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◇Gunpowder And Lead

「神前! ノした奴ら全員縛れ!」


 直樹の怒鳴り声に、三年の神前東は恭しく頭を下げた。


「わかりました」


 そうして彼はくるりと生徒たちのほうに振り返ると、声を張り上げて指示を出し始める。

 

「聞いたかお前ら! 速やかに黒ずくめどもを縛り上げろ! ガムテープでもなんでも使って足と手を縛り上げろ!」


「「ういっす!」」


 神前の先導で何人かが黒ずくめを縛り上げるのと平行して、JRC部と保健委員が協力して怪我人の応急処置にあたっていた。一応犯罪者たちの応急処置もしたが、なにも対策をしているわけではない。1箇所にまとめられた犯罪者たちは手当てをされている間、ずっとイセリタ教諭の監視の目が光っていた。

 

「ほ、ほかに怪我してるひとぉ~……いませんかぁ~?」


 一年保健委員の三影が消え入りそうな声で言った。彼が声を上げる度に誰かが手をあげるので、三影は救急箱を抱えてその度に影人に駆け寄っていく。膝をすりむいたという男子生徒の横にしゃがみ込んだ三影の脇を、二年のJRC部員、三葉が通り過ぎて行く。

 

「はいはーい! バンソウコウいる人いなーい? いない? あっ、女の子はね、俺が舐めて治してあげようか?」


「いらなーい! 三影くんに消毒してもらったからー!」


「おっとフラれた? フラれちゃったよー!」


 まだ体育館は惨劇の痕が色濃く残っていたが、生徒たちは持ち前のポジティブさで日常を取り戻していく。

 入り口の隅にポツンと取り残されたようにテオが立っていた。派手に暴れていたわりには怪我のない隆弘が、日常から取り残されたようなテオの元に駆け寄っていくる。

 

「校長はどうした」


 テオがゆるゆると隆弘を見る。脅えたような目つきだったので、隆弘はピクリと片眉を跳ね上げた。

 

「校長は……ジュリアンに、つれていかれた……」


 隆弘の背後から白衣を着た男がかけてくる。養護教諭の深夜だ。


「それ本当か!?」


 テオが俯いた。かわりに祐未が答える。

 

「連れ戻そうとしたけど、間に合わなかった」


 アレックスも眉をひそめる。

 

「すまない」


 隆弘がゆるゆると首を振った。

 

「気にすんな。今から追いかける」


 深夜が白衣を翻して外に出る。

 

「学校に入ってきたワゴンでいったのか? 車で追いかければ追いつけるはずだ!」


 声をあげたのはいままで怪我人の巡回をしていた三葉だ。

 

「俺さっき確認したら、車全部めっちゃめちゃにされてましたよ……動かせるやつねぇんじゃないかな」


 深夜の頬に嫌な汗が浮き出た。拘束した黒ずくめの横に立っていた直樹が、彼らに近寄ってくる。

 

「正門に止まってるワゴン。破壊してる暇はなかったはずだから、無事だと思うよ」


 深夜がすぐさま走り出した。

 

「そうか!」


 テオがなにか言いたそうに深夜の背中を目で追うが、すぐに俯いてしまう。隆弘はテオの顔をしばらく見て、目線の少し下にある銀色の髪を手でくしゃりとかき混ぜた。

 

「てめぇの親戚奪い返してくるぜ。ここで待ってろ」


 隆弘が銀髪から手を離すと、テオの顔がパッと上がった。彼が体育館から出る直前、背後から声がかかる。

 

「隆弘!」


 立ち止まって振り向くと、テオの赤い目が隆弘を見ていた。

 

「……悪かった……謝っても、許してもらえないとは思うが……」


 隆弘は無意識にポケットの中の煙草を取り出そうとして、教師の目があるのを思い出してやめた。代わりに喉の奥でクッ、と笑って見せる。

 

