第十話 俺と彼女の大事件
最近……具体的に言えば一週間前、隣町で通り魔事件が起こった。
その通り魔は、夜八時ぐらいに一人で下校している女子高生を狙って包丁で襲うらしい。今のところ、被害件数は三件。そのうち一人が残念なことに命を奪われている。
特徴は全身真っ黒で黒い帽子にサングラス。極めつけにはマスクも着用といった、完全防備の不審者極まりないという格好をしていたとの目撃情報がある。
……見つかったら即通報もしくは職務質問ものの格好だな。
驚いたことに、その通り魔は被害者の女子高生以外の人には目撃されていない。
「……その通り魔事件が一体どうしたっていうんだ?」
俺は真剣な目で真っ直ぐこちらを見つめる彼女に言った。すると、彼女は軽く息を吐いて食べかけのパフェをスプーンでつつきながら、
「犯人を見たかもしれません」
と事も無げに言った。
***
「三件目の事件が起こったのは、昨日の夜八時頃でしたね。その時間、私は隣町の図書館から帰宅している最中でした。」
彼女はいつもの調子で淡々と語り始めた。彼女は一旦言葉を切ると、パフェを一口食べ、咀嚼して飲み込むとまた言葉を続ける。
「私は図書館から歩いて十分ほどの場所にある、小さな公園の脇を通ったんです。辺りは街灯は大してありませんし、人通りも殆ど無い所です。なので通り魔が犯行に及ぶのにはベストな場所だったのかもしれません」
「ベストって……」
そんな危ないとこ通って帰るなよ! お前が襲われたらどうするんだよ!
俺はそう彼女に言いたいという思いがあったものの、黙って話を聞け、とでも言いたげな目で睨まれたので、取り敢えず黙っておいた。
「私が歩道を通っていると、女性の悲鳴が聴こえたんです。それはもう、ヒステリックというか、キーが高いというか……」
……おい、その表現はどうにかならないのか? それは要するに、
「うるさい悲鳴でした」
「余計なこと言ってんじゃねえ!!」
そこは「悲鳴が聴こえた」で終わるとこだろうが!! ここでその毒舌はいらねえ!!
彼女は俺のツッコミに全く動じず、また一口パフェを口に運んだ。もぐもぐと咀嚼し、飲み込んだところで、彼女は俺にこう言った。
「うるさいです。ツッコミは寝て言って下さい」
「寝ながらツッコミはできねえよ!!」
それを言うなら寝言は寝て言えだろ!! ていうか、仲良く(?)なればなるほど辛辣になっていくな!!
「……女性の悲鳴が聴こえてすぐに、私の目の前に全身真っ黒の不審者が飛び出して来ました。身長は170cm前後。左手には血が付いた包丁を持っていました」
……何事もなかったかのように話を戻しやがった。……まぁそれはいいとして、なんかとてつもなく深刻な話になってきたな。
「その不審者を見た瞬間に思ったんです。この人が例の通り魔だと」
「冷静だな」
そんな非常事態に遭遇しておきながら、相変わらず平常心でいられるなんて、マジでただ者じゃねえよな、お前。
「私は取り敢えず、手近にあった小石をその通り魔の腕に投げつけました」
「何やってんの!?」
お前は相手を煽るつもりなのかよ!? 相手は人を一人殺してんだぞ!?
「本当は頭に投げつけてやりたかったのですが、それだと死んでしまうかもしれないので、泣く泣く腕に……」
「眉一つ動かさない鉄壁ポーカーフェイスの持ち主が何言ってんだよ」
死んでしまうかもしれないって、どんだけ力強く投げたんだよ。
「ついでにカッターを取り出して構えたまま、近場の電話ボックスに走りました」
「ちょっと待て。今カッターって言ったか?」
俺が思わずそう聞くと、彼女は無表情のまま頷くと、スカートのポケットから青色のカッターを取り出した。
「……何でカッター持ってるんだ?」
「護身用に決まってるじやないですか」
何言ってんですか? みたいな顔してんじゃねえ!! 普通の女子は護身用にカッターなんか持たねえよ!! せめて防犯ベルとかにしてくれ!!
「防犯ベルはうるさいです。近所迷惑になるでしょう?」
「そういう問題じゃねえ!!」
駄目だ。この女には常識が通用しねえ。
「……話を戻しましょう。とにかく、私は警察に通報しようとしたんです。驚いたことに、通り魔はすでに忽然と姿を消していました。そんなに痛かったんでしょうかね、腕。たかが野球ボール程度の大きさだったのに」
「それは小石じゃねえ!!」
通り魔よりもある意味恐ろしいぞお前!! ……ん? ちょっと待てよ? 野球ボールぐらいの大きさの石を全力で投げつけられたってことは……。
「なあ、波城。もしかしたらその通り魔、怪我とかしてんじゃねえのか? もしくは骨折してるかも。そしたら凄い手がかりになるんじゃねえの?」
俺はふと思い付いたことを言ってみた。すると彼女は、
「ええ。一応通報した時に警察の方に言っておきました。電話口で」
「直接言えよ!!」
驚いたことに、彼女は通報して尚且つ救急車を呼んだものの、その後はすぐに帰宅してしまったらしい。しかも匿名のままで。
「だって、あんまり現場近くにいたら疑われるかもしれないじゃないですか」
「逃げたほうが疑われるだろうが!!」
そもそもお前はどう見たって通り魔じゃないだろうが。目撃情報と違い過ぎだ。
「いいじゃないですか。昨晩の被害者梶原菜月さんは腕や足を軽く刺されただけで、命に別状はないようですし」
「……何で被害者の名前知ってるんだよ」
今さらっと彼女は被害者の名前を口にしたが、それは新聞やニュースでは報道されていないはずの情報だ。それなのになぜ知っているんだ?
彼女は俺の問いかけに、今日初めて表情を変えた。しかしすぐに表情を元のポーカーフェイスに戻した。
「それは、彼女が私の小学校時代の同級生だったからです」
「はあ?」
それは初耳だった。今日初めてこの話をしたのだから当然と言えば当然だが、それでも結構驚きだった。
「……彼女だけではありません。梶原さん以外の被害者である、幸村千歳さん、神田愛弓さんも私の小学校時代の同級生でした」
「え」
それを聞いた俺は言葉を失った。一体どういうことなんだ。三人共同じ小学校出身だなんて、偶然にしては出来すぎてるだろう。
「私の出身校は、福岡県ではありません。私は五年生までは佐賀県の小学校にいたのです。そして、被害に遭った彼女たちも、その佐賀県の小学校にいました」
「ちょ、ちょっと待てよ。それって……」
彼女が淡々と告げる言葉は、とてつもなく衝撃的だった。だって、三人共佐賀にいたはずなのに、揃って福岡に来ていて、揃って同じ通り魔に襲われているんだぜ? これはただの偶然で片付けることはできないだろう。
俺がそう思っていると、彼女は憂いに満ちた表情で溜め息をついた。そして何かを決心したかのように、最後にこう言った。
「私、犯人に心当りがあります」