第六話 彼女の正体
結局、俺は彼女から"王子"さんと呼ばれることになった。一体何の羞恥プレイだ。
そもそもなぜ俺は中学時代に"王子"と呼ばれていたのか。その理由は主に二つある。
一つめは、自分で言うのは本っ当に恥ずかしいのだが……俺は女子にモテる。理由なんか聞かないでくれ。とりあえずお察しくださいとしか言えない。
二つめは、俺の大っ嫌いな名字が原因だ。昔、名字のせいで苛められたことがある。それがトラウマになってしまったがために、友人たちには名前で呼ぶように頼んでいる。
ところが、俺のことを名前で呼ぶ奴はほとんどいない。中学時代の友人が、勝手に俺の名字にちなんで付けた、"王子"というあだ名のせいだ。
それ以来、俺はどんなに否定しても"王子"だった。俺にとっては黒歴史でしかない。中学を卒業し、当時の友人たちから離れたことで、やっと脱王子ができると思ったんだが……現実は甘くなかった。
そういえば、今朝はさらっとかわされたが、何で彼女は俺のあだ名を知っていたんだ?
「……まさか、気づいてないのですか?」
「……へっ?」
今朝のやり取りから大分飛んでしまったが、今の俺たちは下校中である。
登校手段は地味に徒歩(波城)と自転車(俺)な俺たちは、住宅街の歩道を並んで歩いていた。
今日一日は素晴らしいぐらいに平和だった。授業の合間や昼休みに、彼女に積極的なアプローチをするのももちろん忘れていない。(なぜかクラスメイトから奇異な目で見られた。)
そんなこんなで、俺は涙ぐましい努力の結果、こうして彼女と下校するにまで至っている。よくやった俺! これを機に彼女と仲良くなろう! そしてあわよくば自殺も止めるぞ!!
そう意気込んでいたのはいいんだが……現実は甘くなかった。
俺は、彼女の隣を歩きながら必死に会話をしようと試みていたのだが、彼女は一向に反応を示さなかった。周りから見たら相当奇妙だったかもしれない。
それで半ば落ち込んで会話……というか一方的な話は途切れていたのだが、ふとした拍子に今朝の疑問を思い出し、今にあたる。
「何に気づいてないっていうんだ?」
「……」
俺の問いかけに、彼女は呆れた様子で再び口を閉ざした。一体彼女は何を言いたいんだ?
「……王子さん。貴方はF中出身ですよね」
「そうだけど……何で知ってるんだ? 俺言ったっけか?」
彼女は確認するように呟くと、深い溜め息をついた。……何で溜め息つかれなきゃならねえんだよ。
「私も、F中出身です」
「……はあ!?」
ちょっと待て。俺は知らねぇぞ? 波城かぐやなんて名前の、しかもこんな美少女うちの中学にいたはずは……。
「……まぁ、いいです。私のことなど、モテモテ王子の貴方にとっては大した存在ではないですから」
「待て待て待て!! 勝手に終わらせるな!! そしてその変な呼び方はやめろ!!」
彼女は妙に自虐的に完結させてしまった。俺は慌てて中学時代の記憶を探る。
波城かぐや……波城かぐ……ん? まさか……!?
俺はまさかとは思ったが、それらしき人物を思い出した。正直言って、信じられない。
あの、あの"時村"が……!?
「……まさかと思うけどさ、"あの"時村か……?」
「あの時村です」
…………嘘だろ!!?