「なんだテメェ、制服が濡れたくらいで大げさだぜ。そんなに言うならファミチキ一個で許してやるよ。こんど奢れよ?」


 テオがやっと笑った。端正な顔立ちに似合わず、顔をくしゃりと歪める妙な笑い方だったので、隆弘は今度こそ声をあげて笑う。

 

「テメェ笑うのヘタクソだな! 親戚と再会する前に、練習しとけよ!」


 隆弘が体育館を飛び出した後、直樹が祐未に向き直る。

 

「動くのが確実なのは正門のワゴンだけだけど、姉さんたち一応、他に動ける車がないか確認してくれる? できれば追跡は多い方がいいと思うんだけど」


 祐未が勢いよく頷いた。

 

「わかった! まかしとけ直樹!」


 彼女は言うや否やテオとアレックスの腕を引っ張って体育館を飛び出した。3人が駐車場へいくのを見送って、直樹はスタスタとまた黒ずくめたちのほうへ近寄る。

 そうして横に控えている神前のほうに手を突き出した。

 

「バット」


「どうぞ」


 ノータイムで差し出されたバットを手にして黒ずくめの目の前に立った直樹は、わざとらしくバッティングフォームをとり歌を口ずさみ始めた。

 

「もーえるーとぉーしをー♪ バットにこーめーてー♪ 打てーよ♪ なーおき♪ 炎のアーァーチー♪」


 神前が無表情のまま


「城島ですか」


 と呟いた。それと同時に直樹が大きくバットを振り、黒ずくめの側頭部に直撃させる。

 

「ぐぅっ!?」


 今まで気絶していた男が大きく呻き、それにつられて他の黒ずくめも勢いよく直樹を見た。

 1人が大きな声で怒鳴る。

 

「てめぇっ! なにしやがるっ!」


 男達を見下ろすように立っていた直樹は眉一つ動かさずにバットをゴツン、と床につけた。

 

「日本からの脱出ルートはうちあわせてあったはずだろ? どこから逃げる予定だったの?」


 直樹に殴られた男がハッ、と鼻で笑って見せた。

 

「誰が言うかよ」


 直樹が無言でまたバットを振り回し、男の頭が大きく揺れる。

 神前が横から

 

「殺さんでくださいよ」


 と呟いた。直樹はバットについた血を鬱陶しそうな顔で振り払い、言う。

 

「死んだって正当防衛だよ。ほら、僕ら銃つきつけられてたし」


「今は過剰防衛どころか殺人罪が適応されるような状況ですが」


「バレなきゃいいんだよ。死んだって横にスペアがいるだろ」


「そうきましたか」


 直樹がまたバットの先を床にゴツン、と叩きつけた。息をのむ黒ずくめの元に、ノコノコと暢気な足取りで漫画部部長の平田がやってくる。

 

「やーやー諸君! LIVEっていう梅澤春人のマンガ知ってるかい?」


 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた平田が黒ずくめの1人の前にしゃがみ込み、笑顔で語りかける。

 

「あれでホラ、ハリガネムシが狭いところに入り込むのが好きだから、人間の爪と肉の間から入り込ませるっていうのあったろ? あれ本当はハリガネムシの幼虫が持ってる特性で、しかも幼虫でも実際には人間の肉をわって入ってくる力はないんだそうだよ」


 直樹がチラリと平田を見た。平田はニヤニヤ笑いながら、ポケットの中を探り出す。

 

「そこでですよ奥さん。ちょっと見ててね。チャーンチャチャンチャチャーンチャーンチャーン♪」


 平田の横へ歩み寄ってきたライターが呆れた様なため息をつく。

 

「あなたは多分ドラえもんの曲が歌いたかったんでしょうけど、それアンパンマンが新しい顔つけた時の曲ですわよ」


「おっと俺としたことが。まあいいや。ほら、本物のハリガネー!」


 最後の部分だけ裏声で宣言した平田が、黒ずくめとまっすぐ目をあわせてニコリと笑う。

 

