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【完結】夢診薬師リセの調方録  作者: なみゆき


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9/9

夢を診る薬師

 ユーメリアの崩壊、そして、リセが裂け目に飲み込まれてから、もう数週間が経っていた。

リセの行方は依然として分からないまま。

そして、街は瓦礫と化し、夢塔の残骸が影を落としている。


かつて煌めいていた夢晶の光は消え、ただ冷たい風が吹き抜けるだけだった。

だが奇跡的に、人々は生きていた。

夢暴走で倒れた者たちは、深い眠りから目を覚まし、再び歩き始めていた。



「リセ……お前が救った人々は生きている。みんな、生きているんだ……。 お前はどこにいるんだ!」


セイレンは呟いた。



臨時の医療所を開いたセイレンは、傷ついた人々を治療しながら、街の再建を進めていた。

瓦礫の街に響く人々の声は、確かに生の証だった。


「セイレンさん! こっちの患者さん、熱が下がりました!」


医療所の臨時の助手が声を上げる。

セイレンは頷き、汗を拭った。


「よく頑張ったな……」

「悪いが、次はあの子を診てやってくれ。咳が止まっていない」



セイレンの声は疲れていたが、未来を見据えるような確かな力を宿していた。



一方、ノアは夢晶の残骸を解析していた。

彼の指が震える。


「……これは、リセさんの意識反応? 完全に消えてはいない……彼女は、まだどこかで我々を見ている?」



セイレンは目を見開き、ノアに駆け寄る。


「リセが……生きている?」



ノアは真剣な眼差しで頷いた。


「はい。夢核は崩壊しました。 でも、微弱な波形が残っているんです。まるで……彼女が街を見守っているみたいに」



セイレンは拳を握りしめた。


「……そうか。リセは、まだ戦っているんだな」



***


その夜―セイレンは夢を見た。

夢の中でリセが薬草をすり潰している。

彼女の背中は小さく、けれど確かそこに存在していた。


「ねえ、セイレン……。人は、夢の中でも心から笑えるのね」



彼女は振り返らずに微笑み、霧の中へ消えていった。


「リセ……待ってくれ!」



セイレンは必死に呼びかけたが、声は霧に吸い込まれ、届かなかった。

目覚めたセイレンの手には、夢の中で見た薬草の花弁が握られていた。

それは現実の花だった。


「……これは……」


彼は震える声で呟いた。


「リセ……お前は、向こうで笑っているんだな」




瓦礫の街にまた新しい朝日が差し込んでいた。


崩壊した夢塔の跡地はまだ冷たい影を落としていたが、人々の暮らしは少しずつ戻り始めていた。



ノアは夢晶の残骸を解析し続けていた。

彼の目は赤く、徹夜の跡が残っている。

疲労に染まった瞳の奥にリセを見つけるという熱意が宿っていた。


「……見つけた。リセさん……リセさんの記録映像だ」


セイレンが振り返る。


「記録映像?」


「ええ。夢晶の奥に残されていたんです。彼女の最後の処方……」



ノアが再生すると、淡い光の中にリセの姿が浮かび上がった。

彼女は穏やかな声で語り始めた。


「これを見つけたあなたへ。私は夢の終わりを告げた。でも、次の朝を迎えるのはあなたたち。」


セイレンは拳を握りしめた。


「……リセ」




映像の中で、リセは薬草を並べていた。


「この薬は《夢のシード・ドリーム》と呼びます。飲んだ者は悪夢を払う代わりに、未来の夢を見るでしょう。人は夢を失っても、また新しい夢を育てられるのです」



セイレンは深く息を吸った。


「……夢の種か。リセらしいな」


ノアが頷く。


「彼女は最後まで、未来を信じていたんです」



セイレンとノアの二人は協力し、リセのレシピを完成させた。

薬草をすり潰し、夢晶の欠片を混ぜ、瓶に注ぎ込む。

淡い光が揺れ、薬が完成した。


「これで……人々に夢を返せる」



薬を街の人々に配ると、久しぶりに穏やかな夢が訪れた。


翌朝、誰もが語った。


「夢の中で、小さな薬師が笑っていた」

「可愛らしい薬師さんが、今日の一日を大事にしてと、話しかけてきたよ」

「薬師さんが『おはよう』って言ってくれたんだ」



人々の瞳に光が戻り、街に笑い声が広がった。

セイレンは空を見上げ、静かに呟いた。


「……ありがとう、リセ。君が救った夢を、今度は俺たちが守り続ける」



ノアも涙を拭いながら頷いた。



「リセさんの夢は、もう私たちの中にあります……」



街の人々もまた、新しい夢を語り始めていた。

瓦礫の中から芽吹く若葉のように、未来への希望が広がっていった。



***


数年後―再建されたユーメリアの街は、かつての瓦礫の姿をほとんど残していなかった。

夢塔の跡地には新しい広場が造られ、そこには若葉が育ち、子どもたちの笑い声が響いていた。



その一角に、小さな薬局が再び開かれていた。

看板にはこう刻まれている

──「夢を診ます 薬師代理:セイレン」



セイレンは白衣を羽織り、調合台に向かっていた。

過去の戦いの痕を抱えながら、彼の瞳はリセのための場所を守る強い意志を示していた。



「セイレンさん、今日も患者さんが多いですね」


ノアが研究資料を抱えて入ってきた。

彼は数年の間に、立派な研究者へと成長し、夢と現実の境界を研究する新技術を完成させていた。



「まあな。夢を診る薬局なんて、他にはないからな」


セイレンは苦笑した。



ノアは少し声を震わせながら言った。


「でも……本当は、リセさんがここに立っているべきなんですよね」



セイレンは静かに頷いた。


「そうだな。けど、あいつの夢は俺たちが持ち物続けている……だから、俺たちは、これからも、ここで生きるんだ」



その日、一人の少女が薬を求めてやって来た。

まだ幼い顔立ちだが、その瞳には不思議な輝きがあった。


「薬師さん……最近、夢の中で知らない女の薬師さんに会うのです」



セイレンは目を細めた。


「夢の中で……薬師に?」


「はい。小さな女の人で、いつも笑っていて……『楽しんで』って言ってくれるんです」



少女が差し出した、彼女の夢晶の中には、懐かしい声が響いていた──



「おはよう、セイレン、ノア」



セイレンは微笑み、静かに呟いた。


「夢の外でも、君はちゃんと生きているんだな…」



ノアが涙を拭いながら言った。


「リセさん、リセさん……やっぱり、まだ人々の夢の中にいるんですね」



セイレンは調合台に向かい、リセが残した“朝を告げる薬”をもう一度作り始めた。

薬草をすり潰し、夢晶の欠片を混ぜ、瓶に注ぎ込む。

最後の一滴を落とすと、陽光が差し込み、薬が淡く光った。


その瞬間、リセの声が静かに響いた。



「夢は終わらない。目を覚ましても、人はまた新しい夢を見るのだから。」



セイレンは瓶を見つめ、深く息を吸った。


「……そうだな。夢は続いていく。俺たちが生きている限り」



ノアが頷き、少女が笑った。

街の人々もまた、新しい夢を語り始めていた。




ー完ー


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