第七話;味
「なぁ、春香、水~~。」
「はいはい、お兄ちゃんはソファーにいてね。」
「春香~~、は~~や~~~く~~~~水~~~~~!!」
床にうずくまっているお兄ちゃんはなんとも情けなかった。
家に帰ってきてからお兄ちゃんはまたお酒を飲み出した。
ビールを飲んで、開けたら焼酎。
焼酎を飲んで、開けたらワイン。
ワインを飲んで、開けたらブランデー。
ブランデーを飲んで、開けたらようやくギブアップ。
冷蔵庫の中にあるペットボトル詰めのミネラルウォーターとグラスを持ってお兄ちゃんが呻くソファーに向かう。
お兄ちゃんはグラスに注いだそれを飲むと顔をしかめた。
「春香、水が冷たいから飲めない~~。ぬるい水飲ませて、春香~~。」
しなびたお兄ちゃんは眼を閉じながらそんな言葉を呟く。
私は返事をせずにグラスに口を付けた。
確かに冷たかった。
でも頬は熱かった。
口の中でたっぷりと水を行き来させてからお兄ちゃんの両瞼に左手を添える。
ピクリ、と小さく反応したけどそれ以上は何もなかった。
お兄ちゃんのサラサラとした前髪が流れ落ちる様子が見えた。
お兄ちゃんの伸ばしたように長い睫毛が見えた。
唇が暖かくなった。
水を流し込むとお兄ちゃんがゆっくりと嚥下する。
全部移し切ると汗と香水とお酒の匂いが混ざった匂いが流れ込んでくる。
お兄ちゃんの頬が赤いのは私の気のせいだろう。
「もう一口欲しい。」
「うん、ぬるい水ちょうだい。」
「いいよ。」
結局ペットボトルの中身は全て私とお兄ちゃんの中に消えてしまった。
「なぁ、はる…」
「夢なの。」
お兄ちゃんが何かを言ってしまう前に区切った。
「夢なの。これはたまたまお兄ちゃんと私が同じ夢を見ちゃっただけなの。だから夢なの。」
言い聞かせるように言うとお兄ちゃんの寝息が聞こえてきた。
私はそれに感謝すると毛布をお兄ちゃんにかけて冷蔵庫に向かう。
開けると一本だけ缶が残っていた。
それを手に取るとドアに手をかける。
一度交差してから自分の部屋に続く廊下を歩く。
私はその日初めてビールを飲んだ。
初めて飲んだビールはシュワシュワと炭酸が弾けて、苦くて、色々な味がした。
多分私はこれからビールを飲むことがないな、そんなことを考えながら瞼を落とした。
Fin
ご愛読ありがとうございました。
本編は終わりですが後書き、のようなものもありますのでもし良ければそちらもご覧くださいませ。
軽く、次回予告などもさせて頂きます