「虫じゃなくて本物のハリガネなら爪の間にはいってくれると思うんだが、君ちょっと試してみないか?」


 平田の後に続くように、いつのまにか周囲によってきた生徒が口々にしゃべり出す。

 

「アルコールって目にかけるとわりと染みるよ」


「ここにペンチがあるじゃろ? 舌と爪と指、好きなものを選ぶんじゃ」


「ところで人間が快感に変えられない感覚は『かゆみ』だって知ってたか? 校庭で松ヤニがめっちゃついた枝を見つけたんだが」


「口と目に唐辛子塗り込んでやろうか」


「毒の持ってない虫のいる狭い場所に押し込めるのは拷問じゃなくて尋問だってCIAが言ってたよ」


「ところで虫が人の皮膚とか食って身体の中で繁殖するから人がゆっくり死ぬって拷問あったよね」


「ここに蜂蜜があるんですが」


「砂糖もあるよ!」


「アリならきっと無害だよ」


「ハチは学校で見た事ないから」


「ヘビはくるかも」


「大丈夫、きっと毒ないから」


「虫も」


「むしろ虫で」


「なんだそれギャグか」


「ちがう誤解だ」


 生徒たちと黒ずくめの距離がゆっくりと狭まっていく。平田が目の前にいる黒ずくめの手を掴み、直樹はもう一度バットを床に打ち付けた。

 

「僕の『兄さん』は人の痛みをよくわかってる。だから人を傷つけるってことを極端に嫌がるし、人を傷つけたときはその人以上に傷つくんだ。姉さんは兄さんのそういうところをちゃんとわかってて、兄さんと一緒に傷つく。


 だから僕は、僕の家族に人を傷つけるように命令して、深く深く傷つけたおまえらを絶対に許さないし、逃げたやつらだって地の果てまで追いかけてやる。僕の家族を傷つけたおまえら全員に公衆便所の泥水啜る以上の屈辱を味わわせて、死ぬまで産まれてきたことを後悔させてやる。

 

 人の身内に手ぇ出しといて、ただですむと思うなよっ!!」


 ◇

 

 直樹が言ったとおり正門のワゴンが無事だったので、深夜は中で拘束されている男3人を外に放りだして車のエンジンをかけた。サイドブレーキをおろしている間に、突然助手席のドアが空いて三年の西野隆弘が入ってくる。

 

「ジャマするぜ」


「おい、遊びにいくんじゃないんだぞ!」


「知ってるよ。テメェこそ1人でなにができるってんだ」


 深夜がグッと言葉に詰まる。隆弘はそれを横目で確認すると、助手席に乗り込んでシートベルトを締めた。

 

「俺はな、今回ダチを助けられなかった。せめて惚れた女くらい助けねぇと、今後男を名乗れねぇだろうが」


 深夜が下唇をかみ眉をひそめる。

 

「……お前は、真っ直ぐだな……」


「あ?」


 隆弘が深夜を見る。彼はハンドルを握りしめたままくしゃりと顔を歪めた。

 

「後先考えずに飛び出しちまったけど、俺なんかにこの状況でなにが出来るってんだ……それなら、アレックス先生に任せたほうがよっぽどいいんじゃないのか」


 助手席に座っていた隆弘が深夜の襟首を掴む。眉をひそめた隆弘の顔が間近に迫ってきて、深夜は思わず動ける範囲で仰け反った。

 

「てめぇじゃなけりゃだれがテンパったあの女を安心させてやれんだよ。ナメたこと言ってると全部横から引っさらうぞ」


 深夜が下唇を噛み締めた。彼は大きく息を吸ったあと、隆弘の腕を振り払う。

 

「それは俺たちがここで話すことじゃない。花子が決めることだ」


 隆弘が口の片端を歪めた。

 

「わかってらぁ」


 深夜がハンドルを握り直して前を向く。ワゴン車が大きな音を立て正門を飛び出した。

 隆弘が携帯電話を取りだして耳に当てる。少し間をあけて電話口から声が漏れた。

 

