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【完結】夢診薬師リセの調方録  作者: なみゆき


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7-夢の真実

 夢塔の光が街全体を包み、人々は幸福の幻覚に酔いしれていた。

笑い声が響き渡るが、その瞳は虚ろで、現実を失っている。


「……これが、市長の作り上げた楽園」



リセは夢塔の中心に立ち、黒く染まった夢晶を握りしめた。


セイレンが駆け寄り、怒りを込めて叫ぶ。


「これは楽園じゃない! ただの牢獄だ!」



ノアも必死に声を張り上げる。


「夢塔が街全体を支配しています! リセさん、制御を切らないと!」


その時、市長エルマーが姿を現した。

彼の瞳は冷たく輝き、声は甘く響いた。


「リセ・ファルナ。 君が眠り続けれていれば、街は、人々は、永遠に幸福のままだ」


「……幸福? それは偽りよ。人々は夢に囚われ、現実を失っている」



「現実は苦しい。夢なら永遠に安らげる。君が目覚めれば、この街は死ぬ」



リセは拳を握りしめ、震える声で答えた。


「……それでも、私はこの牢獄を壊す」


リセが夢晶を掲げると、夢塔が激しく揺れた。

黒い霧が街を覆い、人々の幻覚が崩れ始める。

歓声は悲鳴に変わり、街全体が混乱に包まれた。



「リセ! 早く!」


セイレンが叫ぶ。


「夢塔を破壊すれば、街は現実に引き戻される!」


ノアが解析器を叩きながら声を張り上げる。



リセは夢晶を砕いた。  

光が爆発し、夢塔が崩壊していく。

街を覆っていた幻覚が消え、人々は現実に引き戻された。



「……これが、現実」


リセは息を荒げながら呟いた。



市長エルマーが膝をつき、絶望の声を漏らす。


「なぜだ……幸福を捨ててまで、辛い現実を選ぶのか……」



セイレンが冷たい眼差しで答えた。


「人は夢に囚われて生きるために生まれたんじゃない。現実を歩くためだ」



街は静けさを取り戻した。

だが、夢塔の崩壊で残された瓦礫の中に、不気味な紋様が刻まれていた。


──【夢界の外に、真実がある】



リセはその文字を見つめ、胸に冷たい予感を抱いた。

(夢の外……そこに、本当の世界がある?)



***


夢塔の崩壊から数日―ユーメリアの街は表面上の静けさを取り戻していた。

夢晶の光はまだ人々の枕元に灯り、街路には穏やかな声が響いていた。


だがその平穏は、薄い膜のように脆く、リセの胸には師匠アルスの言葉が重く残っていた。

────【夢の外に、本当の世界がある】



窓辺に立つリセは、夢薬庵の外を見つめながら呟いた。


「……夢の外……」



ノアが解析器を操作しながら顔を上げる。


「リセさん、夢晶の波形に異常があります。街の外から、未知の信号が流れ込んでいるんです」


「未知の信号……?」


リセは眉をひそめた。



その時、夢薬庵の扉を開けてセイレンが入ってきた。

険しい表情で言葉を放つ。


「夢警団でも確認した。街の境界に“裂け目”が生じている。そこから夢流が漏れているらしい」


リセは息を呑んだ。

師匠アルスの言葉と、今起きている現象が重なり合う。


「……夢界の外が、本当に存在する?」




***


 三人は街の外縁へと向かった。

そこは普段は静かな草原だったが、今は異様な光景が広がっていた。

巨大な裂け目が空間を引き裂き、光と影が入り混じっていた。

空気は歪み、夢と現実の境界が剥がれ落ちるように揺れている。


「……これが、夢界の外」


リセは息を呑んだ。



裂け目の向こうには、見知らぬ街並みが広がっていた。

ユーメリアの整然とした夢の街とは違い、瓦礫に覆われた荒廃した都市。

人々は夢晶を持たず、疲れ果てた顔で歩いていた。



ノアが震える声で呟いた。


「……あれが、本当の世界?」



その時、裂け目の向こうから声が響いた。


「リセ・ファルナ……こちらへ来い」


声の主は、夢核の研究者を名乗る男だった。

彼の瞳は鋭く、言葉は冷たい。


「ユーメリアは夢に閉じ込められた実験都市だ。君はその核だ。だが、外の世界は、どんどん崩壊していっている。 選べ──夢に留まるか、現実に戻るか」



リセは拳を握りしめた。

(夢界は偽り、でも現実は荒廃……私は、どちらを選ぶ?)



