第36話〜40話
第36話
真相への序曲
一星は床下収納庫から顔を出していた。
そこには大泣きして床に崩れ落ちている静子がいて、傍には権現京二が介抱している。
あたりを見回す一星。見慣れた冷蔵庫や食器棚。そしてダイニングテーブル。
『うん・・間違いなく俺んちだ。』一星は未知の床下から這い上がった。
それに気づいた静子が大声で叫んだ。
「一星!!」
そして権現もまた、振り返った先に一星が突っ立っているのを見て仰天した。
「幸村!お前どうやって上がって来たんだ?奈落の底に落ちて行ったように見えたぞ?」
「あぁ、確かにかなり落ちたかな。母さんは何で泣いてるんだ?」
「アホ!お前が落っこちたからじゃんかよ!」
「そっか。。そうだよな。。」
一星は頭が混同気味だった。この床下の向こうの世界にも別な静子がいて、不穏な動きをしていた。
そしてこっちでは最近精神的に病んでいる静子がいる。
病んでいる面からすれば、どっちの静子も同じかもしれないが、存在する世界が違ったのは確かなこと。
「まぁとにかくお前が無事戻れて良かった。2,3分で登って来れるなんて、どっか途中で引っ掛かったのか?」
権現が不思議そうに一星にたずねる。静子も少し落ち着きを取り戻し、一星からの言葉を待っている。
「(・_・)エッ?2、3分?俺は1時間以上向こうにいたぞ?」
「はぁ??1時間だって?何言ってんだよ?せいぜい3分だ。それに向こうにいたって何だ?」
「なんかさぁ・・一言で説明できないってか、俺自身だって頭が混乱してんだよ。」
「だから時間の感覚が狂ったのさ。」
「でもたった3分とはなぁ・・。」
ここで静子が口を開いた。
「話しはもういいから早く茶の間に行きましょう。みんなキッチンから離れて。」
権現と一星は静子の言葉に従い、居間に移った。
「あれ?栗山、お前また・・」権現は、いずみが自分にしか見えない存在に戻っているのに気づく。
「え?栗山ってさっきの女の子のこと?・・どこ言ったのかしら?いないわね。。」
「栗山って・・栗山いずみのことか?」
と、一星が驚いて権現に聞き返す。
「なんでお前が栗山を知ってんだよ?」と権現。
「何か知らんけど向こうにはいたんだって!」
「その向こうってのがわからないんだよ!」
「じゃあゆっくり説明すっからよ。でも権現だって何で栗山いずみを知ってんだよ?」
「お前が落ちてからすぐに突然現れたのさ。俺は・・栗山とは同級生だ。」
「一緒に来てたのか?お前が俺んちに来たときはひとりだけだっただろが。」
「だから突然キッチンに現れたんだよ。」
「化け物か?」
「そうかもしれん。」
それを傍で聞いていた『目には見えないいずみ』は、権現を睨み付けていた。
ぺロッと舌を出していずみに対して微妙に頭を下げる権現。
「それを説明するのにも時間がかかるんだよ。でもひとつだけ言えることがある。」
「言ってみろよ。」
「今も言ったが、お前が落ちてすぐに栗山が現れた。そしてお前が戻ると彼女は消えた。それは事実だ。」
「どういうことになるんだ?」
「お前と栗山いずみは一緒には存在できないってことだ。」
「もっと納得できる説明はできないのか?お前は。」
「できない。俺もまだ知りたいことがたくさんあるし。」
「(~ヘ~;)ウーン」
権現の言葉に一星は少しの間、考え込んでいたが、急に何かひらめいたように話しを切り出した。
「わかった!俺が落ちた向こうの世界でもそうだった。栗山いずみは目には見えないがここにいる!違うか?権現。」
「ウッ!!Σ(・"・;)」
権現は迷った。一星に『その通りだ』と言ってもいいのかどうかを。
「お、俺にそんなのわかるはずないだろ!なんでそう思ったんだ?」
「それはな、向こうで俺がそうだったからなんだ。栗山いずみがこの家に親子で住んでいたんだ。俺もその場にいたのにさ、誰からも気づかれないんだ。」
