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1、笑顔の応酬

1,笑顔の応酬



「…戦争を止めて下さい」

 

 長い間沈黙していたかと思ったら、第一声がそれだった。


「それって、私に勇者をやれってこと?」

 

 うふふ、馬鹿じゃないの。ありったけの気持ちを込めて男に笑いかける。

 金髪碧眼のイケメンだからって阿呆なこと言って許されると思うなよ!


「いいえ、勇者は既にいます。貴女にはその勇者を止めて頂きたいのです」

 

 中世風の衣装の上、さらりと流れた髪をかき上げる仕草がまたむかつく。


「誤解の無い様に言っておきますが、私、平凡を絵に描いたような学生なので、

ご期待には添えないと思います」


 言い放つと、男は何とも言えない顔をして溜息をついた。

 溜息をつきたいのはこっちだ。

 締め切りギリギリのレポートを出そうと、教員棟をひた走っていただけなのに、

目の前が真っ暗になったかと思ったら、ドスン、だ。

 お尻と腰をしたたかに打った。痛すぎた。

 悶絶している間も、外野の男共は何か問いかけてくるし、言葉は通じないし、

こいつが来るまでは本当に何がなにやらだった。…その点は素直に感謝してやっても良い。

 私がそんなことを思っている間に、男は白い紙とペンを持って来ていた。

 ペンと言っても、シャープペンとかボールペンではない。あれだ。羽の付いてる奴。

 高そうな黒いテーブルに置かれた紙。インク壺、羽ペン。

 

 うわーい、何これ異文化コミュニケーション。

 

 乾いた笑いを漏らす私を一顧だにせず、男はさらさらと精緻な地図を描いていく。

 アメリカ大陸でもアフリカ大陸でもない、大きな大陸。

 ペンは縦横無尽に紙面を動き、大陸はいくつかの国と思われるピースに分けられた。


「これが、タトラカン。今貴女がいる国です」

 

 三番目くらいに大きい国を指される。

 それは、知りたい情報でもあったので、私は食い入るように地図を見つめた。

 内陸の国だ。海はない。男は更にペンを動かした。


「そしてこれがトリニアード山脈」


 国境にウネウネと三角の波模様が追加される。


「トリニアード山脈を挟んで隣、こちらはリセノ聖王国です」


 とん、とペンが三角地帯の隣へ移る。二番目くらいに大きい国だ。

こちらは海に面している。


「タトラカンとリセノ聖王国は、トリニアード山脈を国境としています。稜線がすなわち

 国境と考えて頂ければ結構です。ここまでは良いですか?」

「理解しました」

「では、次です」


 今度は山脈の部分に何かへんてこな生き物を描いていく。

 蛇のような…でも4本足があるし、口から吐いてるのは、火?…あ、分かった竜だ。

 ペンを持つ袖をつついて質問すると、そうだと頷く。


「状況を簡単に説明すると、隣国の馬鹿王国が伝承とやらに従って勇者を召還しました。

トリニアード山脈に巣くう竜を倒す為、と言うのがその名目です」

「ふうん、竜退治に勇者召還、ねえ」


 こういうのは魔王とか魔王とかがテンプレじゃないの?と思ったけど、口にはしない。

 地図に比べて竜の絵がお子様レベルじゃないか、なんてことも勿論言わない。

 代わりに尋ねたのは、何故竜が倒されてはいけないのか、だ。

 答えは素っ気なかった。



 「トリニアード山脈に棲む竜は、我が国の始祖とも言われ、また国防の点からしても非常に都合の良い駒です。竜を倒されるのは、迷惑以外の何物でもないのですよ」

「へえ。なら、どうして馬鹿王国にならって私を召還した訳?」

「皮肉をどうも。少なくとも議会は承認してませんよ」


 男は少し面白そうに唇の端を上げた。人の不幸を笑いやがって。


「じゃあ、どこの誰が私を喚んだの」

「少々おつむの弱い王女様ですね」

「…あんた、自分のとこの王女にそんなこと言って良い訳?」

 

 思わず尋ねると、


「生憎、この国は議会制ですから。王族の仕事はもっぱら政略結婚と裁可印の押印ですよ」

 

 またしても形の良い唇が笑んだ。コイツ、ゼッタイ性格ワルイ。


「話が逸れましたね。貴女が呼ばれた理由としては、伝承に勇者と共に聖女も降り立ったとあったからです。勇者は竜を倒した、しかし子供の竜には情けをかけ殺さずに帰った。それが現在トリニアードに棲む竜である、と言う言い伝えもあれば、勇者が竜にトドメを刺そうとした時、心優しい聖女がそれを阻んだ、よって竜は生き永らえた、と言う説もあります」


 性格悪男は優雅に立ち上がると、近くにあった銀色のワゴンからポットを取り上げた。

 カップを二つ、ことりとテーブルに置く。注がれたのは薄茶色の液体だけど、味はコーヒーだった。

 …警戒心がないのかって?こんな状況、飲み食いせずにやってられるか。


「つまり、伝承を信じる輩には、伝承で対抗してやれ、ってこと?」

 

 と言うか、私に聖女をやれと?笑い出しそうになるのを堪えて聞くと、


「正しくその通りです。もともと聖リセノでは宗教の類が盛んですし、トリコ聖伝…勇者の伝承の原本と言われる史書なんですが、これを盲信する愚物の宝庫です。聖女がやめろと言えば少しは揺らぐだろう、と言うのが王女殿下の考えだったようですが、稚拙の一語に尽きます。…もっとも、召還自体にリスクがあること、喚び出しに成功したとして、その後の外交にどう切り込んで行くのか、そこら辺が全く考慮されてなかったので、議場ですぐ却下されましたが」


「…ストップ。さっき、王族の権限なんて無いも同然みたいなこと言ってなかった?議会で通らなかったなら、普通話はそこでお終いでしょう?なんで、王女様が暴走したくらいで即召還、なんてことになったの?」


「おや、以外に頭が回るんですね」


「皮肉をどうも。王女様が一人で召還出来るって言うのなら分かるけど、あの場には、ローブ着た男連中がわんさか居たもの。賛同者がいなきゃ無理でしょう?」

 

 笑顔に笑顔で応酬していると、急に視界が揺らいだ。

あれ?と思って、目元に手をやると、更に世界がぼやける。

…やばい。

 気がついても、もう遅くて、


「話は途中なんですが、ここだと場所が悪い。時期も悪い。ちょっとの間、寝てて貰っても構いませんか?」


 遠くから潮騒のように声が押し寄せる。

 優しげに、引いては寄せて。

 頭の芯が痺れて、瞼が重くなる。


「冗、談…」

 

 口を動かしたけど、言葉になったかどうかは分からない。

 同じものを飲んだはずなのに、なんで私だけ眠くなる?

 コーヒーもどきのせいじゃないとしたら、カップに仕込んであったとか?

 …ああ、駄目だ。手元とか良く見てなかったし、薬忍ばせてたとしても分かんないや。


 身体を支えていられなくなって、ぐらりと重力がのしかかった。


「要は彼らは欲しかったんですよ…聖女様が」


 闇に飲まれる寸前、物憂げな声が届いた。


 …馬鹿みたい。

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