『西野先輩。車は動かせた?』


 白井直樹だ。隆弘はああ、と短く返事をすると本題を切り出す。

 

「敵がどこにいったかわかるか」


『さっき聞き出したよ――成田空港。もうすぐフライトが再会するみたいだから、急いでね』


 ◇

 

「あぁあああああぁああっ!!」


 台風一過と言うべき晴れ渡った空の下で、祐未の悲痛な叫び声が木霊した。彼女の目の前には銃で撃たれてボロボロになった一台のバイクが転がっている。

 服が汚れることも気にせず、ドシャリと濡れた地面に崩れ落ちた彼女は、横に立つテオの気の毒そうな視線を浴びながら涙声で尚も叫ぶ。

 

「あっ、あたしのっ! あたしのバルカンがっ!!」


 バイト代をつぎ込んで購入し、さらにガソリン代に持てるすべてのバイト代をつぎ込んだ彼女の愛車が、目の前でボロボロになっていた。もう走れる状態ではない。ほかの車やバイクも軒並み同じ状態なので、なんというか、連中が見逃してくれるはずもないのだ。

 

 テオは泣き崩れる祐未に謝ろうとして、謝ったら余計怒られるだろうと思い至り口を噤んだ。賢明な判断である。

 泣き崩れる祐未にテオがどう声をかけていいか迷っていると、アレックスが彼女の肩を叩く。

 

「……祐未、泣いている暇はないよ。無事な車がないか確認しよう」


 祐未がおおげさに肩を揺らした。人に懐かない野良猫のような速度でアレックスを見て、硬直する。

 

 アレックスは無表情だった。氷でできた能面のような顔だ。祐未がパクパクと口を開閉させ、声をだそうと努力している横でテオがふと車を三台挟んだ左側を見る。

 

 ブルーの塗装をしたカマロRSが、やはり廃車同然の状態になっていた。アレックスの愛車である。

 祐未な尚もからだをブルブルと震わせて、アレックスの言葉に必死に頷いている。どうやらそれくらいしか目の前の怒気から身を守る術が見つからなかったらしい。

 テオは『黒ずくめ、死んだな』と今日初めての暢気な思考に浸り、そしてハタと思いついて首を傾げた。

 

「……なんでジュリアンは、あんな公衆の面前で素顔を晒したんだ?」


 ブルブルと震えている祐未がテオを見る。

 

「お前とか花ちゃんとかの、脅える顔が見たかったとかじゃねぇの?」


「それだけであんな派手な格好をする必要があるか? たしかにあの女は加虐主義と快楽主義のにこごりみたいな奴だが、馬鹿じゃない。これから海外に逃げる必要があるというのに、仮に学校全体をジャミングしたまま逃走する予定だったとしてもだ。ちょっと歩けば民家がある。こちらも敵が出ていけば通報なんて5分で済むんだ。あんな目立つ格好で出歩いていたら、成田空港についた瞬間ご用だろう」


 アレックスもテオと同様、考え込む様に俯いた。祐未だけが不思議そうに目を瞬かせている。

 

「つまりどういうことだってばよ?」


 うまく理解できていない祐未に、テオはなるべく簡潔に、自分の意見だけを述べた。

 

「いやな予感がするということだ」


 祐未はここで初めて、納得したように

 

「ああ」


 と言って頷いた。

 

 ◇

 

 リリアンは強烈な虚脱感に包まれたまま、車の振動に揺られていた。横では自分と同じようなデザインの、白いドレスを着た姉が楽しそうに鼻歌を歌っている。


「これからどこにいきたい? リリー。2人で世界を観光してまわるのも悪くないわ。モン・サン・ミシェルとかいってみたくなぁい? できればテオも連れて行きたかったけど、仕方ないからまた今度にしましょう」


