第四話 節制の逆位置「不調和」
秋穂「……」
スミ「……」
日の落ちた田園の中を走る、黒いスポーツカー。
エンジンの音だけが響く。
秋穂「彼、どう思う?」
スミ「え?」
秋穂「新藤ヒロト君」
スミ「あ、えっと……、後輩なのに、しっかりしてるなって」
秋穂「しっかりしてるよね~。カードも強いみたいだしね」
スミ「ええ。私には出来ないなって」
秋穂「態度も偉そうだし」
スミ「えっと、そうかも、ですね」
秋穂「強がっちゃってるのよ」
スミ「え?」
秋穂「本当は弱い。少なくとも、ちょっと前まで弱かった。それが裏返って、今の彼になってる。そういう人は心の奥を揺さぶられたら、すぐに崩れちゃう」
スミ「そういうものなんですか?」
秋穂「何となく、そう思うかな。反面、黒瀬さんは安定してる。誰に対しても態度を変えずにいれるよね?」
スミ「そうでしょうか……」
秋穂「そういう人間のほうが、実は心に芯があるものよ」
スミ「……」
秋穂「褒めてるのよ?」
スミ「はい。ありがとうございます」
ぽつ、ぽつ、と離れた農家の家々。
その一つがスミの家。
秋穂「広い家ね」
スミ「元々おじいちゃんの家ですから」
秋穂「へえ」
スミ「遠くまで送ってくださって、ありがとうございます」
秋穂「ねえ、連絡先交換しない?」
スミ「え」
秋穂「嫌?何か困ったらお互いに連絡する。そのほうが安心でしょ?」
スミ「わかりました」
スマホを近づける。
秋穂「OK。じゃあ、また明日。学校でね」
スミ「はい。おやすみなさい、先生」
秋穂「おやすみ~」
スミ「ただいま」
マユミ「お帰り、遅かったのね」
スミ「うん。ちょっとね」
マユミ「大丈夫? 昨日のこと、気にしてるんじゃない?」
スミ「気にするに決まってるよ」
マユミ「あんまり深く考えてもだめよ」
スミ「そんなの無理だし」
マユミ「まあ、そうよね」
スミ「アサコは目が覚めたのかな?」
マユミ「まだ連絡は無いわ」
スミ「明日の放課後、アサコの病院に行ってくる」
マユミ「まだ……、早いんじゃない?」
スミ「心配だし」
マユミ「うん……」
放課後。
女子「スミー。ごめん! 今日の掃除、変わってくんない?」
スミ「え」
女子「今日どうしても、早くバイトに行かないとで」
スミ「えっと……、ごめん私も……」
女子「え~」
ミドリ「アタシが変わってやろっか?」
女子「あ、ごめん、ごめん、やっぱ私やって帰るわ。ごめんね、スミ」
スミ「うん、ごめん」
女子「こっちこそだよ」
掃除をするクラスメイトに混ざっていく。
ミドリ「今から部活?」
スミ「違くて……。アサコの様子を、見に行かなきゃって」
ミドリ「天文部の。そっか」
スミ「ありがとね、西野さん」
ミドリ「別に」
軽く手を振って教室を出る。
病院。
ナースステーションで病室を聞く。
扉の前の名札。
日向井アサコの名前。
他に名前はない。
コンコン。
アサコの母「はーい」
扉が開く。
少し驚いた顔。
スミ「あ、こんにちは」
アサコの母「スミちゃん……」
スミ「アサコの様子、どうですか?」
アサコの母「まだ目が覚めてないの」
身体をずらして、
アサコのベッドをスミに見せる。
管に繋がったアサコ。
スミ「アサコ……」
アサコの母「スミちゃん、ちょっといい?」
スミ「はい」
アサコの母に背中をゆっくり押されながら、
病院のバルコニーに出る。
スミ「あの……」
アサコの母「スミちゃん」
スミ「はい」
アサコの母「しばらく此処には来ないでほしいの」
スミ「え?」
アサコの母「あの日、何があったかは聞いたわ。でもね、どうしても信じることが出来なくて……」
スミ「あの……。ア、アサコは、私を助けてくれたんです」
アサコの母「わかってる。わかってるのよ? あなたは嘘をつくような子じゃない。あなた達は小さいときから、仲の良い友達よ」
スミ「……はい」
アサコの母「でも、どうしても心の中のモヤモヤが収まらなくて……」
アサコの母が涙を流す。
どんどんと溢れるように流れて、手で必死に拭っている。
スミ「あ、あの……」
アサコの母「ごめんなさい! ごめんね! ごめん」
スミ「……」
病院のエントランスを出る。
