年金と老人(前編)
昨日、老人に席を譲りました。
でも僕・・・疲れていたんです。
それでも、席って譲らなきゃいけないんですか?
平日の電車。
勤勉な学生達と、世の中を支えるサラリーマン達で、あふれて・・・いない。
学生よりも、サラリーマンよりも、数が多いのは老人である。
重そうなリュックサックを背負い、ウォーキング用の靴を履いている。
その靴も、ブランド物であり、万札を出さなければ買えないだろう。
電車は駅に着こうとしていた。キキキーっと音を立て、電車は間もなく停止した。
その途端である。
くわっと人々が押し寄せた。空いている席があると、手当たり次第に座り、それでも座れない人々で溢れた。
皆、老人であった。
もちろん、電車に乗っているのは老人ばかりではない。なので、席を譲る若者もいた。
数人だが。
席を譲らない若者もいた。すると、老人達は駆け寄り、
「お兄さんは何処まで行くの?」
と聞き、若者が答えると、
「あーそう!おばさんはもっと遠くまで行かなきゃいけないんだぁ。だから譲ってくれないかなぁ・・・?」
と言うのである。
若者は、仕方なく譲るのである。
現代、老人は弱者の立場に立たされているとされ、シルバーシートまで出来ている。
我々のような若者は、やむを得なくその印象を飲み込むことしかない。
が、そんなモノを信じない奴がいた。
グロスマンである。
一人むんずと席に座り、腕を組んでいる。
そこへ、しめた!という顔をした老人が駆け寄ってきた。
「ねぇ・・・そのお面はどうしたの?」
「・・・・・・」
「あのね、おばさんはまだ遠くへ行かなきゃいけないんだ。席、譲ってくれんかねぇ?」
しばらく、グロスマンは応答せずに黙っていたが、突然口を開いた。
「・・・・・・あなたの夫は、国鉄ですか?」
えっ!と老人は声を上げ、しわくしゃの顔をグロスマンに近づけた。
「そうだけど・・・・・・どうして!?」
「そうだろうと思いましたよ。フフフフ・・・・・・」
「何がおかしいのよぉ!」
グロスマンは、バッと立ち上がり、お面に手を掛けた。
クイッと面の傾きを直し、キッと老人を睨んだ。
「知ってますか?貴方の夫の年金は、警察のための年金なんですよ」
「ええええっ!?」
老人は疑った目つきでグロスマンを見た。グロスマンは、目線をそらさない。
「国鉄は、一人で出来る仕事を二人とか三人でやっていた。それに比べて警察はどうだ!?毎日徹夜で働いて、くたくたになって、精神的にも体力的にもぼろぼろだ!だから・・・・・・」
騒がしい車内が、フッと静かになった。
「警察官が早く死んで、国鉄の奴は長生きした・・・・・・ということさ」
完全に、聴衆はグロスマンに引き込まれていた。彼の感情移入ある話し方、それに感化されてしまった人が大勢いた。
しかし、周りにいる年寄りからすれば、決して気分の良いものではない。
ついに絶えかねた一人の老婦が口を開いた。
「でもねぇ・・・私たちは戦後の国の復興をしてきたんよぉ!今の若い人には分からない、苦労があったんよぉ!!!」
分からないこともない・・・という声が沸々と沸いた。
日本が戦争で負け、その後の復興をしたのは、現在の60代の人々である。
その苦労は、計り知れないものだっただろう。しかし、グロスマンは
「問題点はそこにある!」
と言った。老婦は、えっ!と声を漏らした。
「確かに戦後復興をしたのは、あんたらだ。だがな・・・問題は、当時そのような気持ちでいたかどうかだ」
後編に続く・・・。