「(・。・) ほー」
「でさ、わかったんだよ。部屋に行って鏡を見たら自分が映ってないってことが。」
「・・・・・」
「もうわかるだろ?お前がさっき言ったように、俺と栗山いずみが一緒に存在できないと仮定したら。。」
「あぁ・・わかるよ。」
「うん、そう。今俺がここに存在してる時は、栗山いずみは見えてはいないが、ここで俺たちを見ているってことだ。」
「そうか。。そこまでわかったんなら俺も補足して言おう。」
権現があらためて話しを始めようとする直前、一星がそれを遮った。
「待ってくれ。自分でもう少し考えたい。俺のプライベートに関することだ。お前に聞きたいことがあったらすぐに連絡する。」
「・・・わかった。お前がそう言うなら仕方ないな。何かあったらすぐ連絡しろよ。」
「あぁ。。」
権現京二を帰した後、一星は静子に安定剤を飲ませて横にさせ、部屋でひとり考えにふけっていた。
30分くらい一歩も動かずベッドに仰向けになっていたが、突然おもむろに起き上がり、パソコンの電源を立ち上げた。
そしてチャットを起動させ、少しためらいながらメッセージを送信した。
ponsuke:ロビン、いるか?・・・今、俺のこの部屋に・・君はいるのか?
第37話
一星といずみ
いずみは衝撃を受けた。ついに一星が確信をついてきたからだ。
返信にためらいういずみ。このまま居留守にしようかとも思った。
でもそうすることで、自分にとって更に苦しい毎日になるのは目に見えている。
ウソをついてもあとで必ずバレる。こんな非現実的で小説みたいな事実をズバリ推測できた一星なら必ず気づく。
それにもう彼にはウソはつけない。自分のの身代わりに水口和代を仕立てたことで彼に多大な迷惑をかけたのだ。
そしてその罰からか、いずみは和代を抱く一星を目の当たりに目撃してしまった。
絶対に見たくもない光景を見てしまったのだ。
すべては自分の罪。存在のない自分の正体を一星に説明できるはずもなかった。だから必必死になってこの世界に存在できる方法の糸口を探していた。
だがそれゆえに生じた一連の出来事。そして一星をも巻き込んでしまった。
『もうウソはつかないわ・・信じらてもらえなくてもそれでいい。。』
一星はもう一度、チャット画面のロビンに問いかける。
ponsuke:ロビン・・いや、栗山いずみ。。君はこの部屋にいるんじゃないのか?
本名を言われてドキッとしたいずみであった。
ponsuke:ロビン・・この俺の問いかけに答えづらかったら、あとでオフメ(オフラインメッセージ)に入れておいてくれ。頼む。。
一星がチャット画面を落とそうとするまさにその直前、ロビンから返信が来た。
robin830:・・・そうだよ
一星はびくっとなった。ロビンの突然の返信が、自分の推測を証明する答えだったことに、新たなショックを覚えた。
ponsuke:・・・やっぱり。。
推測が当たると普通は嬉しいものだが、今の一星には戸惑いしかなかった。
ponsuke:ロビン・・君は栗山いずみという名前でいいんだね?
robin830:うん。。
ponsuke:いつからここにいるんだ?
robin830:・・ずっと前から。
ponsuke:ずっと前っていつ?
robin830:ポンスケが子供の頃から。私も子供だった。
ponsuke:Σ('◇'*エェッ!?チャット始めたのは1年前からなのに?
robin830:ポンスケと話せる手段はパソコンしかないのよ。それなしでは私が怒鳴ってもわめいても誰も気づいてくれなかった。。
ponsuke:そんなことしてたのか?
robin830:もう死ぬほどわめいたわ。何度も泣きつかれたしね。でも自分では死ぬことさえできないの。何もかも貫通して道具も持てないから。
ponsuke:・・・・君は・。俺の守護霊だったりするのか?
