第四十八話 恋人
幸土の研究室でカードの束を持つミドリ。
ミドリ「まだ、だめだ……、何も起きないし、感じやしねえ」
秋穂「警察が押収したカードから、渡される枚数は少しずつ増えてはいるけど、まだ願いが叶うには届かないか」
幸土「現状42枚。警察が所持しているカードや、失踪している者のカードを考えれば、どうやらカードの総枚数は50を超えているようだな」
ミドリ「……なあ、この実験も大事だけどさ、今は私もスミを探したほうがいいと思うんだよ」
秋穂「黒瀬さんが失踪して数週間。まだ捕らえることは出来ないでいる。ここ数日はどこにいるのかすら掴めていないわ」
ミドリ「新藤は? アイツならスミを見つけられるんじゃ」
秋穂「彼も同様。いったいどこに居るのかしらね」
コンコンコン
早乙女刑事が研究室に入ってくる。
早乙女「失礼します。秋穂さん、幸土教授、本日の捜索協力をお願いに参りました」
幸土「……ああ。では行こうか」
研究室を出ていく幸土と早乙女。
早乙女「先日、幸土教授が仰っていたように、今日は市内の外縁まで行きます」
幸土「ああ、この一週間、新しいカードは見つかっていない。市街地にはカードを所持している者は、もう居ないのではないかと感じていてね」
早乙女「ええ。それは水際たちも言っています。既に限られた人数の元にカードは集まっている気がすると」
幸土「ああ、全てのカードが揃うのも、時間の問題だろうな」
研究室で鞄に荷物をまとめる秋穂。
秋穂「それじゃ西野さん、私も捜索に行くから、今日はこれで解散ね」
ミドリ「……わかった」
手に持つカードの束を秋穂に渡す。
秋穂「暗い顔ね。大丈夫よ、そのうち黒瀬さんも見つかるわ」
ミドリ「な、なあ! アタシに出来ることって、何かないか?」
秋穂「そうね……」
カードの束から、一枚を抜き出す。
ミドリ「それ、アタシのカード?」
秋穂「そう、あなたが最初から持っていたものよ」
一枚のカードをミドリに差し出す?
ミドリ「え?」
秋穂「しー」
ミドリ「う、うん……」
秋穂「警察は、研究以外で貴方がカードを持つことを、許していないようだけど、私はその判断は間違いだと思うの」
ミドリ「……」
秋穂「今はカードを早急に集める必要がある。黒瀬さんや、新藤君も、きっとそうしているはず。だからね、あなたも探してみたら? あの二人を」
ミドリ「あ、ああ」
カードを受け取る。
秋穂「じゃあ、行くわね」
笑顔で出ていく。
ミドリの叔母フミコの家。
ミドリ「ただいまー」
フミコ「あ……、お帰りなさい。ミドリちゃん……」
ミドリの母「……」
ミドリ「あの、なんかあった?」
フミコ「実は……」
ミドリの母「お父さんの工場、なくなってたのよ」
ミドリ「え……」
ミドリの母「借金取りが来るから、来ないでくれって言うから……、う、ひっく」
ミドリ「どういうこと……?」
フミコ「……実はね、姉さんとお義兄さんは、離婚するために動いてたのよ」
ミドリ「え!?」
フミコ「ミドリに迷惑をかけないためよ。借金のことでこれ以上、迷惑が掛かってはいけないからって」
ミドリ「そ、そんな!なんで言ってくれなかったの!?」
ミドリの母「ごめんなさいね……、でも、いつか、また皆で暮らせると思って……」
ミドリ「親父は? 親父はどうしたんだ? 工場で寝泊まりしてるって言ってたよな?」
ミドリの母「わからないの……」
ミドリ「は?」
ミドリの母「どこに行ったか、わからないのよ……、う、うう……」
ミドリ「嘘だろ……」
飛び出していくミドリ。
フミコ「ど、どこ行くの!ミドリ!」
夜の住宅地の中を駆ける。
ミドリ「はっ、はっ、はっ、カードだ、カードを集めなきゃ、早く!」
走り続けて、学校の近くまで。
ミドリ「……どうしたら、どうしたら」
幸土の言っていたことが思い出される。
幸土『カードの総枚数は50を超えている』
幸土『この一週間、新しいカードは見つかっていない』
幸土『既に限られた人数の元にカードは集まっている』
ミドリ「はっ、はっ、はっ、そ、そういうことか、スミ、スミだ!」
スマホを取り出す。
スミの番号を探して、コール。
ミドリ「で、出てくれ……、スミ、頼む……」
“おかけになった電話は電源が入っていないか、電波の届かないエリアに居るため、かかりません”
ミドリ「……そ、そっか……。かかる訳ねーよな。スミは逃げてるんだから……」
学校の校門の前でしゃがみ込む。
夜も更ける。
明かりの消えた校舎。
ミドリ「……帰りたくねーな」
冷たい夜風。
ミドリ「ここはさみぃな……校舎開いてっかな……」
締まりきっていない校門の隙間を通って校内へ。
校舎の扉を開けてみる。
ガシャ、ガシャ
ミドリ「開いてるわけねーか」
ピロリン
ミドリのスマホが鳴る。
取り出し、画面を見て驚く。
“スミ:どうしたの?”
ミドリ「ス、スミだ!」
“ミドリ:助けて“
シュッ
“スミ:なにかあった?”
“ミドリ:会いたい”
シュッ
“スミ:一人?”
