第五話;敵
お金を払って領収書をもらってから辺りを見回す。
お兄ちゃんはよく『毎日毎日頭ぶつけてたまるかー』と自分の身長に憤っていたけど、頭一つと半分背の低い私からすれば当てつけにしか聞こえない。
まぁ、こうして人探しをするときは見つけやすいから五分五分だと思う。
なんて考えていると背中にポスっと妙に軽い衝撃がお酒のにおいと一緒に圧し掛かってきた。
「春香ちゃん、お迎えご苦労さまぁ~。お腹すいたか早く帰ろっか。そういうわけで可愛い妹ちゃんと帰るから君は帰ってくれていいよ~。はい、これタクシー代ね。バイバイ~~。」
お兄ちゃんが背中でゴソゴソと動いているせいで、体の向きを変えるのに思いのほか時間を使ってしまった。
十メートルほど離れたところに綺麗に着飾った女の人が丁寧にお辞儀する。
私もそれに倣って会釈するとその女の人が近付いてきて、その瞳に明確な敵意が宿っていることに気付いた。
その綺麗な人は微笑みながら上品に笑って口を歪に歪めた。
「初めまして、慶吾さんとお付き合いしている矢野 美佳と言います。よろしくね。」
「初めまして、妹の春香です。大変言いにくいのですが、酔ってしまうと連れて帰るときに迷惑するのは私なので、今後このような機会があるときは慎むように言ってくださいね。」
この人は嫌いだ、私は直感的にそう感じた。
微笑みながら返した私の言葉が気に障ったらしく眉を上げてさらに言葉を紡ぐ。
「ごめんなさいね、春香ちゃん。でも私も慶吾さんも大人なんだから気にしなくてもいいのよ。タクシーだってあるし、大人には他にも色々な過ごし方があるから。彼氏と遊びたくなったらいつでも言ってちょうだいね。オジャマムシは私がどこかに連れて行ってあげるから。」
頭の中で血管が千切れるような音が聞こえた気がした。
お兄ちゃんのことになると沸点が低くなる悪癖はいまだ治らないようだ。
ビンタの一つでもお見舞いしてやろうかと思ったところでお兄ちゃんが先に動いていた。
お兄ちゃんは笑顔で私とその人の間に立っていた。
「こら、美佳。春香ちゃんはまだお子様なんだからあんまり刺激の強いこと言ったらダメだろ。それと春香、お前もだよ。美佳はお兄ちゃんの後輩何だから邪険にしちゃいけません。あと美佳、今日は悪いけどお開きな。春香が俺の好きなビーフシチュー作ってくれたんだ。じゃあな、美佳。」
お兄ちゃんはその人のほっぺたにキスすると私の手を引いて歩きだした。
お兄ちゃんが悲鳴を上げていたけど、どうしてかは分からない。
………本当に。