第三話 自殺未遂の彼女
俺は呆然と柵の前に突っ立っていた。彼女の腕を掴もうと伸ばした手は、そのまま固まって、下ろすこともできなかった。
俺は、彼女を助けられなかった――
後悔と自責の念に襲われ、涙も出なかった。このまま手を下ろし、彼女の姿を見るために、下を覗きこむ気にもなれなかった。
下から数人の生徒の驚いたような声が聞こえ始めた。そして悲鳴があがる。そんな声が、俺を現実に引き戻した。
俺はやっと手を下ろし、その場に崩れ落ちるように膝をついた。と同時に涙がこぼれる。
何で俺はもっと早くここに来なかったんだ!?
ほんの数分前まで浮かれていた自分を殺してやりたいぐらい憎たらしく感じた。
「〇〇さん」
「……え」
突然、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。俺は信じられなかった。その声は――
「波……城……?」
「はい」
俺の呼び掛けに、彼女――波城かぐやは相変わらずのポーカーフェイスで応えた。彼女の表情の中に、少なからずの呆れが混じっていたのは気のせいだろうか。
……一体どういうことだ。俺は彼女の無事(?)を確認すると、すぐに柵に寄りかかり、下を見た。
「……っ!? あれは……」
「ご心配無用です。あれはダミーですから」
彼女が倒れていると思っていた場所には、大きな人形が無残に転がっていた。長い黒髪の葛を被せられたその人形は、よく見ると、ご丁寧にも我がK高校のセーラー服が着せられているらしい。
聞こえてきた声は、単に落ちてきたリアルな人形に対する驚きのためだったようだ。
「どうして貴方は泣いているのですか?」
心底不思議そうに聞いてくる彼女を見て、俺は当然といえば当然だが、腹が立った。そして、
「……っお前のせいだろうが!!」
マジで怒鳴った。
「……ご迷惑おかけしました」
彼女は俺の剣幕に何の反応も見せずに、形式的な謝罪をした。きれいにお辞儀して。なぜかそんな彼女を見ていたら、怒りよりも疑問がわいてきた。
「なぁ、あの人形は何なんだ? ダミーってどういうことだ?」
俺の質問に、彼女は溜め息をついた。……こっちがつきてーよ。
「飛び降りようとしてたんです。ここから」
「……はぁ?」
俺はその言葉に、思わず間の抜けた声を出してしまった。