第四十話 星・正義「理想の世界」
スミ「市之瀬参事官。コーヒーを淹れたのですが」
市之瀬「ああ、ありがとう黒瀬さん。ふー、やれやれ」
スミ「何を書いていたんですか?」
市之瀬「上に許可を頂くための書類をね。先日、幸土教授が、我々が押収したカードを研究したいと言っていただろう? それの許可をね」
スミ「そうでしたか……」
市之瀬「心配しているんだろう?」
スミ「え……?」
市之瀬「彼が持つカードの枚数が増えることで、願いを先に叶えられてしまうのではないかと」
スミ「あ、えっと、その……」
市之瀬「以前カードが一人の人物の元に集まることを、黒瀬さんは懸念していたよね。その意見は取り入れているよ。一度にカードを渡したりしない。段階的に渡して、教授の出方を伺うつもりさ」
スミ「はい……、ありがとうございます」
市之瀬「それと、対策室の人間を、カードの監視目的で教授の研究室に出向させるつもりだ。彼の得た研究結果の共有もスムーズに進むだろう」
スミ「カードのこと、もっと知りたいですもんね……」
市之瀬「ああ。気を悪くしないでくれ。理解してくれるかな、黒瀬さん」
スミ「……わかりました」
市之瀬「今、水際が教授の研究室に出向いている。上手く話しをまとめてくれていたら良いんだけどね」
水際「わー、この感じ懐かしー」
市内の私大の一室。
幸土教授の研究室に足を踏み入れる。
幸土「気に入っていただけたかな?」
水際「数年前は、私も学生でしたからねー」
幸土「どうぞ、座りやすい所を使ってください。この後、客人も来るようだから、話は揃ってからにしましょう」
水際「あれー? 私お邪魔ですかー?」
幸土「いいや。君にも無関係の話ではないだろうからね」
水際「無関係じゃない?」
秋穂「こんにちは。お邪魔していいかしら?」
幸土「ああ、待っていたよ。これで役者は揃ったね」
水際「秋穂先生が……?」
幸土「ああ、私達はお互いの理念や目的が一致してね。共に研究を進めている」
水際「ええ……。お話には聞いていましたけどねー……」
秋穂「あなた達からしても、研究が早く進む方が良いのではなくて?」
水際「もちろんですー。ご協力ありがとうございまーす」
幸土「どうだろう、秋穂さん、彼女にも君の理念を共有しては」
秋穂「うーん……、そうですねぇ」
水際「理念……?」
秋穂「わかりました。水際先生も、わかってくださる気がします」
幸土「ああ。彼女も我々と似た所がある」
水際「どういう……、お話ですかー?」
秋穂「もちろん、それは私達の願い事の話です」
水際「……願いごと、ですか」
幸土「水際さん、君はこの世の不公平をどのように捉えているのかな?」
水際「……不公平?」
幸土「産まれた国、家、ただ、その場所に生まれたというだけで、他者とは違う幸福を、あるいは責任を、そして他者とは違う不幸を持たされる。不公平だとは思わないかい?」
水際「わからない話ではないですけどー。大抵の人は、それを飲み込んで生きているのでは?」
秋穂「そうね。そして、自らの置かれた立場から抜け出そうと、努力し、生きる場所を変え、人生を変えようと藻掻く人もいる。成功を求めてね」
水際「努力とか、成功とか、私あんまり興味ないかもー」
秋穂「くだらないと思わない? 自分一人が成功したいと考え、努力する、その心を」
水際「え、えー……。でも、そういう物じゃありません?」
幸土「社会全体の問題と捉えるべきだ。個人個人の成功を求めることなど、何の解決にもならない。この世界の不公平こそが、根本の問題であるはずなのに」
水際「だってー、そんなの、どうしようもないじゃないですか」
秋穂「どうしようもないわね。でも、変わる可能性が、わずかにある」
水際「わずかに? 人権活動とかですか?」
幸土「カードだ」
水際「え……?」
秋穂「カードは願いを叶えるとされている。あなたもカードを初めて手にした時、聞いたのではなくて? あの声を」
水際「カードを集めたら願いを叶える……。幻想ですよ。あんなの」
幸土「そうだろうかねぇ。もし、君の言うように、それが幻想だというのなら、ダメ元で試してみてもいいと思うのだがねぇ」
水際「試してみるって……。カードに願い事をするんですかー? 世界の不公平を無くしてって? そんなのどうやって?」
秋穂「全世界の人の脳内から、貨幣価値という概念を消失させる」
水際「は、はいー!?」
秋穂「たとえ、それが一瞬の出来事であったとしても充分。世界中の人の価値基準が崩壊すれば、今のアンバランスな世界も崩れるはず」
水際「そんなこと、本当にできると思ってますー?」
幸土「並行次元論を君は理解しているかな?」
水際「はい? 何の話ですか?」
幸土「異なる可能性があった世界が、幾つもの次元として並んでいる。わずかな違いがあった世界がね。聞いたことはあるだろ?」
水際「ありますけど、突然なんなんです?」
幸土「カードはそれに干渉することが出来る。そう考えている」
水際「は、はあー!?」
秋穂「仮説よ。すこし違った可能性を呼び寄せる。そこに、植物があったら、そこに風が巻き起こっていたら。そこに存在しえない物があったらどうなるかと。カードの所持者はそれを無意識に操ることが出来る」
水際「ば、馬鹿らしい! 一気にうさん臭くなりましたよ、この話!」
幸土「そう思うかどうかは、君次第だ。いずれ分かるかもしれないな、それが本当かどうかは」
水際「馬鹿バカしい……」
幸土「カードは願いを叶えると言う。そんなもの、どうやってだね。つまりは、異なる次元と現在を入れ替えようというのさ。それなら、簡単そうに思えるだろう?」
水際「いいえー、まったく。ありえないことですー」
秋穂「ひとつ教えてくれない? あなたはこの世界の不公平を、良しとしているかどうかを」
水際「そりゃあー。私だって、ちょっとはおかしいとは思いますけどー」
幸土「なら、見ていてくれたまえ。その違和感が覆る可能性があるのだからね」
秋穂「カードの力で、願いを叶えることができるのであれば、それは個人の願いを叶えるにはもったいないこと。世界中の人のために、最も正しい願いをしなければならない。それを私達は考えているのよ。わかるかしら?」
水際「正しい、願い、ですか……」
秋穂「きっと、あなたも理解してくれるはず。正しいカードの使い方を」
水際「……」