スミ「……う、うう」
スミ「うわあああ……、うわああ……」
道行く人が振り返るほど、声が出て泣いた。
人の少ない小さな駅。
線路の下をくぐるトンネル。
そこへの階段を降りる。
トンネルは真っ暗。
スミ「……」
ト、ト、ト、
コツ、コツ、コツ、
ト、ト、ト、
コツ、コツ、コツ、
音が響く。
後ろをついてくる足音。
内ポケットが熱くなる。
スミ「はあ…、はあ…、はあ…、」
振り返る。
スーツ姿の男性。
暗くて顔はよく見えない。
スーツの男「あ……、しまっ……」
スミ「何か御用ですか?」
スーツの男「いや~、ははは、あの~、君も持ってるんじゃないかな~って」
スミ「何をですか?」
スーツの男「その、鏡、みたいな、カードって奴?」
スミ「持ってません」
スーツの男「いや~、持ってるでしょ~」
スミ「だったらなんです?」
スーツの男「僕にくれないかな~」
スミ「嫌です」
スーツの男「そっか~。喧嘩はしたくないんだけどな……」
男がジャケットの内ポケットから、光るカードを出す。
形が変わる。
銀色のシャンパングラスみたいな形。
スミ「カード……」
スーツの男「今なら、まだ許してあげるから、カード、僕にくれない?」
スミ「……」
後ろ足で少しずつ下がる。
光るカードを取り出す。
スミ「……武器になれ」
両手の上で小さな円盤に変わる。
スーツの男「よかった~、刃物とかじゃない。それって、やばそうな物じゃ……、ないよね?」
スミ「さあ……? ここで、やめませんか?」
スーツ「どうしようかな……」
にらみ合いが続く。
じりじりと後ろに下がるスミ。
にじり寄るスーツの男。
スミ「はあ、はあ、はあ、」
スーツの男「ふう、ふう、」
スミ「あっ!」
僅かなコンクリートのズレにつまづいて、尻もちをつく。
スーツの男「あ、ああああ!」
シャンパングラスを振り回す。
溢れだす赤い液体が、宙を舞う。
スミ「はっ、はっ、はっ、」
ぶわっと、一枚の布のように、隙間なく広がる液体。
スミの頭上を覆っていく。
スミ「う、うわあ!」
横に転がって避ける。
広がった液体が地面に落ちる。
スミ「ふう、ふう、」
液体が縮んでいく。
小さなボールのようになって消える。
濡れていない地面。
スーツの男「はあ、はあ、はあ、」
スミ「ふー、ふー、」
立ち上がって、円盤を男に向けてかざす。
焦ったようにシャンパングラスを前に構える男。
スーツの男「ふう、ふう、」
スミ「はあ、はあ、」
後ろ足で下がっていく。
スーツの男「はあ、はあ、君は、攻撃、してこないの?」
スミ「ふーっ、ふーっ、しますよ、近づいたら」
スーツの男「君は、僕から、離れて行ってる、ように見えるけど?」
スミ「そうですか?」
じりじりと下がる。
チリンチリン。
スーツの男の後ろから自転車のライト。
男が振り返る。
スミがその隙に、出口に向けて猛ダッシュ。
スーツの男「あ、おい、待て!」
スミ「はあ、はあ、はあ、」
スーツの男「くっそ!」
シャンパングラスを振る。
スミの頭上に広がる液体。
スミ「はあ、はあ、はあ、」
必死に腕を振る。
降り注ぐ、一枚の布のような液体。
スミ「わあああ!」
バタバタバタ。
トンネルの出口から一匹のコウモリが入り込む。
スミの頭上を通過しようと、目の前から飛んでくる。
広がった赤い液体と接触する。
コウモリ「キー、キー!!」
コウモリを液体が包み込んで消える。
スミ「ああ!」
スーツの男「あー!もう!」
トンネルを出る。
スミ「はあ、はあ、はあ!」
商店街の中に逃げ込む。
スーツの男「もう少しだったのに」
自転車のおじさん「あ、あんた、今の……」
スーツの男「うるさい!」
シャンパングラスを振る。
液体がおじさんを包み込んで小さくなり、
跡形もなく消し去る。
商店街の細い裏路地に入って、
スマホを耳に当てる。
スミ「せ、先生!」
秋穂『どうしたの?』
スミ「カードを持った男が! 私、狙われてる!」
秋穂『今どこ?』
スミ「病院前駅の、商店街の中!」
秋穂『すぐ行くから、隠れてて』
スミ「う、うん」
スミ「ふう、ふう、ふう、」
暗い路地のゴミ箱に隠れて、身を縮ませる。




