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◇COTTON COLOR

「やめてお姉ちゃん! 助けてっ!」


「殺してやる……絶対にっ! 殺してやるっ!」


 思い出はいつもきらきらと宝石のように輝いている。それが大切な思い出ならなおさらだ。心の中にそっとしまって、いつでも眺められるように、大切に大切に保管してある。

 丁寧な対応の乗務員たちに見送られ空港へ降り立ったジュリアンは、ざわざわと騒がしい空間で大きく息を吸い込んだ。仕事なのか待ち人がいるのか、足早に荷物を取りに行く人々が振り返ってまで彼女を見つめている。

 その中の一人の男と目があったのでニコリと笑みを浮かべると、日本人であろうスーツの男性は頬を赤く染めて顔を逸らした。

 ジュリアンは自分の容姿を熟知している。どういうふうに対応すればどういうふうに見えるのかも、どんな印象を抱かれるのが一番自分にとって都合がいいのかもすべてすべて熟知している。

 うぬぼれでもなんでもない、ジュリアン・マクニールは秋のイチョウ並木が晴れた空の下、風にゆられているような温かい美しさに恵まれていた。

 太陽光を反射してきらきらと輝く髪は金糸で出来ている。金色の睫毛と緑色の瞳はゴールドの台座にはめ込まれた大粒のエメラルド。透き通るような肌には健康的な赤みがさしている。やわらかそうな身体はなだらかな曲線を描き、完成された絵画のようだ。指先をついと動かせば大半の人間が催眠術にでもかかったようにその動きを追う。ハンドベルの音色を思わせる声で頼み事をすれば、誰もが簡単に自殺だってしてくれる。

 検問でパスポートを差し出すと、受け取った職員が笑顔で語りかけてきた。

 

「観光ですか?」


 ジュリアンも笑顔で応える。

 

「妹と息子に会いに行くの。しばらく会っていないから、会うのが楽しみ」


「そうですか」


「でも、ちゃんと日本での暮らしに馴染んでいるか心配なの。でも日本は礼儀正しいし、みんな親切だっていうからきっと大丈夫ね」


 職員がジュリアンにパスポートを返す。

 

「きっと大丈夫ですよ。素敵な再会になるといいですね。お気をつけていってらっしゃいませ」


 パスポートを受け取ったジュリアンは口元に浮かべた笑みを深める。


「ありがとう! あなたのお陰で勇気が出たわ!」


 バッグからサイフを取り出そうとして、ジュリアンはふと手を止め苦笑した。

 

「チップを渡したいけれど、そういう文化じゃないのよね」


 職員も笑顔を深める。

 

「お気持ちだけで十分うれしいです。ありがとうございます」


「ありがとう!」


 ジュリアンが笑顔で手を振り、金属探知機を通り抜けていく。ゲートをくぐったジュリアンに、大きなトランクを持った男が彼女に近寄ってきた。

 

「ジュリアン・マクニールさまですか?」


「そうです。頼んでおいたものかしら?」


「ええ、どうぞ」


 重そうなトランクをジュリアンが受け取ると、彼女の直後に検問をパスした男がすぐさま代わりにトランクを持つ。

 ジュリアンが顔をあげると、トランクの大きさに驚く警備員と目があった。ジュリアンはニコリと笑って警備員に話し掛ける。

 

「妹たちへのお土産、頼み過ぎちゃったの」


 ジュリアンの笑顔につられて警備員も笑う。


「お優しいですね。きっと、喜ばれますよ」


 ジュリアンの笑みが深まる。彼女は花がほころぶようにふわりと輝く笑顔で、ハンドベルのように透き通った声を響かせる。

 

「ありがとう! 貴方みたいな人にあえるから、旅行って好きだわ!」


 大きなトランクを持った男がジュリアンに

 

「早くいくぞ」


 と声をかけてきた。ジュリアンは警備員に手を振ったあと、小走りで駆けていく。

 

「まってちょうだい! もうすこしゆっくりお話させてくれてもいいじゃない」


 彼女が口を尖らせると、男が苦笑する。

 

「時間がおしてるんだ。許してくれ。これから台風がくるらしいしな」


 大きなトランクが二つ、レンタカーに詰め込まれた。ガシャンと音がする。男の一人が声をあげた。

 

「おい慎重に扱えよ。使えなくなったらどうすんだよ」


「安心しろ。信頼できる店で買ったから、ちゃんと使えるさ」


「そもそも、本当に使えなくても、この国なら見せただけで震え上がるだろ」


 本当に撃つ必要なんかねぇさ。

 

 談笑する男達の会話にジュリアンは眉をひそめることはなかった。元々ジュリアンが頼んだ『土産』だ。

 車のラジオからは、女性ニュースキャスターの声が聞こえてくる。

 台風が予想以上のスピードで日本本島に上陸したので、政府が警戒警報を出したという内容だ。数時間後に特別警戒警報に引き上げられる可能性があるらしい。

 レンタカーの助手席に乗り込みシートベルトをしたジュリアンが、口元だけに穏やかな笑みを浮かべて囁いた。

 

「このニュースキャスター、綺麗な声ね」


 車が滑るように走り出した。

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