第11話 前世の記憶の片鱗
第11話です。
水は、静かだった。
戦いの余韻だけが、まだ体の奥に残っている。
尾ひれを、ゆっくりと動かす。
小さな体は、確かに前より強い。
だが――小さい。
広すぎる海。
遠すぎる光。
少し水流が乱れただけで、体は簡単に押し流される。
その感覚が、不意に胸を締めつけた。
怖い。
巨大な影。
丸呑みにされた暗闇。
骨が軋む音。
あの瞬間を思い出すと、体の芯が冷える。
けれど、それだけではない。
別の記憶が、ゆらりと浮かぶ。
水の感触ではない。
空気。
重たい重力。
狭い部屋。
――笑われた声。
「無理だよ」「お前にはできない」
胸の奥が、ひりつく。
あれは、いつの記憶だ。
私は、弱かった。
声が小さくて、意見も飲み込んで。
理想を語れば、現実を見ろと叩かれた。
挑戦する前に、諦める理由を並べられた。
そして、いつの間にか。
自分でも、自分を信じなくなっていた。
水の中で、ひれが止まる。
あの時の私は、なぜあんなに弱かったのだろう。
力がなかったから?
才能がなかったから?
違う。
怖かったのだ。
失敗することが。
笑われることが。
切り捨てられることが。
巨大な魚に飲み込まれるよりも、
あの頃の視線の方が、ずっと重かった。
水流が頬を撫でる。
今の私は、小さい。
この海で、最弱と言っていい存在だ。
だが、あの頃とは違う。
圧力が来れば、受け止める。
骨が軋んでも、耐える。
限界が来れば、進化する。
逃げるだけでは終わらない。
自分で、変わると決められる。
尾ひれを強く打つ。
水が割れる。
小さな体でも、確かな推進力が生まれる。
耐久特化。内部進化。
これは、誰かに与えられた力ではない。
選んだのは、私だ。
「なぜ弱かったのか」
答えは、もう出ている。
変わろうとしなかったからだ。
変われないと、決めつけていたからだ。
海は残酷だ。
弱ければ、死ぬ。
だが同時に、明確でもある。
強くなれば、生きられる。
それだけだ。
曖昧な評価も、
理不尽な言葉もない。
力と進化。
それだけが、証明になる。
水面の光を見上げる。
あの頃の私が、もしこの海にいたなら。
きっと、最初の影で飲み込まれて終わっていただろう。
でも、今は違う。
恐怖はある。
震えもある。
それでも、進む。
小さな体を、さらに強くする。
耐えるだけではない。
いずれ、押し返す。
胸の奥で、静かに熱が灯る。
弱さへの怒りではない。
否定でもない。
ただ、確信。
私は、もう止まらない。
水流が変わる。
遠くで、巨大な影が揺れた。
グラドか。
それとも、別の脅威か。
どちらでもいい。
あの頃の私とは違う。
恐怖さえ、進化の糧にする。
尾ひれを打つ。
小さな体が、海を切り裂く。
前世の記憶は、消えない。
だが、それはもう足枷ではない。
原動力だ。
この海の頂点へ向かう、
確かな推進力になる。
お読みいただき、ありがとうございました。