 ジュリアンの言葉に、リリアンは思わず眉をひそめる。

 

「また、今度……?」


 リリアンの質問に、姉は歌うように答えた。


「そうよ。あれだけやればテオはあの学校で居場所を無くすでしょう? まだしぶとい子がいたみたいだけど、時間の問題よ。そうすればあの子は、ここしか帰る場所がないもの。三年もすればきっと簡単に連れてこられるわ。それまでは貴方と私で楽しみましょうね?」


「……祐未も、アレックスも、直樹も、裕樹も……テオの周りにいるのは、そんな、簡単な奴らじゃない」


 ジュリアンがクスクスと笑った。

 

「さあ、どうかしら。……ほら、リリアン。空港についたわ。いきましょう」


 途中車を乗り換えこそしたが、ジュリアンは堂々と空港の中に入っていく。リリアンはゴクリと生唾を飲んだ。彼女の考えを見透かしたようにジュリアンが耳元で囁く。

 

「仲間のほとんどは捕まっちゃったけど、それでもゼロになったわけじゃないのよ。学校までの道を閉鎖してくれた子たちはちゃんとここにいるわ。銃だってしっかり持ってるの。貴方が逃げたりしたらどうなるかわかるわよね?」


 リリアンの背中をゾクリと大きな悪寒が駆け抜けた。この声色で囁かれる言葉が、嘘だったためしがない。

 リリアンの顔が真っ青になったのを確認すると、ジュリアンがニッコリと笑ってフライトの手続きをしに言った。一緒の車に乗っていた男もジュリアンと一緒だ。

 リリアンがカタカタと小刻みに身体を震わせていると、1人の男がニヤニヤ笑いながら近づいてきた。

 

「よぉ、アンタがリリアンか? やっぱアイツの妹だけあって、イイ女だな」


 どうやらジュリアンの仲間のようだ。土産を装った紙袋を持っているが、恐らくそれが銃なのだろう。

 リリアンは即座に考えを巡らせ、男に向ってニッコリ笑って見せた。

 

「そう? ありがとう」


 男が舐めるようにリリアンの全身を見る。リリアンは男の視線が下へ移るのを見計らい、これみよがしに足を組んで見せた。

 

「ねぇ、私姉さんが手続きにいっちゃって暇なんだけど、よかったら相手してくれない?」


「願ったり敵ったりだぜ。どこで?」


 リリアンが視線をトイレに向けた。男は即座に視線を意味を悟ったようで、低い声で笑う。

 

「さすがあいつの妹だぜ。話が早ぇや」


 男がリリアンの肩を抱いたので、それにあわせてリリアンも立ち上がった。

 

――そうだ、教え子たちが、あんなに頑張っていたのに


――私は、こんなところでなにをしているんだろう


――できることをやらなくちゃいけない


――テオをこれ以上苦しめちゃいけない


――今度こそ 私が 終らせる


 男の身体に寄りかかるようにして彼を個室へ押し込めたリリアンは、男が呆けている間に銃の入った紙袋で男の頭を思いきり殴り飛ばしてやった。

 

 ◇

 

「じゃあなジュリアン。我らがクイーン」


 男が名残惜しそうに手に口付けたので、ジュリアンはニコリと笑って見せた。

 

「ええ、またね」


 男がジュリアンの手からそっと顔を離し、笑う。

 

「今度は地獄でな」


 

 隆弘と深夜が空港へ到着し、急いで国際線のロビーへ向う。次のフライトでアメリカへ立つ手はずだったらしい。時間が無い。

 キョロキョロと辺りを見回す隆弘に深夜が言った。

 

「まだ仲間がいるはずなんだ! 目立つ行動はひかえろ、まかりまちがって花子が人質にとられでもしたら大変だ!」


 隆弘も深夜の言葉に小声で返す。

 

「わかってるよ!」


 欠航便が相次いだせいで、空港内はそうとう混雑していた。見つけるのは難しいのではないかと不安に思い、隆弘は急いでその思いをかき消した。

 

