第八話 運命の輪の逆位置「ズレ」
スミ「えっと……、冬に天体撮影をするときは……、結露を防ぐために、カメラのレンズ周りに、カイロを事前に貼り付け……、カイロってあったっけ……」
スマホを片手に、科学準備室の棚を探す。
スミ「あった。でも一個だけか……。カイロの在庫残り一つ。部費申請が必要っと。あ、貼り付けるテープって何でもいいのかな。えーっと、マスキングテープ? あったかな……」
ヒロト「黒瀬先輩?」
扉から覗くヒロト。
スミ「ヒロト君、こんにちは。どうしたの?」
ヒロト「どうした、じゃねぇ。まだ残ってんのかよ。下校する生徒が多い時間に、混じって帰った方がいいって、前にも言ったよね?」
スミ「あー……、えーっと……、入院してる部員が起きてきたとき、備品が揃ってないと……。ちゃんとしてないと、あの子、怒るし……」
ヒロト「まだ日常気分でいんのかよ」
スミ「え?」
ヒロト「いつ襲われるか、わかんないってのにさ」
スミ「えっと……。ごめん」
ヒロト「バスが来るまで送ってくから、帰る準備しろよ」
スミ「あの、えっとー……、ちょっと待ってて。すぐ終わるから」
ヒロト「早く」
スミ「うん、すぐだから」
申請書を、せかせかと書いていく。
ヒロト「なんで、そんな真面目にしてるわけ? 部活のことなんかより、自分の安全が第一だろ?」
スミ「……ここは私と、入院してるアサコしかいないからさ……。今は私がしっかりしないと……、来年には残ってないかもしれないし……」
ヒロト「ふーん」
スミ「存続のためには、部員だって集めないと……。そうだ、ヒロト君、入ってくれない?」
ヒロト「ばかじゃね。そんなことしてる余裕、俺らにあるかよ」
スミ「え……、あー……、うん……」
夕方の街。
カードを片手に、私服で歩くミドリ。
並ぶ店内をキョロキョロと覗く。
ミドリ「光らない、よな……」
大きい本屋に入り、くまなく回る。
ミドリ「……ここには、いねえか」
カードを眺めながら、住宅地を歩く。
次第にぼんやりと輝きだすカード。
ミドリ「っ!光り出した……!」
周りを見回す。
ミドリ「どこだ……?」
早足で歩く。
強く輝きだすカード。
ミドリ「ちけぇ……」
次第に輝きは弱まる。
ミドリ「通り過ぎた……?」
振り返る。
誰もいない住宅地。
来た道を戻る。
また強く輝きだすカード。
ミドリ「ここだ……。間違いない。感じる……」
一件の家の前。
カードをパーカーのポケットに隠す。
震える指。
インターホンを押す。
……ピンポーン
足が震える。
『はい』
ミドリ「あ! あの……、聞きたいことがあって」
『……なんでしょう?』
ミドリ「……え、えっとー……、願いを叶えるカードって言ったら、わかりますか?」
『……』
心臓の音が聞こえるよう。
家の扉が開く。
女性。
ミドリ「あ! あの!」
女性「あなたも……、あのカードを?」
ミドリ「は、はい!」
女性「それで……、どんな御用件ですか?」
ミドリ「あの、えっと……、アタシ、カードを集めようと思ってて……」
女性「そう……、ですか……。立ち話もなんですから、上がられますか?」
ミドリ「え? は、はい!」
家に招かれる。
リビングのテーブルに座る。
女性「まさか、カードを持った人が他にもいたなんて。正直、驚いています」
ミドリ「ア、アタシも!」
女性「少し、ここでお待ちいただけますか?」
ミドリ「はい!」
女性「二階に置いてあるので、持ってきます」
ミドリ「わかりました!」
静かな家の中。
ブルブルと震える足。
女性「きゃあ!!」
ミドリ「わ!?」
立ち上がる。
ミドリ「ど、どうしました!?」
返事がない。
ミドリ「あ、あの!」
廊下に出る。
階段の下まで行く。
ミドリ「大丈夫ですか!?」
返事がない。
ミドリ「あの! 上りますね!」
駆けあがる。
ミドリ「ここですか!?」
二階にある、開かれた扉。
中を覗き込む。
尻もちをついて放心している女性。
ミドリ「なにが……」
女性「あ、あれ……」
棚を指差す。
置かれている、光るカード。
ミドリ「カードだ……」
女性「ここに来たら、光ってて……、今まで、こんなの見たことがなくて……」
ミドリ「だ、大丈夫ですよ! これ、別の人のカードが近づくと、光り出すんです!」
女性「え……?」
ミドリ「ほ、ほら!」
パーカーから一枚の光るカードを取り出す。
女性「あ!」
ミドリ「ね? こいつら、近くにあるカードに反応してるんですよ!」
女性「きみが悪いわ……」
ミドリ「ま、まぁ……、そ、それだったら! アタシに、そのカード、ください!」
女性「え?」
ミドリ「アタシ、こういうの、平気なんで!」
女性「……」
棚に近づくミドリ。
女性「あなたは……、願い事があるの?」
ミドリ「え?」
カードを取ろうとして振り返るミドリ。
女性「そのカードって、願いを叶えるの?」
