第五話 俺と彼女の呼び名
「おはよう、波城」
「……(ペコリ)」
彼女の自殺未遂騒動があった翌日の朝。俺は校門の前で彼女を見つけ、軽く挨拶を交わした。
昨日のあれがあったから、帰宅後の彼女が物凄く心配だったのだが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。
「無事で何よりだな」
「……」
昨日はあれだけしゃべったくせに、人目がある所では黙りを決めこむつもりらしい。まぁそれでも無視されないだけまだマシだな。
「〇〇さん」
「……へ?」
ところが突然、彼女は何の前触れもなく俺の名前を呼んできた。余りにも唐突だったものだから、思わず間の抜けた声を出してしまった。というか、黙り決めこむつもりじゃなかったのか?
「勘違いしないで下さいね。私、まだ諦めてませんから」
何を。って自殺に決まってるけどさ。何でそんなに死にたいんだか。
あ、そういえば俺、彼女に言いたいことがあったんだった。
「なぁ、波城……頼むからさ、俺のこと〇〇って呼ぶの止めてくれねーか?」
「……何が気にくわないんですか? 普通に名字で呼んでるじゃないですか」
確かに〇〇というのは俺の名字だ。なぜ〇〇表記なのかというのは、出来れば察してくれ。俺は自分の名字が嫌いなんだ。
彼女は訝しげに俺を見てくるが、俺はそれだけは譲りたくない。そしてあわよくば、彼女には下の名前で呼んでもらいたい。
「俺は名字が嫌いなんだよ。だから名「では、"王子"さん」……え」
俺は一瞬己の耳を疑った。今、彼女は何て言った……?
「そこまで言うのなら、これから〇〇さんのことは"王子"さんと呼ぶことにします。それならいいでしょう?」
「良くねぇよ」
何が嬉しくて"王子"なんて呼ばれなきゃいけねぇんだよ。……ん? 待てよ? そもそもその呼び名は……。
「何で俺の中学時代のあだ名を知ってんだよ!?」
「なぜでしょう」
「答えになってねー!!」
俺の渾身の突っ込みは、空振りに終わりそうだった。