第六話;隙
「絶対に嫌!!私、そんな恥ずかしいこと絶対にしないからね。お兄ちゃんのバカ!!」
一時間弱ある帰路を四分の一歩いた場所で私とお兄ちゃんは喧嘩していた。
「別にいいだろ、春香ちゃんー。お兄ちゃんのお願い聞いてよー。一生のお願いだからー。」
ヘラヘラ、フラフラと千鳥足で私に着いてくるお兄ちゃんは何を思ったのかいきなり『春香ちゃんを抱っこする。』と駄々をこね出したのだ。
高校二年生になって抱っこされる女子高生の気持ちも分かってほしい。
というか分かって。
お兄ちゃんはお酒に弱いくせにお酒が好きだ。
その上、ワガママになるし、自分の欲望に素直になる。
素直になってくれるのはうれしいけど、TPOは最低限守ってほしいと切に思う。
「へへっ、隙アリッ。」
「へ?きゃっ!?や!!放して、お兄ちゃん。」
溜め息を吐いた私の隙を突いて、お兄ちゃんは私を横抱き、いわゆるお姫様抱っこして歩き出した。
鏡で確認しなくても分かるほどに頬が上気している。
なんとか放れようと試みるが無理だった。
諦めた私はせめてもの妥協案としておんぶに変えてもらう事が出来た。
「昔より重たくなったな、春香。お兄ちゃんはとっても安心し…いてっ!こら、叩くな!!」
「女の子に重いとか言わないで!!ただでさえ秋は体重が増えないか気になってるのに!!」
自分では思いっきり叩いているつもりなのにお兄ちゃんはケラケラと笑うだけだった。
夜の帰り道は静かで、気の早い雪虫が幻想的に見えて、街灯すらも幻想的に見えて、お兄ちゃんの背中が暖かくてつい口を閉ざしてしまう。
だからふと気が緩んでしまった。
「………お兄ちゃんの背中って暖かくって、こんなに大きかったんだね。忘れてたよ、私。」
お兄ちゃんは頷くだけで何も言わずに、揺れる。それにつられて私も揺れる。
「俺さ、今日はプロポーズされた。」
「……へぇ、そうなんだ。」
なんとなくそんな気がしていた。
どうしてこう、いやな感というのは良く当たるのだろうか。
長い時間をかけてようやく家に着いた。
でも何を話したのか覚えていない。
話したかも覚えていない。
気がつけば私はお兄ちゃんと一緒にリビングに寝転がっていた。