セイレンが声を張り上げた。


「リセ! 俺たちは君を信じる。君が選んだ道を守る!」



ノアも涙ぐみながら叫んだ。


「リセさん……あなたが決めてください!」



裂け目の光が強まり、リセの体を引き寄せる。


「……私は……」



リセの選択が、街の未来を決めようとしていた。



***


裂け目を越えた瞬間、リセたちの視界は一変した。

ユーメリアの整然とした街並みは消え、目の前に広がっていたのは瓦礫に覆われた都市だった。

崩れ落ちたビル、錆びた鉄骨、ひび割れた道路。

夢晶の光は一つもなく、空気は重く淀んでいた。


リセは息を呑み、胸に冷たい痛みを覚えた。



「……これが、現実の都市」


ノアが震える声で呟いた。


「夢晶がない……人々は夢を失ったまま生きているんですね」



セイレンは周囲を警戒しながら言った。


「ここが“夢界の外”。ユーメリアは夢に閉じ込められた実験都市だった……ということか」


瓦礫の影から痩せた男が近づいてきた。

目は虚ろで、声はかすれていた。


「……お前たちは、夢界から来たのか」


リセが頷いた。


「ええ。ユーメリアから」


男は苦笑した。


「羨ましいよ。夢を見られるなんて……俺たちはもう、夢を忘れてしまった」



その言葉にリセは胸を締め付けられるような痛みを覚えた。

(夢を失った人々……これが現実の姿?)



廃墟の広場に集まった人々は、口々に語った。


「夢界は楽園だと聞いた」

「だが、そこに入れば二度と戻れない」

「夢を売った者は、ここに捨てられるんだ」

「夢がない奴らはここに残るしかないんだ」



リセは拳を握りしめた。


「……ユーメリアは、外の世界から切り離された牢獄だったのね」


セイレンが低く唸る。


「市長エルマーは、外の荒廃を隠すために夢界を作った。人々を夢に閉じ込めることで、現実を見せないようにしたんだ」



ノアが解析器を操作し、波形を映し出した。


「……外の都市にも夢流の残滓があります。夢が完全に失われたわけじゃない。まだ、夢を取り戻せる可能性がある」



リセは強く頷いた。


「なら、私は夢薬師として……この荒廃の都市に夢を取り戻す」


(夢はまだ死んでいない……私が繋ぎ直す)



***


荒廃した都市の広場―瓦礫の影に隠れるように人々が集まっていた。

彼らの瞳は虚ろで、空を見上げても何も映していない。

夢を失った者の姿は、リセの胸に強い痛みを刻んだ。



「……夢を失ったままじゃ、人は生きているとは言えない」


リセは低く呟いた。



ノアが解析器を操作し、波形を映し出す。


「リセさん! 夢流の残滓が見つかりました! わずかな流れですが、まだ繋ぎ直せる!」



セイレンが剣を握りしめ、リセを見つめた。


「リセ。君が夢薬師として、この都市に夢を取り戻せ」



リセは深く息を吸い、薬草を取り出した。

瓶に注ぎ込み、夢晶の欠片を混ぜる。淡い光が広がり、人々の瞳に反射した。



「……これは《夢再晶》。失われた夢を呼び戻す薬」



リセが瓶を掲げると、広場に集まった人々がざわめいた。


「夢を……取り戻せるのか?」

「もう一度、夢を見られるのか?」



リセは力強く頷いた。


「ええ。夢は死んでいない。あなたたちの心に、まだ残っている」



薬を振りかけると、淡い光が人々の胸に染み込んだ。

その瞬間、彼らの瞳に微かな輝きが戻った。


「……見える……! 夢が……!」

「子供の頃の記憶が……戻ってきた!」


人々が涙を流しながら夢を語り始める。

リセは胸に温かいものを感じた。

(夢は人を救う……私は夢薬師として、それを繋ぐ)



だがその時、都市の奥から黒い影が現れた。

夢塔の残骸から漏れ出した“夢喰いの欠片”だった。



「……夢を取り戻す者よ。お前を喰らう」



影が囁き、広場を覆う。

人々が再び恐怖に震えた。

セイレンが剣を構え、ノアが解析器を起動する。


「リセさん! ここからが本当の戦いです!」


リセは夢晶を強く握りしめた。


「……夢を喰らう者に、夢を返す。これが私の戦い」

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