第12話 小さき狩り、進化の応用
第12話です。
水は、穏やかだった。
だが、穏やかさは油断を誘う。
小さな体で、ゆっくりと泳ぐ。
尾ひれを最小限に動かし、水流の流れを読む。
以前の私なら、ただ流されるだけだった。
今は違う。
水は、読める。
わずかな振動。
遠くで弾ける泡。
小型の生物が群れをなして動く、微細な気配。
――いる。
視界の端。
半透明の小型甲殻類。
私よりわずかに大きい。
以前なら、避けていた。
今は、違う。
尾ひれを止める。
水流に身を預ける。
動かないことで、存在を薄める。
小さな獲物は、私を岩の欠片とでも思ったのか、警戒を緩める。
今だ。
一瞬だけ、尾を打つ。
水を裂く音すら最小限に抑える。
内部進化によって強化された瞬発力が、体を弾丸のように押し出す。
噛みつく。
硬い殻。
だが、以前ほど手こずらない。
耐久特化で鍛えられた顎が、確かな圧力を生む。
殻が割れた。
体内に、熱が広がる。
栄養が染み込む感覚。
小さな成功だが、確実な成長。
「……悪くない」
心の奥で、静かに笑う。
だが、その瞬間だった。
水流が、変わる。
一斉に、小型生物たちが散った。
何かが来る。
振動は、重い。
ゆっくりだが、確実に近づいてくる。
巨大な捕食者ほどではない。
だが、私よりは遥かに大きい。
影が差す。
鋭い口。
横に広がる体躯。
素早さに特化した中型魚だ。
逃げるか。
戦うか。
一瞬の判断。
逃げ切れるかは、五分。
だが、試す価値はある。
尾ひれを強く打つ。
水流を裂く。
相手が反応するより早く、岩陰へ向かう。
だが、速い。
横から、体当たり。
衝撃が走る。
小さな体が弾かれる。
視界が揺れる。
「まだ……!」
骨は折れていない。
耐久特化が衝撃を吸収している。
相手が旋回する。
次は、確実に噛み砕くつもりだ。
ならば。
正面からは、無理。
水流を読む。
相手の尾の動き。
推進方向。
わざと、遅れる。
食いつかれる寸前、体をひねる。
牙がかすめる。
だが、致命傷ではない。
すれ違いざま、腹部に噛みつく。
柔らかい。
相手が暴れる。
水が乱れる。
だが、離さない。
耐久特化が、反動を受け止める。
内部進化が、顎の力をわずかに強める。
血が広がる。
やがて、相手の動きが鈍る。
静寂。
荒れた水の中で、私は浮かぶ。
勝った。
巨大ではない。
最強でもない。
だが、格上だった。
胸の奥で、鼓動が強く打つ。
恐怖はあった。
逃げたかった。
だが、選んだ。
戦うことを。
小さな体でも、戦略と進化を組み合わせれば、格上を崩せる。
「強くなる」
呟きは、水に溶ける。
その時。
遠くで、水が大きく裂けた。
重い振動。
知っている。
あの気配。
グラド。
だが、違う。
以前よりも、さらに重い。
さらに深い。
海の底から、何かが目を覚ましたような、圧。
小さな体が、本能的に震える。
今の私は、強くなった。
だが――
この海は、まだ底を見せていない。
尾ひれを動かす。
逃げるのではない。
向かう。
止まらない成長は、
恐怖の先にしかないのだから。
お読みいただき、ありがとうございました。