“ミドリ:ひとりで学校に居る”
ミドリ「……」
“ミドリ:スミにしか頼めない”
“ミドリ:学校で待ってる”
返信はない。
冷たい夜風。
ミドリ「……。スミ……、来てくれるかな……」
校舎の入口の前でうずくまる。
ミドリ「ん……」
校舎の隅、三角座りで縮こまって寝ていたミドリ。
スマホを見ると時刻は深夜。
スミからの返信はない。
ミドリ「……帰ろう」
ドクン
起き上がろうとして違和感に気づく。
温かいジャケットのポケット。
ミドリ「……ち、近くにカードが……」
ばっと立ち上がって周りを見回す。
ミドリ「どこ……、どこだ……」
違和感に導かれるままに飛び出す。
ミドリ「はっ、はっ、はっ、あ!」
スミ「……西野さん」
校門の内側にスミの姿。
ミドリ「す、スミ!」
スミ「来たよ。学校」
ミドリ「あ、ああ、ありがとう。来てくれたんだ」
スミ「どうしたの? 助けてって」
ミドリ「あ、うん。助けてくれないか、スミ」
スミ「何を?」
ミドリ「アタシの家、もう限界なんだよ」
スミ「限界?」
ミドリ「ああ。親父がどっかに消えちまった。もう、前みたいな家庭には戻れなくなっちまったんだよ」
スミ「そうなんだ」
ミドリ「だからさ、願いたいんだよ! カードに!」
スミ「うん」
ミドリ「スミ、頼むよ、貸してくれないか、スミのカード!」
スミ「どうして?」
ミドリ「た、足りないんだよ!今、幸土のオッサンとこで、沢山のカードを持って祈ってる!でも、まだ願いは叶わないんだ!」
スミ「……それで?」
ミドリ「スミの持ってるカードも使えば、願いが叶うかもしれない!だから!」
スミ「嫌だよ」
ミドリ「え……?」
スミ「私だって、願いを叶えたい。それが私の責任だから」
ミドリ「た、頼むよ! お願いだ、スミ!」
スミ「話はそれだけ? もう行くね」
ミドリ「ま、待ってくれ!」
ミドリがカードを包丁に変化させる。
ミドリ「力づくでも、頼みを聞いてもらう……」
スミ「……ふーん」
スミはカードを金色の円盤に変化。
ミドリ「カードを貸してくれ」
スミ「嫌」
ミドリ「どうしても?」
スミ「うん」
ミドリ「……」
スミ「……」
ミドリ「スミ……、ごめん」
ミドリの周囲に複数の包丁が浮かび上がる。
スミ「……」
ミドリ「ごめん! スミ!!」
包丁の群れが踊るように飛び、
スミに向かって突き進む。
スミ「私を、守って」
カー、カー、カー、カー!!
カラスの大群が上空から降り注ぐ。
スミの前で包丁に突き刺さり、落下するカラスたち。
地面でのたうつカラスたちと、血だまり。
ミドリ「な!?」
スミ「……私には通じないみたい。西野さんの武器」
ミドリ「今の……、スミが?」
スミ「もう終わりにしない?」
ミドリ「……」
再度ミドリの周囲に浮かび上がる包丁たち。
ミドリ「終われない。もう、私の人生は終わってるから」
スミ「……西野さんは、まだ生きてる」
ミドリ「生きてたって!もう終わってんだよ!」
包丁の群れと共に、スミに向かって駆け出す。
スミが円盤をカードに戻し、
別のカードをアイスピックへ。
スミ「近づかないで」
アイスピックを逆手に振る。
フォンッ!
上空から突如舞い降りる鉄の杭。
ズガンと大きな音を立て、ミドリの目前に突き刺さる。
バラバラと弾け飛ぶ包丁たち。
ミドリ「な!?」
スミ「避けた方がいいよ」
ミドリ「はあ?」
スミ「上に注意して」
ミドリが上を見上げる。
スミがアイスピックを振ると同時に、
空高く出現する大きな鉄の杭。
ミドリ「う、うわ!」
後ろに飛び跳ねる。
ズガン!!
ミドリの足元に杭が突き刺さる。
ミドリ「はあ……、はあ……」
スミ「ねえ、願いから、もう降りない?」
ミドリ「な、なんて……?」
スミ「もう、カードに願うことをやめなよ」
ミドリ「な、なんで!?」
スミ「私はカードに願うしかできない。でも、カードを手に入れることは誰かを傷つけることになるんだよ」
ミドリ「そんなの、わかってる!」
スミ「やり直せると思う。西野さんの人生。今からだって」
ミドリ「う、うるせええ!」
包丁を抱えて駆け出す。
ミドリ「何がわかるんだよ!家族のことで苦しんだことも無い癖に!」
スミ「……苦しいんだね」
ミドリ「そうだよ!」
スミ「楽になりたい?」
ミドリ「ああ!」
スミ「……わかった、やってみる」
ミドリ「はあ!?」
アイスピックをカードに戻し、
さっきのカードを金色の円盤に。
スミ「……お願い。西野さんを、西野さんを苦しみから解き放って!!」
輝く金色の円盤。
ミドリ「な!?」
ドクン!!!
強烈な胸の痛み。
ズサアアア!
スミの手前で、地面に倒れるミドリ。
視界がぼやける。
ミドリ「え……、あ……」
スミ「に、西野さん……?」
ミドリ「あ、う……」
顔面蒼白で、大量の汗を拭きだすミドリ。
スミ「だ、大丈夫……、西野さん……」
ミドリ「……」
既に意識のないミドリ。
スミ「うそ……、そんな、こんなはずじゃ……」
スミの震える手。
スミ「ごめん……、ごめん……、こうなるなんて、思わなかった……」
ミドリ「……」
ミドリの手の中にあるカードを拾う。
スミ「救急車呼んでおくから……、死なないでね。……また会おうね」
走り去るスミ。
スミ「こうするしかなかった……、こうするしか……」
震える唇。
闇の中を走る。