robin830:そんなんじゃない。ポンスケだって、さっき行ってた世界では今の私と同じ立場になったんでしょう?
ponsuke:あぁ・・たぶん。。
robin830:でもあなたは守護霊じゃないでしょう?
ponsuke:そっか・・そうだよな。。でも何でロビンはこうなったんだ?
robin830;それが知りたいのは私よ!長い間、それしか考えてこなかったんだから!
ponsuke:俺が一瞬、穴の向こう側に行った場所では、君と君のお母さんが一緒に暮らしてたんだ。
robin830:(゜〇゜;)えっ?ホントに?私いくつくらいに見えた?
ponsuke:なんかOLっぽかったけど。部屋にドレッサーもあったし。
robin830:そうよ。私OLだったんだもん。
ponsuke:(?_?)へ?納得いかないなぁ。君はさっき子供の頃から俺の部屋にいたって言ってたじゃん。OLなんてできっこないじゃんか!
robin830:だから私はこう思うの。この現象はきっとデジャヴじゃないかってね。」
ponsuke:デジャヴ・・?
robin830:そう、記憶がなくても、人は同じ時代や同じ出来事を何度も繰り返してるの。
ponsuke;それと俺たちとどう関係あるんだ?
robin830:それはね。。元々私はこの家に親と住んでたの。
ponsuke:それって、俺んちがここに住む前のことか?
robin830:違うの。よく聞いて。私がここに住んでいた時代も今と同じ。
ponsuke:そんなはずは。。。
robin830:ポンスケは私が経験するはずだったデジャヴを奪ってしまったことになるの。
ponsuke:(~ヘ~;)ウーン・・よくわかんない。。
第38話
どっちが正しいの?
robin830:元々この家は私の家だったの。私がここで生まれて社会人になるまで引越しもせずにずっと暮らしてた家なの。
ponsuke:それは俺だって同じさ。ここで生まれてここで育ったんだ。
robin830:でもそれは今の経験でしょ?私は今現在より前に、ここで暮らしていた経験があるの。変な言い方かもしれないけど私の人生の方がオリジナルよ。
ponsuke:じゃあなんで今はこうなってるんだ?俺は何もしてないぞ。
robin830:うん。それはわかってる。
ponsuke:仮に100歩譲って、君がこの家で生活してたとしよう。そのとき俺はどこにいたんだ?
robin830:それは・・お母様とどこか別な場所に住んでいたのかも。。
ponsuke:そして何かのはずみで俺がここに移り住んで来たっていうのか?
robin830:うん。。
ponsuke:ロビン、君はウソをついてる。
robin830:えっ?
ponsuke:君だってそんなふうには思ってないはずだ。
robin830:・・・・・
ponsuke:少し頭の整理がついてきたみたいだ。俺があのキッチンで摩訶不思議な体験をしなければ、ロビンの言うことをまともに信じたかもしれない。でもそれは絶対に違う。
robin830:・・・・・
ponsuke:君がこの家に存在していた時は、俺は今の君のように目に見えない存在として、この空間を浮遊していたんだ。さっきの体験は一時的なものじゃなくて、ずっと俺が過去にしてきたことなんだと思う。
robin830:・・・・・
ponsuke:つまり、はっきり言うと、君が存在した世界がオリジナルなんかじゃないってことさ。俺のこの世界の方こそ正しいとも考えられるのさ。
robin830:・・・ごめんなさい。ウソを言うつもりじゃなかったの。私の存在した世界が作られた夢か幻だなんて考えられなかったのよ。
ponsuke:それは俺も同じさ。でもどっちかがニセモノだろ?
robin830:いいえ。ホントはね、私はこう思うの。どっちの世界も正しいって。
ponsuke:世界がふたつあるってことか?それならある意味納得できるけど。
robin830:それは・・ないと思う。
ponsuke:なぜ?
