第22話 上半身の違和感
第22話です。
胸の奥が、熱くなる。
水の中で、体の内側からじんわりと広がる温度。
ひれを動かしても、尾を振っても、熱は消えない。
むしろ、呼吸するたびに増していくような気がする。
鰓で呼吸しているはずなのに、胸の奥で何かが動いている感覚。
それはまるで、自分の体が二つの呼吸を同時にしているような違和感だった。
水が体を包み込むたびに、肺で吸うような感覚が胸に走る。
前世の記憶が、微かに浮かんでくる――冷たい空気を肺に満たした瞬間の感触。
水中で感じるはずのない感覚が、胸の奥に確かにある。
一度、尾を止めて水を押すと、熱はさらに強くなる。
水流を感じながらも、胸の奥で独自のリズムが走る。
呼吸の速度が、鰓の水流と完全にシンクロしていないのがわかる。
目を閉じると、空気の匂い、湿った葉の匂い、前世の街の空気まで思い出す。
意識しなくても、肺で吸う感覚が勝手にリンクしてくる。
そして、さらに奇妙な感覚が加わる。
指先に触覚が戻ったような錯覚。
存在しないはずの指が、ひれの先にあるように感じる。
水をつかもうとして指を握るような動作をしてしまう。
でももちろん、手はひれしかない。
幻覚だとわかっていても、感覚は現実のように鮮明だ。
「…なんだこれ」
心の中で呟いても声にはならず、ただ胸の奥で震えるだけ。
水圧が耳を押し、体全体が流れに任せて揺れる。
なのに、胸だけが熱を帯び、肺の呼吸が勝手に胸を広げる。
水中の自分と、前世の自分が、一瞬リンクしたような感覚だ。
尾を振ってみる。水はいつも通りに流れる。
でも胸の奥の熱は変わらず、指先の幻覚も残る。
自分の体が、鰓で呼吸する魚の体でありながら、前世の肺呼吸も取り戻しつつある――そんな異様な二重感覚。
周囲の魚たちは気にせず泳いでいる。
グラドもいない。
でも、自分だけが、進化の兆しを胸で感じている。
種を超えた進化。
鰓だけでない呼吸感覚が生まれ、前世の知覚がリンクしてくる。
指先の幻覚は恐怖ではない。
むしろ、まだ触れない世界を予感させる。
熱が胸に集中すると、体全体が反応しているのがわかる。
水の抵抗を押し返す力も、尾の振りも、すべてがより精密になった感覚。
幻覚の指で水をつかむように想像すると、体の動きと水の感覚が完全に一致する瞬間がある。
――これは、次の進化の予兆だ。
胸の熱、肺の記憶、指の幻覚。
どれも偶然ではない。
体が、前世の記憶を取り込みながら、水中での新たな存在感を手に入れつつある。
孤高の強者だった自分が、海そのものに適応しながら、より複雑で強力な存在へ進化していく。
尾を大きく振ると、水が軽く跳ねるように動く。
熱が胸から全身に広がり、指の幻覚は尾の動きにまで連動する。
声は出さない。水も反応しない。
でも、すべての感覚が覚醒しつつあるのを、確かに自覚する。
青い水の中、胸の熱と指の幻覚だけが、自分の進化を教えてくれる。
前世の肺呼吸がリンクし、体が新たな次元に進む――そんな静かな爆発感。
自分の心は、まだ静かだ。
でも、水と一体になった体は、もう誰にも止められない力を感じていた。
お読みいただき、ありがとうございました。
いよいよ、です。




