第15話 海中迷路の因縁戦
第15話です。
視界いっぱいに、サンゴが広がる。
枝分かれした白い骨格。
鋭く突き出た岩。
複雑に絡み合う海藻。
ここは、海中迷路。
巨体には、狭い。
尾ひれをゆっくりと揺らす。
水の流れが、枝の隙間で複雑に歪む。
背後から、重い振動。
グラド。
あの巨体が、迷路へと踏み込んでくる。
水圧が、壁にぶつかり、跳ね返る。
振動が乱れる。
以前の私なら、逃げ場を失っていた。
だが、今は違う。
尾ひれを打つ。
加速。
狭い隙間を、滑るように抜ける。
ひれの形状変化が、水を正確に掴む。
背後で、岩が砕ける音。
グラドが、強引に突き進んでいる。
力任せ。
ならば。
左へ急旋回。
直後、急停止。
水流が乱れ、追撃の軌道がわずかにズレる。
その瞬間、真上へ。
枝サンゴの間を縫い、死角へ潜る。
グラドの尾が空を切る。
「遅い」
心の中で、静かに呟く。
以前は、読み合いでも押されていた。
今は、違う。
速さと反応が、確実に上回っている。
グラドが旋回する。
だが、巨体は小回りが利かない。
岩に体側をかすめる。
わずかな傷。
だが、意味はある。
私は、迷路の奥へと誘う。
細く、入り組んだ通路。
尾ひれを小さく動かし、速度を落とす。
焦らせる。
背後から、無理に押し込む気配。
狭い。
巨体が、引っかかる。
今だ。
反転。
全力加速。
顎を開き、側面へ噛みつく。
鱗は厚い。
だが、完全ではない。
進化で強化された顎が、隙間を捉える。
グラドが暴れる。
水流が暴風のように荒れる。
だが、迷路が味方する。
暴れれば暴れるほど、岩に当たる。
体勢を崩す。
離脱。
距離を取る。
心臓が、激しく打つ。
怖い。
一撃でもまともに受ければ、まだ危うい。
だが。
優位だ。
初めて、はっきりと感じる。
互角以上。
グラドが、低く唸るように水を震わせる。
力では押し切れないと、理解したのだろう。
尾がゆっくりと動く。
慎重。
だが、遅い。
私は、もう迷路を読んでいる。
水流の癖。
枝の角度。
岩の死角。
全部、頭に入っている。
左から回り込む。
わざと、姿を見せる。
追わせる。
直角に折れた通路へ誘導。
突進。
直前で急降下。
グラドの巨体が、岩に激突する。
鈍い音。
隙。
腹部へ、再び体当たり。
押し込む。
ほんの、わずかだが。
巨体が、後退する。
静止。
水の中で、二つの影が向かい合う。
グラドの瞳が、細くなる。
怒りではない。
認識。
私は、ただの小魚ではない。
海の迷路でなら、巨体にも勝てる存在。
胸の奥が、熱くなる。
あの頃。
強者の背を見上げるだけだった自分。
今は、違う。
上を取れる。
条件さえ揃えば。
尾ひれをゆっくり動かす。
まだ、決着ではない。
外海に出れば、再び力負けする可能性もある。
だが。
一つ、確かなことがある。
私は、追いついている。
そして。
追い越せる。
その時。
迷路の奥から、低い振動が響いた。
グラドではない。
もっと、深い。
迷路の主か。
あるいは――
この海域の、本当の支配者か。
グラドも、気づいたように動きを止める。
静寂。
戦いは、まだ終わらない。
だが、私はもう知っている。
力だけではない。
戦場を選べば、勝てる。
そして、次は。
この迷路すら、支配する側へ。
お読みいただき、ありがとうございました。