ponsuke:それはね、ポンスケが床下収納庫から落ちたあと、私の姿が一瞬だけこの世界に現れたの。
ponsuke:そういえば権現が栗山がいないとか言ってたよな。
robin830:そう。そのことよ。あなたが2分後に穴から戻って来るまで私は確かにここに存在した。ポンスケのお母様にも姿を確認されたわ。
ponsuke:だから結局なんなんだ?
robin830:だから、ポンスケが戻ると私がまた消えてしまったと言うことは、あなた次第で私たちの家や家族の歴史が変わるってことよ。二つの世界は同時には存在しない。
ponsuke:なんだか複雑だなぁ。理屈はわかったけど・・なんでこんなことになったのか。。
robin830:それは私にもわからない。
ponsuke:じゃあ俺はこれからどうすればいい?定期的にあの穴を行ったり来たりしてロビンの存在を消したり現したりすればいいのか?そんなの変だろ?
robin830:もちろんよ。そんなことはしなくていいよ。ヒントはあなたのお母様にあると思うわ。
ponsuke:俺の・・母さん?
robin830:ええ。何か秘密があると思うの。それでずっと悩み続けて来たんじゃない?
ponsuke:なんでそんなこと知ってんだよ?
robin830:だから私もずっとポンスケの家に何年もいるんだよ!家族の状態くらいわかるわよ。
ponsuke:そ、そうだったな。。(^_^;)
robin830:ポンスケがエロ本隠してる場所だって知ってるんだからね!
robin830:Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lにゃにぃ!?
robin830:その話しは置いといて、要するに私の推理としてはね・・
ponsuke:うん。。
robin830:お互いのデジャヴを何かの原因で共有してしまったんじゃないかと思うの。
ponsuke:また難しい言い回しだなぁ・・もっとわかりやすく言えないのか?
robin830:えっとね・・つまり、私とポンスケのデジャヴは交互にやって来るんじゃないかって。。
ponsuke:じゃあなにか?ロビンの人生が・・あるいは俺の人生が終わるまで、もう一方の相方は存在できずに待機してなければならないってことか?
robin830:あくまで私の推測だけどね。
ponsuke:それが事実だったらマジ凹むぜ。。やってらんねぇよ。
robin830:そうよね。。私もそう思う。。
robin830:でもさ、デジャヴがあるとしてだ、普通そんなの記憶に残らないだろ?
robin830:それがごくまれにいるのよ。テレビに出てるあの人・・なんてったっけ?
ponsuke:荏原さんのことか?オーラの泉の。
robin830:そう、その人。私もポンスケも、あの人ほどの能力はないにしても、何か感じるものがあるのかもしれないわ。
ponsuke:そうなのかなぁ・・・
robin830:それともう一人。権現京二。
ponsuke:((ノ_ω_)ノバタ・・・なんであいつなんだよっ!
robin830:あの人はね、ポンスケと同級生だけじゃなくて、私とも同級生なの。それを彼はちゃんと知ってるのよ。
ponsuke( ̄□ ̄;)!!なんだって?!
robin830:だから、これからはあの人とも連携をとって行きましょう。
ponsuke:よりによってあいつかよ・・(;-_-) =3 フゥ
robin830:これからの問題は、どうやったら私もポンスケも同じ世界に存在できるかってことよ。
ponsuke:どう考えたらいいのかさっぱりわからん。
robin830:私もそうよ。。でも・・でも私、ポンスケと一緒に存在したい。。
ponsuke:えっ?
robin830:これでわかったでしょ?私が和代を代役に頼んだわけを。。
ponsuke:・・・そっか。。こういうことだったのか。。
robin830:私はリアルでは絶対に会えなかった。最初はこの状態から脱出するためにあなたを利用することだけを考えてた。でも知らぬ間にあなたを好きになって。。
ponsuke:。。。。。
robin830:会いたくて会いたくてたまらなくなっても絶対にそれは不可能なことだった。私は和代を利用するしかなかった。。でもその後、あなたを騙した報復が私を待っていたわ。。
ponsuke:。。。。。
robin830:和代があなたを本気で好きになってしまったのよね。。自業自得なんだけど。
ponsuke:(゜〇゜;)ハッ!もしかしてロビン・・君は俺が和代を部屋に呼んだとき。。
robin830:・・・いたよ。。
ponsuke:ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!み、見たのかっ?
