第四十六話 月
水際「え、新藤ヒロトが? 見失ったって……、まずいわね」
車を道路わきに停め、歩道で電話中の水際。
スミ「……」
歩道の隣、市街地の雑居ビルを見上げるスミ。
水際「え、ええ……。わかった。署で合流しましょう。ええ」
スマホを内ポケットにしまう。
スミ「……ヒロト君、何かあったんですか?」
水際「カードの引き渡しを拒否し、逃亡したそうよ。その際に白川さんも負傷。病院に運ばれてる」
スミ「……そうですか」
水際「黒瀬さん、白川さんが来れないなら、突入は無理よ」
スミ「この建物、すごい違和感。何枚もカードを持ってる人がいますよ。見逃すんですか?」
水際「私達だけじゃ難しいわ。援護の無い今、複数枚持ちと接触するのは危険だし、ここを離れた方がいい。数人こちらに回して監視に当たってもらうわ」
スミ「対策室でカードの扱いに慣れているは、ナオちゃんと私達だけ。ここを離れたら取り逃しますよ」
水際「成功率の低い突撃かますよりマシでしょ。さ、車に乗って」
スミ「……」
雑居ビルに入っていくスミ。
水際「ちょっと、待ちなさい!」
階段を降りていくスミ。
地下一階のインターネットカフェに入る。
店員「いらっしゃいませ」
スミ「……」
水際「黒瀬さん!待ちなさいって!」
追い付いてきた水際が、スミの手を握る。
水際「引きましょう。相手がやる気じゃないなら、逃げられる」
スミ「もう、すぐそばに居るのに」
水際「だからよ。こんな所で、やり合いたくないし」
店員「あの~、ご利用になりますか?」
水際「いえ、帰るわ」
スミ「使います」
水際「黒瀬さん!」
スミ「カード、使います」
水際「え……」
スミがカード取り出し、藍色のメダルに変化させる。
水際「や、やめなさい!」
スミ「探し当てろ。カードを持ってる奴」
水際「やめて、黒瀬さん!」
ガサガサガサガサガサ
天井の吸気口や、エアコンから、大量のムカデやゴキなどの虫が這い出てくる。
店員「え……、ぎ……、ぎゃあああ!」
客「きゃ、きゃああああ!!」
客「なんだ!うわあああ!」
店内をはい回る無数の虫。
パニックを起こした客たちが個室から飛び出し、
スミたちの横を走り過ぎていく。
水際「と、止めろ!!早く!」
スミ「見つけた」
水際「え」
シュン!!
突然一つの個室ブースから、針金のような鉄線が飛び出す。
カクンと降り曲がり、スミ目掛けて伸びてくる。
水際「危ない!」
スミを抱いて床に倒れる。
ザシュ!
鉄線が床を突き刺す。
スミ「……鉄線の武器。三度目だね、あなたと出会うの。今日は逃げないよ」
水際「逃げましょう!」
スミ「……無駄ですよ。もう見つかっちゃったんだから」
スミが立ち上がる。
逃げ遅れた客たちが店を出ていく。
店内に響き渡る虫のひしめく音。
シュルシュル……
床に刺さった針金が抜かれて、戻っていく。
突然、カクンと曲がってスミの顔に向かって伸びる。
プシッ!
スミが顔をそらして避ける。
鼻頭を鉄線がかすめて、血がにじむ。
水際「黒瀬さん!」
スミ「隠れてないで、そこから出てきなよ」
スミが藍色のメダルをカードに戻す。
反対の手には別のカード。
スミ「武器になれ」
カードが光となって伸びる。
ズガガガガガガ!!!
カードが光りながら伸び、
ネットカフェの個室の仕切りを破壊していく。
水際「な……」
ズガアアアン!!
伸びた光が円柱を描き、丸太に変化する。
鉄線が飛び出してきたブースは跡形もない。
水際「黒瀬さん!! もうやめなさい!」
スミ「まだ終わってない」
ガラガラ……
ガレキの山から這い出てくる中年の女。
髪はボサボサとして、長く伸び、やせ細った身体。
手に持つのは、糸巻のように細い鉄線が撒かれた物。
そこから伸びる鉄線。
やせた女「はあっ……、はあっ……」
水際「カード使い!」
スミ「覚えてますか? ライブハウスや、商店街で私を襲ったこと」
やせた女「……さあね。戦っている最中に、相手の姿なんか見たくないから」
スミ「あなたの鉄線は遠隔操作ですもんね。どうですか? やられる側に回った気分は?」
やせた女「……嫌な感じだわ」
シュルシュル!
女の糸巻が鉄線を勢いよく巻く。
スミの目前まで戻る鉄線。
スミ「……」
シュン……、ダッ。
スミが丸太をカードに戻し、勢いよく駆け出す。
鉄線の先端を避け、線と並ぶように走る。
やせた女「この……」
カクンと先端を曲げ、スミを突き刺すように伸びる鉄線。
カクン、カクンと曲がり、スミの背後に鉄線の先端が迫る。
水際「そこまで!!」
ギン!