 ――だから、彼が次の瞬間、氷でできた能面のような、つめたい無表情のリリアンを見つけられたのは、いってしまえば奇跡に近かった。

 

「っ……!!」


 声をあげようとして、思わず止まる。深夜も同じタイミングでリリアンを見つけたらしく、身体ごと彼女のほうに振り返った。

 

 男二人がなにか言う前に、リリアンが大きな声を上げる。

 

「ジュリアン・マクニィイィイィィイルッ!!」


 彼女の手には、拳銃が握られていた。

 美しい容姿の女が、リリアンの声に反応して振り返った。

 

 その時の、女の表情を、隆弘は一生忘れられないだろう。

 

 

 獲物が巣にかかったときの蜘蛛の表情を見られるなら、きっとあんな表情をするに違いない。

 ニタリという擬音がピッタリな、不気味な笑みは、自然の美を凝縮したような容姿にはまったく似合わず、だからこそ――ひどく印象的で、ひどく衝撃的だった。

 

 隆弘が叫ぶ。

 

「やめろぉおおおおおおおおおおおおぉぉおっ!!」


 パン、と風船が破裂するような音が響いて、人の悲鳴が一斉に響き渡った。隆弘と深夜が急いでリリアンに駆け寄る。目の前には腹部を撃たれて倒れるジュリアン・マクニールの姿があった。

 まだ息がある。

 深夜が即座に傷口を押さえ、止血の作業を始めた。

 

「だれか救急車を! まだ息がある!」


 ジュリアンがゴプリと血を吐いた。口元には笑みが浮かんでいる。深夜が自分の白衣を脱いで女の傷口に巻き付けた。遠くからバタバタと足音が近づいてくる。警備員だろうか。

 深夜が応急処置を手を休めずに声を荒げる。

 

「あんたみたいな奴の命を、あの人に背負わせてたまるか! 生きて貰うぞ!」


 ジュリアンが、口元の笑みをさらに深める。

 

「断りよぉ」


 女の手が深夜を突き飛ばした。突然のことに対応できず、男はその場に尻餅をつく。フラフラと立ち上がったジュリアンが、止血のためにまきつけられた白衣を取り去り、傷口に自分の手を突っ込んだ。

 

「なっ!?」


 傷口自体は決して大きくないが、脇腹に空いた穴は場所が悪い。早く処置しなければ手遅れになるかもしれないというのに、ジュリアンは笑顔のままその傷口を自分でえぐった。

 

「私のかわいいリリアン! よぉく見なさい! 貴方が殺した私の最後を!」


 リリアンは拳銃を持ったまま立ちすくんでいる。隆弘は咄嗟に、彼女の目を手で覆うようにして抱き寄せた。

 ジュリアンの笑い声が聞こえる。

 

「ふふふふ、あはははは、あははははははははははははははははははははは!! あーははははははははははははははははははははははははっ!!!!!!!!」


 隆弘はリリアンの目を塞ぎ、耳も塞いで縋るような思いで声を荒げた。

 

「見るな! 聞くな! ……これは、あんたが背負うようなもんじゃないっ!」


 笑い声が聞こえる。

 それは暫く鐘のような荘厳な響きでもってロビー中に響き渡ったが、突然プツリと切れたかとおもうとドシャリと大きな音がして女の身体が地面に倒れる。

 

 赤い血がドクドクと流れ出て床を汚し、光を失ったエメラルドが虚空を見ている。深夜が首もとにそっと手をあて脈拍を確認すると、ゆるやかに首を振った。

 

 隆弘はリリアンの目と耳を塞いだまま女の姿を凝視していたが、やがて拳銃を持ったリリアンが到着した警察に連れ去られ――彼女が銃を奪った男は男子トイレの個室で気絶しているところを発見された。

 

 それ以外の犯人に関しては、一ヶ月の捜査の後も行方がわからないままである。

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