恋って何って
私が入学した高校では年に1回ある、春の文化祭の日に告白をすると、ずっと結ばれるという都市伝説のような話が、ずっと伝わっていた。
そして、私が1年生で初めて文化祭の日に、あちこちの教室を歩いていると、本当にあちこちでカップルが出来上がっていた。
しかし、私には、そんな風に告白をする相手もいなければ、告白をしてくれる人もいなかった。
だから、私は最初の文化祭を一人で過ごした。
2度目の文化祭の時には、友人も出来た。
だが、その友人はすでに彼氏持ちで、私はやっぱり一人で見て回ることになった。
3回目となると、わたしも一人が慣れていた。
文化祭の前日、部室に行くと机に突っ伏したままの後輩が一人だけいた。
そんな後輩に何も言わずに、私がいつもの席について活動を始める。
私が所属している部活は、絵画部ということになっているが、実際は絵なんかほとんど書かずに、ノートに落書きをしているような部活だった。
部員は、私と机に突っ伏している後輩、それとほとんど部活に来ない1年生の3人だった。
机で寝ている後輩は2年生で、彼ももちろん文化祭の話を知っていた。
「起きてって」
目の前で、いつまでも寝続けられているのは、わたしも眠ってしまいそうになるため、ほどほどになってから起こした。
もぞもぞと机に上で動いたと思ったら、バネ仕掛けのように勢いよく跳ね起きた。
「おはようございます、先輩。いつ来たんですか」
「君が寝てる時に」
ノートじゃなくて、スケッチブックを机において絵を描いていた私は、その続きを書き出した。
しばらくぼーっとしていた後輩は、10分ほどしてようやく頭のスイッチがちゃんと入ったらしく、壁際にあるロッカーからノートを取って、落書きを始めた。
「…先輩」
「どうしたの」
私が彼を見ずに聞いた。
「…明日って、文化祭の日ですよね」
「そうよ、それがどうしたの」
「朝って予定とかありますか」
「今のところ、予定は入ってないね」
私は絵を描いていたペンを止めて、少し考えた。
それから後輩を見た。
真剣な顔つきで、私をずっと見ていたようだ。
「朝ならあいてるわよ。8時ぐらいなら大丈夫かしら」
「ええ、大丈夫です。部室で会ってもいいですか」
「いいわよ、鍵は合い鍵があるわよね」
「以前、顧問に作ってもらったものがあります。それでは」
そう言って、後輩は筆記具をすぐにしまって、足早に部室を後にした。
私は、そんな後輩の背中を少し見ていたが、再び絵を描く作業に戻った。
翌日、午前7時55分。
私は部室にいた。
後輩の姿はまだ無い。
私は、後輩がなんでこの日を選んで私をここに呼んだのかと言うことを、ずっと考えていた。
しかし、どう考えても、一つしか結論が出なかった。
8時になるとほとんど同時に、部室の閉まっていたドアが誰かの手によりゆっくりと開けられた。
後輩の姿が、そこにはあった。
「先輩、もう来てたんですか」
「いいえ、今来たところだから」
そう言って、後輩が部屋に入りながら扉を閉める。
今、部室の中には、私と後輩だけしかいない。
後輩が背負ってきていたカバンを床に置いて、私と1mぐらいの間を開けて向かい合って立っていた。
「この高校の文化祭の話、聞いたことはありますよね」
後輩が最初に口を切る。
「ええ、告白するとって言う、あの噂でしょ」
「そうです。それで、実は…」
後輩は何か言いにくそうに詰まり詰まり話し出した。
「高校に入って、どこの部活にしようかと悩んでいる時、俺がふと通りかかったこの部活にいた先輩に惹かれたんです。だから、この部活を選んだんです」
もじもじとしていた先ほどまでの態度から一変して、一気に緊張をしているかのような口調になった。
「それで、先輩には最初から言うべきだったのかもしれません。でも、その決心がつかなかった。そんなことを考えているうちに1年が経って、先輩は今年でいなくなってしまう。それで、ようやく決心がついたんです」
それから、私の両手をとって、じっと見つめ合いながら言った。
「俺と、付き合ってくれますか」
私はわずかに考えて言った。
「いいわよ、でも、この決断が間違いだったって思わせないようにしてね」
そう言うと、後輩の顔は一気に輝いた。
「もちろんですっ!」
ようやく私にも、丸2年間待った恋人が出来た。
それも、文化祭の日だ。
とても上手くいく、前途洋々な気がする。