8-裂け目の向こうへ
荒廃した都市の広場に、黒い影がどんどんと広がっていった。
夢塔の残骸から漏れ出した“夢喰いの欠片”が形を成し、夢を取り戻しつつある人々の夢を再び奪おうとしていた。
リセは夢晶を握りしめ、影を見据えた。
「……来たか」
影は囁く。
「夢を取り戻す者よ……お前を、そして全ての夢を喰らう」
人々が恐怖に震え、再び絶望の声を上げる。
ノアが解析器を操作しながら叫んだ。
「リセさん! この影はアルスさんの夢核の断片です! 完全に消えていなかったんです!」
セイレンが剣を構え、影に斬りかかった。
だが刃は霧に吸い込まれ、形を持たない。
「……きかない!」
影が広場を覆い、人々の瞳から再び光が失われていく。
リセは胸に痛みを覚えた。
(師匠の残滓……夢喰いはまだ生きている)
リセは薬草を取り出し、夢晶と混ぜ合わせた。
瓶の中で淡い光が揺れ、黒い霧を押し返す。
「これは《夢返し薬》。喰われた夢を取り戻す!」
瓶を広場に振りかけると、光が人々の胸に染み込み、再び夢が蘇った。
「……見える! 夢が戻ってきた!」
「ありがとう……!」
だが影は笑った。
「夢を返す者よ……お前自身の夢を喰らえば、全て終わる」
影がリセに迫り、彼女の胸に黒い波紋が広がる。
夢晶が震え、彼女の記憶が奪われ始めた。
「……っ!」
リセは膝をつき、視界が揺れる。
「リセ!」
セイレンが駆け寄り、ノアが必死に解析を続ける。
「リセさん! 影はあなた自身の夢核を狙っています!」
リセは震える声で答えた。
「……私の夢を喰らわせるわけにはいかない。私は……夢を守る者だから!」
リセの瞳が強く輝き、夢晶が光を放った。影が一瞬怯み、広場の霧が揺らぐ。
(師匠の欠片……これを乗り越えなければ、夢は本当に自由にならない)
影は再び形を変え、巨大な獣の姿となってリセに襲いかかった。
セイレンが剣を振るい、ノアが解析器で弱点を探る。
「リセさん! 影の中心に残っている夢核の断片を破壊すれば倒せます!」
リセは夢晶を掲げ、薬草を振りかけた。
光が獣の胸に突き刺さり、影が苦悶の声を上げる。
「……これで終わり!!!」
夢晶が強く輝き、影は霧となって消えた。
広場に静けさが戻り、人々の瞳に再び光が宿った。
リセは息を荒げながら呟いた。
「……師匠の残滓は消えた。夢は……まだ生きている」
ノアが涙ぐみながら頷いた。
「リセさん……あなたは夢を、街を守ったんです」
セイレンが剣を収め、静かに言った。
「だが真実はまだ残っている。ユーメリアの正体を、外の世界の意味を……知る必要がある」
リセは夢晶を握りしめ、瞳に決意を宿した。
「……真実を、必ず掴む」
***
夢喰いの欠片を退けた後、広場には静けさが戻った。
だがリセの胸には、重い疑念が残っていた。
「……ユーメリアは夢に閉じ込められた都市。じゃあ、この荒廃した現実は……何なの?」
ノアが解析器を操作し、震える声で答えた。
「データによれば……ユーメリアは“夢界計画”の一部です。 外の世界は既に崩壊していて、人々を夢に閉じ込めることで生存を維持していたんです」
セイレンが低く唸った。
「つまり、夢界は楽園じゃなく、我々の延命装置だった……」
その時、裂け目の向こうから研究者の男が再び姿を現した。
彼の瞳は冷たく、言葉は鋭かった。
「リセ・ファルナー君は夢核だ!!! ユーメリアを維持するために生まれた存在だ」
リセは震える声で叫んだ。
「……私は、本物の生きている人間よ!!!」
男は冷たく笑った。
「人間? 君はアルスが夢核から生み出した人格だ。ユーメリアを安定させるための“夢の薬師”。だが、君が目覚めれば街は崩壊する」
リセの心臓が強く打ち、視界が揺れる。
(私は……夢から生まれた存在? 師匠アルスが作った……?)
セイレンが一歩前に出て叫んだ。
「リセは、本物の人間だ! 夢から生まれたとしても、ここに立ち、街を守っている!」
ノアも涙ぐみながら声を張り上げる。
「リセさんは、夢を繋ぎ直し、人々に希望を返した。それが人間じゃないなら、何が人間なんですか!」
リセは震える声で答えた。
「……私は夢から生まれたかもしれない。でも、夢を守るために生きている。それが私の全て」
研究者はしばらく黙り、やがて低く呟いた。
「……ならば、君は夢界の外を選ぶのか。現実は荒廃している。夢に留まれば幸福だ。だが、外に出れば苦痛しかない」
リセは夢晶を強く握りしめた。
「私は……夢界を超えて、現実を取り戻す。偽りの楽園じゃなく、本当の世界を」
その言葉に、裂け目が強く輝き、街全体が揺れ始めた。
人々が恐怖に震える中、リセは一歩踏み出した。
「……私は夢核の産物でも、人間として生きる!! 夢界を超えて、街を現実を救う」
その言葉に、裂け目が広がり、リセを飲み込んでいった。
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