ミドリ「さ、さあ……。わかりませんけど……」
女性「あなたは、願いごとのために、カードを集めようとしてるのよね?」
ミドリ「は、はい……」
女性「私にも、願い事があるの」
ミドリ「え……?」
女性「私ね、子供を作れないの……」
ミドリ「は、はあ……」
女性「嘘だと思ったわ、願いを叶えるなんて。でも、そのカードを拾わずにいられなかった」
ミドリ「はい……」
女性「今、思ったの……。今日、あなたがカード持って現れて、私のカードが光り出した」
ミドリ「えっと……」
女性「そのカードを集めたら、願いは叶うんじゃないかって、嘘じゃないって思えてきたの」
ミドリ「あの……」
女性「やっぱり、そのカードはここに置いておくわ」
ミドリ「いや、ちょっと、あの!」
女性「ごめんね、役に立てなくて」
ミドリ「あ、あの……」
ミドリがうつむいてブルブルと震える。
ミドリ「ご、ごめんなさい!!」
棚のカードを手に取り、走り出す。
女性「あ! 待って!!」
後ろから女性がしがみつき、倒される。
女性「置いて帰って! そのカード!」
ミドリ「い、いやです!」
女性「泥棒!!」
ミドリ「は、はなして!!」
女性の頭をバンバンと叩く。
離れない女性。
女性「返しなさい!!」
ミドリ「必要なんです!!」
肩を押して引きはがそうとする。
ミドリ「はなして、ください!」
女性「返してくれるまで、離さない!」
ミドリ「も、もう!!」
女性の顔に、力いっぱい肘内をする。
女性「あっ!!」
手がほどける。
部屋から這い出す。
ミドリ「はっ!はっ! ああ!」
階段の手前。
女性に壁へ押し付けられる。
おでこと、おでこが押し付け合う。
女性「それを離して!!」
ミドリ「嫌だ!!」
女性「ああああ!」
女性が振りかぶって頭突き。
ミドリの顔が、壁と女性の頭に挟まれる衝撃。
ミドリ「ああっ!!」
女性「うう!」
また頭突き。
ミドリ「うあっ!」
女性がまた、頭を反る。
ミドリ「あ、あ、やめ!」
また頭突き。
ミドリ「うっ! うう!」
目のはしに写る、
壁に押し付けられた自分の手。
握りしめるカードの輝き。
ミドリ「だ、だめだ!! ごろしだくない!」
女性「ううう!」
再度、思いっきりの頭突き。
ミドリ「あぐっ! う、うううう、」
女性「いい加減! それから手を離しなさい!!」
ミドリ「う、うわあああ!!」
壁を背で押すようにして、押し返す。
女性「こ、この!!」
今度は床に叩きつけられ、
上から身体で押さえつけられる。
ミドリ「は、はなしてええ!!」
女性のお腹を蹴り上げる。
宙に浮く女性。
女性「あ……」
女性の身体が階段に落ちていく。
ミドリ「ああ!!」
ダン! ゴロ、ゴロ、ドン!!
派手に階段を転がる女性。
ミドリ「はっ! はっ! はっ!」
階段を覗き込む。
倒れている女性。
ミドリ「だ! 大丈夫ですか!?」
階段を駆け下りる。
しゃがんで女性の様子を伺う。
目を閉じて動かない女性。
ミドリ「ど、どうしよ! どうしよう!!」
裸足のまま、家を飛び出す。
ミドリ「どうしよ! そうだ、救急車!!」
スマホを取り出し、電話アイコンを押す。
ミドリ「だ、だめだ! 私がやったってバレる! こ、公衆電話!!」
住宅地の中を駆けまわる。
公衆電話は見つからない。
ミドリ「はっ! はっ! なんでっ! なんでだよっ!」
少し離れたところのコンビニ。
店外のゴミ箱を整理する店員。
店員「いらっしゃ~……」
ミドリ「助けて! 人が……、お姉ちゃんが家で倒れて!!」
店員「え、ええ!?」
ミドリ「きゅ、救急車呼んで!!」
店員「じゅ、住所は!?」
ミドリ「わかんな……、ちが、コッチ!!」
店員「ちょ、ちょっと!」
店員の手を引いて走り出す。
ミドリ「はっ! はっ! はっ!」
女性の家の前まで店員を引っ張ってくる。
ミドリ「ここ!!」
店員を引き連れて、家に飛び込む。
階段で倒れている女性。
店員「う、うわわわわ」
ミドリ「救急車!!」
店員「あ、ああ……」
店員がスマホをポケットから取り出す。
ミドリ「早く!!」
店員「ま、待って! あ! 救急車お願いします! 女性が家の中で倒れてて!」
ミドリ「つながった!?」
店員「静かに! あ、えっと、ここの住所は、ねえ! 住所教えて!」
ミドリ「え!? あ、あとのこと、任せるから!」
店員「ええ!?」
ミドリが玄関の靴を持ち上げ、走り去る。
古いアパート。
ミドリの家。
ミドリの母「おかえりなさい」
無言で自室に駆け込む。
ミドリの母「ミドリ?」
ミドリ「はあーっ、はあーっ」
机を開け、カードを投げ入れる。
ミドリ「こ、これで……、三枚……」
引き出しを閉める。
ベッドに倒れ込む。
ミドリ「……う、うぐ……、うああ、うううう、うあああああああ!」
涙が止めどなく溢れ、顔を抑える。