robin830:まともに見れるはずないじゃない。すぐに部屋から出たわよ。
ponsuke:・・・・ごめんな。。
robin830:ポンスケのせいじゃない。私のせいだもの。。
ponsuke:いやそれは・・
robin830:でもわかって!私はポンスケが今でも好き。すぐに嫌いになんてなれないよ!
ponsuke:ロビン。。
robin830:私がここに存在してたら絶対にリアルで会うもん。会いたいもん。(・T_T)ううう。。
一星はやっとロビンの気持ちがわかった。彼女がこんなに苦しんでいたなんて。。もっと早く気づいてあげれば良かったが、こんな不可思議な現象などはるかに想像の域を超えているし、わかるはずもない。
それでも一星は反省した。大好きなロビンを自分のわがままで苦しめてきたことを。
ponsuke:いずみ・・ごめんな。。俺もずっと君が好きだ。和代のことはすまないと思ってる。許してもらえるなら許してほしい。
robin830:本名で呼んでくれて嬉しい。ありがとう。。私こそごめんね。。一星を惑わせてしまって。。でも・・でも和代にも申し訳なくて。。
ponsuke:うん。。それは俺がちゃんと彼女に会って話してくるよ。素直にあやまってくる。許してくれなくても許してもらえるまであやまり続けるしかない。
robin830:私、もう人に絶対迷惑をかけるような行動はしない。
ponsuke:あぁ。俺もだよ。
こうしていずみと一星はお互いの心に堅く誓ったのである。
だが、彼ら二人には、このままでは済まない更に驚くべき事実が待ち受けているのであった。
そして、それは一星の母・静子にとっても同様のことだった。。。
第39話
繰り返される夢
「もう耐えられないっ!あんたたちもういい加減にしてっ!」
大須賀静子はついに蓄積された怒りを爆発させた。
この2ヶ月、毎日のように静子が通学に通う自転車のタイヤの空気が抜かれていたのだ。
しかも最近の1週間では、チューブが針らしきもので穴を開けられパンク状態。
犯人はわかっている。同じクラスメイトの宮永幸江とその一派。
そう、大須賀静子は集団でいじめられていた。
「はぁ?何のことぉ?アタシたちに因縁つける気?」
静子は震える声で絶叫しながら返答する。
「私が何悪いことしたっていうの!!もうこんなのウンザリ!!」
「だ・か・ら!アタシたちが何したか証拠でもあんのかい?言い掛かりはよしな!」
「あんたたち以外誰もいないわよっ!」
「ふざけんじゃないよっ!確証もないんじゃ警察だって動けやしないんだよっ!なんだいこんなボロ自転車!」
宮永幸江は静子の自転車を思い切り蹴飛ばして倒した。
静子の怒りが頂点に達した瞬間だった。
「何すんのよぉぉぉ〜!!」
静子は幸江に飛び掛り、彼女の長い髪を掴んで離さなかった。
だが当然、幸江が逆ギレを起こすきっかけにもなった。
「この貧乏人女がっ!お前ひとりいるだけで目障りなんだよっ!」
そう言うと幸江はポケットからカッターを取り出して、静子の制服の胸元を水平に切り裂いた。
「あっ・・!!」
自分の破れた制服を見て衝撃を受けた静子。幸いにも瞬間的に身を引いたおかげで中の肉体にまでカッターの刃は達していなかった。
『でもこのままじゃやられる。。』
幸江はまさにカッターを振りかざし、突進して来ようとしている寸前。
静子はとっさに自分の足元にある大きめの石を掴んで、至近距離の幸江めがけて全力投球をしたのである。
数分後・・
その場にボーッと突っ立っている静子がいた。
そして彼女の目の前には、宮永幸江が額から大量の出血をして倒れている姿があった。
ハッと我に返る静子。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜!!」