水際が銀色の斧のような武器で鉄線を切る。
やせた女「あ、ああ」
スミがやせた女の目前で立ち止まり、
カードを突きつける。
水際「だ、だめよ!黒瀬さん!」
スミ「……武器になれ」
スミのカードが光りながら伸び、女を突き飛ばす。
やせた女「がっ」
ズガガガガガガガ!!
光りは女を突き飛ばしながら一直線に伸びる。
その道中にあるブースや本棚をなぎ倒しながら。
ドオオオン
壁に叩きつけられる女。
光りは丸太となり、壁に女を押しつぶす。
水際「な……」
スミ「……陰湿で卑怯者な人。正面から向き合えば、大したことなかったですね」
丸太が縮んで、スミの手元でカードに戻る。
ドシャ
女が床に落ちる。
ザ、ザ、ザ、ザ、
女に近づくスミ。
水際「黒瀬さん……。動かないで」
スミ「……」
水際を無視して、やせた女のポケットをまさぐるスミ。
十枚近いカードの束を取り出す。
水際「黒瀬さん、あなたのやっていることは、もう捜査じゃない」
スミ「……カードは手に入れましたよ?」
水際「やりすぎよ」
スミ「さっきの攻撃を見ませんでしたか? やらなければ、私たちがやられていました」
水際「あなたが私を無視して、ここに踏み込んだからよ。こんなの、許されるわけない。必ず処罰が下るわ」
スミ「……そうですか。……でも、もういいです」
水際「もういい?」
スミ「だって、カードを集めたって無意味じゃないですか。カードを研究するために教授の所に渡されるんですよね? 私が今持っているカードだって、取り上げるんでしょ?」
水際「仕方がないのよ。カードは公的管理、研究が必要と決められたの。上層部が決めたことに逆らうことは許されない。あなたにもわかるでしょ」
スミ「どうしてですか? 私のカードまで取り上げるなんて。私、カードを渡しても良いなんて、言ってません」
水際「カードはね、もう個人が持っていて良い物じゃ無くなったのよ。危険すぎるの。公的な管理が必要なのよ。貴方だけじゃない。誰一人として持っていてはならないのよ」
スミ「じゃあ私って、何のために貴方たちへ協力してるんでしょうか」
水際「私達の目的はカード犯罪の抑止よ。貴方だってそれに協力してきたじゃない。その見返りに、私達はあなたのお母さんを保護している。あなたがそれを望んだから!」
スミ「協力していたのは、私にカードを持っていても良いと言ってくれたからです。私はアサコを目覚めさせるために、カードを集めてる。だからカードは手放したくない」
水際「わかってるわよ。その気持ちを私達が利用したこともね。でもね、だからって、こんなの許されていいものじゃないわ。あなたが今やったことは、カード犯罪そのものよ」
スミ「仕方ないじゃないですか。向こうもカードを持ってたんですから」
水際「やり過ぎなのよ。黒瀬さん、あなたを拘束します」
スミ「私を、拘束……?」
水際「そうよ、そこから動かないで」
スミ「そうなったら、アサコはどうするんですか?」
水際「もう、あなたが気にすることじゃない。あなたがカードを集めることは、許されなんだから」
スミ「気にすることじゃない? ……私のせいでアサコがあんなことになってるのに?」
水際「あなたには何も出来ないわよ。そもそもね、得体の知れないカードに、大事な願いを託そうなんて、そんな都合の良いことがあると思う? 医療を信じて待っていなさい。友達が目を覚ますことを」
スミ「……嫌ですよ。手放せって言うんですか? 奇跡が起きる可能性を」
スミが拾い上げたカードを変化させる。
女の持っていた、鉄線の糸巻。
水際「な、なにを!?」
スミ「私がアサコを目覚めさせなきゃ。それが私に科された責任だから」
シュバ
糸巻から鉄線が伸びる。
水際「な!?」
ザシュ!
水際の腕を鉄線が貫く。
水際「うっ!」
手から落ちる銀色の斧。
斧はカードに戻り、ガレキの上に落ちる。
ザ、ザ、ザ、
カードを拾うスミ。
水際「う、動くな!」
スミに銃を突きつける。
スミ「……」
水際「動けば撃つ!」
スミ「……さようなら、水際先生」
ギンッ!
スミの糸巻から鉄線が伸びて、銃を弾き飛ばす。
水際「ああ!」
シュルシュル
鉄線の先端に銃を引っかけて、手元に手繰り寄せるスミ。
水際「く、黒瀬さん……」
スミ「お願いです。追ってこないでください。私一人でも……、カードを集めて見せますから」
水際「駄目よ、戻りなさい! 黒瀬さん!」
銃を片手に店を出ていくスミ。
腕を押さえて、その場に立ち尽くす水際。




