとるつもりだが、最低でも過剰防衛で執行猶予つけてみせるとさ。まったく、強情な女だぜ。面会した時もまっすぐこっち見据えて受け答えやがって。おまえらやっぱり血が繋がってんだな。土壇場に強ぇよ」
「リリアンは強くない。差し出される手を拒否して歩き続けて、一度でも座ると歩けなくなるから歩き続けているだけだ」
隆弘が苦笑を浮かべる。テオもつられるように苦笑して見せた。
「今リリアンを一番支えやすい場所にいるのは深夜霧だぞ」
テオの指摘に、隆弘はなんでもないような顔で嘯く。
「若さの特権は向こう見ずだぜ。奪い取ってやるよ、必ずな」
テオが今度こそ声をあげて笑う。
「本当に強いのは、お前だよ」
隆弘の手が、またテオの髪をぐしゃりとかき混ぜた。
「じゃあその強い俺からお前にひとつ、言っておいてやるぜ」
◇
深夜はその日、後藤花子――リリアン・マクニールとの面会をしにやってきた。留置所の面会室に現れた彼女はあいかわらず人形のようなみかけをしており、質素な服装がとてもではないが似合わない。
それでも多少疲れているようで、覇気はあまりなかった。力なく笑いながら椅子に座ったリリアンが、防弾ガラス越しに深夜に話し掛ける。
「よう深夜。どうした?」
リリアンの言葉に深夜は眉をひそめる。
「どうしたって……お前、実刑でもいいって弁護士にいったそうだな」
「そうだよ。私が姉さんを撃ったのは事実だ。そうでなくたって、今回の騒動の原因は私だから、どんな方法を使うにしろ、償うつもりだ。むろん、それで許されるとは思ってねぇよ」
「許すも許さないも、お前のせいだなんて思ってる奴はいないさ。いいから、弁護士に協力してやれよ。お前の教え子なんだろ?」
「大事な時期なのに、私みたいなやつのせいで経歴を汚すわけにはいかねぇよ」
「あのなぁ……」
リリアンが力なく笑った。それがすべてを諦めたような雰囲気だったので、深夜は思わず席を立ち、声を荒げる。
「ふざけるなよ! 勝手に諦めるな! お前がいままで助けた奴らは、みんなお前の帰りを待ってるんだ!」
それでもリリアンの表情は変らない。
「嘘だね。もう免職の動きも出てる。失墜した信用は、もう元にもどらないよ」
とうとう深夜は、呆れたようにため息をついた。
「あのなぁ……ひとつ、お前に言っておくぞ」
◇
「何度だろうと、こぼれた水はまた汲めばいい」
◇
テオが穏やかにため息をつく。
「お前、話聞いてただろ」
隆弘が喉の奥でククッ、と笑った。
「人聞きの悪ぃこと言うな。聞こえたんだ」
◇
「馬鹿じゃねぇの」
そうしてリリアンも、穏やかに――微笑んだ。
これでマクニール2人の心のしこりはとれました。このあとはなにがあろうと強く生きられます。
あまり出せなかったお子さんとかもいて、あまり活躍させられなかったお子さんもたくさんいますが、プライベッター版に反応ありがとうございました。
とりあえずアプリ版とテキスト版が完成しましたので、花神楽劇場版はこれにて完全に完結でございます。
後日談とかいろいろ、妄想のタネにしていただける代物になっていれば幸いです。
ありがとうございました!