「母さん、母さんっ!どうしたんだよ?ほら起きて!」
幸村一星が母・静子の肩をゆすって起こそうとしていた。
「あ・・一星。。」
「また悪い夢見たんだな。水持って来るから深呼吸して落ち着いて。」
そう言うと一星は静子の寝室から足早に出て行った。
「ダメね。。同じ夢の繰り返し。。」
過去の事件が静子のトラウマになっていることは言うまでもない。
当時、静子が保護観察所から出て来た後も、世間の目は彼女に冷たかった。
当然のように彼女は部屋にこもりっきりの生活になってゆく。
たまに外に出ると、近所の主婦が静子を奇異の目で見ながらヒソヒソ話をしている。
静子は更に堅い殻の中に閉じこもって何年もの間、世間から忘れられた存在になっていった。
第40話
尚代との出会い(回想)
大須賀静子は、今で言うニートの状態が10年近く続いた。
普通なら恋や仕事に一喜一憂しながら目まぐるしく動く世代。
血気盛んな何にでもチャレンジできる20代を何の変化もなしに静子は通り過ごしてしまう。
幸い父親が公務員ということもあって、安定した生活は確保され、実家にさえいれば食うには困らなかった。
静子が30代になると、親のすすめもあって、カウンセリングに通うようになった。
彼女にしてみれば渋々納得した上でのことだ。いい年になって親に世話になっている自分を少しは恥じていた。
迷惑もかけている。ここで強情に拒否でもしたら親はどんなに傷つき悩むだろう。
忘れもしない高校時代、幸江をベッドに寝たきりの廃人にして以来、苦しみ続けてきたのは自分だけではない。
両親も世間の厳しい風にもまれながら耐え抜いてきたのだ。そしてこんな自分を今でも守ってくれている。
そう思うと親の申し入れに対して断ることなどできなかった。
カウンセリングに通って言われたことは予想どうり。
”もっと外に出なさい””人と交流しなさい””会話を楽しみなさい”
言われなくてもわかっている。そんなことできたらとっくにしている。
できないからここに来ているんじゃないか!
心癒されるどころか、腹立たしくさえ思えた。
結局、定期的に3年通ったものの、何のきっかけもつかめず断念。
更に2年間の引きこもりニート生活の後、再び親の紹介で別な女性のカウンセラーと出会うことになる。
その女性はめっぽう明るく、言葉を選んで話すのではなく、雑談のようにしゃべる。
初対面なのに、かなり前から知り合いのような口ぶりでさらっと話す。
といって、馴れ馴れしさがあるふうでもなく、実に心地の良いサウンドを聴いているような爽やかな流れで会話がはずんでいった。
自然と彼女のペースに呑み込まれていくといった感じだ。
これを機会に、静子は徐々にカウンセリングに通うのが楽しくなってゆく。
そんなある日、カウンセラーが静子を別なある場所へと誘った。
「Σ('◇'*エェッ!?エアロビ・・ですか?」
「そうよ大須賀さん。体なまってるでしょ?私の知り合いが最近教室始めてね。」
「でも先生、私あまり人の多いところは・・」
「大丈夫よ。となり町だから。近所の人もあなたを知ってる人もいないわ。」
「。。。。」
「それにね、まだ生徒さんは5人くらいしかいないのよ。始めたばかりだしね。」
「私のカウンセリングとエアロビって何か関係あるんですか?」
「用は楽しく体を動かして汗をかくこと!大須賀さん何年も汗なんてかいてないでしょ?」
「うち、クーラーないから真夏は家の中で汗はかいてますけど。」
「(ノ _ _)ノコケッ!!そういう意味じゃないのよねぇ。。(⌒-⌒;」
「母さん、母さん!水持って来たよ。ゆっくり飲んで。ゆっくりだぞ。」
幸村一星は、ベッドから半分状態を起こしている母・静子にグラスの水を手渡す。
「母さん、ボーッと何考えてるんだい?」
「・・え?あぁ、ちょっとね。。昔を思い出しちゃって。」
「さっきはおっきな悲鳴だったしさぁ、悪い思い出なんてさっさと忘れるようにしないとダメだぞ母さん!」
「そうだね。。うん・・お前の言う通りかもね。。」
静子はゆっくりと水を飲み干すと、大きな深呼吸をした。
それを見ていた一星は、母への質問の数々をためらった。
聞きたいことは山ほどあるが、今は聞けない。こんな具合の悪い母親を前にして余計に神経を使わせてはいけない。
そう判断した一星は、片付けなければならない優先順位を別のことに変えた。
「母さん、ちょっとこれから出かけて来るよ。」
「ど、どこへ行くの?」
「・・和代の家に・・ほら、この前1晩泊まった人。」
「あぁ、一星の彼女かい?」
「・・・いや。。違う。。とにかく行って来るから。じゃあ!」
そう言うと一星は、正装もせずにそのままの格好で家から出て行ってしまった。
部屋にひとり残された静子は再び回想の世界へとのめり込んでゆく。。
回想といっても、空想ではなくて、事実を順序よく並べて思い出しているだけのこと。
なぜこんなことに没頭するのか自分でもわからない。
ただ、一星が収納庫から落ちて帰って来たときの驚愕な話を聞くと、明らかにこの原因を作ったのは自分だと痛感してるのは確かだ。
エアロビに通って半年、静子にはついに友人ができた。
一緒に教室に通う生徒・栗山尚代。彼女は静子と同じ年齢で、血液型も同じO型。
違うところは、彼女は若くして結婚し、すでに社会人になっている一人娘がいるということだ。
立場は違うが、静子と尚代は不思議と息が合った。
尚代もエアロビに来ると、家庭のことなどすっかり忘れているように、大いにはしゃぎ、笑いながら楽しくレッスンをこなしていた。
「ねぇ静子、今度うちに遊びに来ない?」
「えっ?私なんかが行っていいの?」
「なんで”私なんか”って言うの?今は身分制度なんてないのよ?気軽に遊びに来てよ。ねっ!」
「でも・・ご主人がいるんじゃ。。」
「主人は出張で1週間帰って来ないの。だから呼んでるのよ。 (o^-^o) ウフッ」
「じゃあ・・お言葉に甘えて。。」
「そうこなくっちゃ!」
こうして静子は、初めて栗山尚代の家へ訪問することになる。
だが、まさかそこに大きな人生の落とし穴があるとは、そのときの静子には思いもしなかったのである。
一方、幸村一星は、水口和代の自宅を初めて訪ねていた。
前もって携帯にメールをしていたので、和代は在宅しているはずだ。
玄関のチャイムを鳴らす一星。
中から「どうぞ!開いてますよ。」と母親らしい声がした。
一星はドアを開けて中へ入る。
「ごめんなさい。和代はもうすぐ帰って来ると思うから、中でゆっくりしてて。」
「か、和代さんはどこに?」
「なんかね、近くのおいしいケーキ屋さんに行ったみたいなの。『彼氏が来るのにおもてなしするものがないっ!』って慌ててね。」
「(゜゜;)ギク!・・・そうでしたか。。」
恋人解消の話を切り出しに来た一星にとって、バツの悪い出だしとなった。
「それにしても・・この和代の母親・・どっかで見たことがあるような。。」
なぜか見覚えのある顔であった。それに声も。。
『会社の誰か・・いや違う。前に通ってた定食屋のおかみ・・じゃない。。』
通された応接間でしばらく考えていると、急に思い出して自分でもびっくりするくらいに飛び上がって驚いた。
『俺が穴に落ちた向こうの世界にいた人だっ!母さんと一緒にいた。。。間違いない!』
一体、これはどういうことを意味するのか?
一星の頭は困惑しきっていた。ほんの隙を見て、玄関の表札を見に行く一星。
そしてそこに書かれている名前を確認する。
水口 健一郎
尚代
和代
『尚代・・確かあのとき母さんと一緒にいた人も同じ名前だったような。。』
(続く)




