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【完結】夢診薬師リセの調方録  作者: なみゆき


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5-偽りの楽園

 ユーメリアの街は、夢喰いの暴走が収束したことで表面上は平穏を取り戻していた。

人々は再び夢晶を枕元に置き、眠りにつく。だがリセの胸には、師匠の最後の言葉が重く残っていた。


「夢の外に……本当の世界がある」


その言葉は、まるで街そのものが夢であるかのような暗示だった。



**

夢薬庵の朝ーノアが夢晶を整理しながら、ちらりとリセを見た。


「先生……顔色が悪いです。昨日からずっと考え込んでますよね」



リセは窓の外を見つめた。

街の人々は笑い、夢晶を抱えて歩いている。

だがその光はどこか均一で、不自然に整っていた。



「……夢が整いすぎている。まるで誰かが調律しているみたい」



ノアは首を傾げた。


「夢喰いが消えたから、夢が安定してるんじゃ……」



リセは首を振った。


「違う。これは“安定”じゃなく“制御”。夢そのものが、誰かの意思で均一化されている」



その時、夢警団の制服姿のセイレンが夢薬庵に姿を現した。

彼の表情は一段と険しい。


「リセ。新しい依頼だ……。市庁舎の地下から奇妙な波形が検出された」


「市庁舎……?」


「夢晶じゃない。もっと深い……記憶の層に近い波形だ」



リセは息を呑んだ。

(師匠の言葉……夢の外……。まさか、市庁舎の地下に“夢の外”への入口が?)


三人は市庁舎の地下へ向かった。

そこは石造りの広間で、壁一面に巨大な夢晶が埋め込まれていた。

淡い光が脈打ち、まるで街全体の夢を吸い込んでいるかのようだった。



ノアが解析器を操作し、波形を映し出す。


「……これは……夢晶じゃない。夢核そのものです。街全体の夢を束ねている」



リセは震える声で呟いた。


「……ユーメリアは、夢核の中に作られた街……?」



セイレンが剣の柄に手をかけた。


「つまり、この街そのものが夢だというのか」



リセは夢晶に手を触れた。

途端に視界が揺れ、意識が引きずり込まれる。


夢の中ーリセは見知らぬ風景を前に立っていた。

そこはユーメリアに酷似しているが、色彩が淡く、音も薄い。

人々は同じ動きを繰り返し、まるで人形のようだった。


「……ここは……街の“外側”?」




背後から声が響いた。


『ようこそ、夢の外へ』



振り返ると、黒衣の男が立っていた。

夢技師と呼ばれていた人物だ。

だがその瞳は以前より澄んでいた。


「あなた……まだ生きていたの?」



男は微笑んだ。


「私は駒にすぎない。だが、この街の真実を知っている。ユーメリアは夢核が作り出した仮想都市。人々は夢を見ているのではなく、夢の中で生きている」



リセの心臓が強く打った。


「……じゃあ、私たちは……夢の住人?」



男は頷いた。


「君も、私も。だが君は特別だ。君は夢核が生み出した“夢薬師”という役割そのもの。君の存在は、この街の均衡を保つために作られた」



リセは後ずさりし、胸を押さえた。


「作られた……違う!……私は人間よ!」



男は静かに言った。


「夢は嘘をつけない。君も知っているだろう? そして、君は夢核の産物だ」



現実に戻ったリセは、膝をついて震えていた。


「師匠の言葉……確かめるしかない」



* **


市庁舎地下の巨大な夢核。

淡い光が脈打ち、街全体の夢を束ねているかのように見えた。リセはその前に立ち尽くし、胸の奥に冷たい恐怖を抱いていた。


「……これが、ユーメリアの心臓」



ノアが解析器を操作し、波形を映し出す。


「先生……この夢核は、街全体の夢晶を束ねています。つまり、ユーメリアは夢核の中に存在する仮想都市です」



セイレンが険しい表情で剣の柄に手をかけた。


「つまり、この街そのものが夢だというのか」



リセは夢核に手を触れた。

途端に視界が揺れ、意識が引きずり込まれる。


**

夢の中ーリセは、またユーメリアに酷似している風景の前に立ったが、明らかにユーメリアとは違う。


前の時と同じように人々は同じ動きを繰り返し、ロボットや人形のようだ。


「……ここは……また、街の“外側”?」


背後から声が響いた。


「ようこそ、夢核の真実へ」


振り返ると、師匠アルスの影が立っていた。

だがその姿は揺らぎ、黒い霧に包まれていた。


「師匠……あなたは……」



アルスは静かに微笑んだ。


「ユーメリアは夢核が作り出した仮想都市。人々は夢を見ているのではなく、夢の中で生きている。私も……そしてお前も」



リセの心臓が強く打った。


「……じゃあ、私は……夢核が生み出した存在?」



アルスは頷いた。


「お前は夢核が生み出した“夢薬師”という役割そのもの。人々の夢を守るために作られた。だが、夢核が暴走すれば、お前も消える」



リセは後ずさりし、胸を押さえた。


「違う……私は、師匠に育てられたわ!」



アルスの影は静かに言った。


「夢は嘘はつかない。お前は夢核の産物だといっただろう」



現実に戻ったリセは、知らぬうちに涙が頬を伝っていた。



セイレンが肩を支える。


「リセ……何を見た?」


「……ユーメリアは夢核の中に作られた街。私たちは……夢の住人」



ノアが青ざめた顔で呟いた。


「じゃあ……現実はどこにあるんですか?」



リセは拳を握りしめた。


「“夢の外に本当の世界がある”。これを確かめるしかない」



セイレンが低く言った。


「夢核を壊せば、どうなるか分からない。だが、真実に辿り着くにはそれしかない」



リセは震える声で答えた。


「……私は確かめたい。私が何者なのか。そして、この街が何なのか」



* **


市庁舎地下の夢核は、淡い光を放ちながら脈動していた。

だがその表面に、微かな亀裂が走り始めていた。

まるで街そのものが限界に近づいているかのようだった。



リセは夢核を見つめ、胸の奥に冷たいものを感じていた。


「……夢核が……壊れかけている」



ノアが解析器を操作し、波形を映し出す。


セイレンが剣の柄に手をかけた。


「夢核が壊れ……つまり、夢の外へ繋がる裂け目を作ろうとしているのか」



リセは震える声で答えた。


「師匠の言葉……“本当の世界”。その入口が……ここに」



夢核の亀裂から黒い霧が漏れ出し、地下室全体が揺れ始めた。

壁が歪み、床が割れ、現実と夢の境界が曖昧になっていく。



ノアが叫んだ。


「リセさん! 波形が急激に変動しています! このままじゃ街全体が裂け目に呑まれる!」



セイレンがリセの肩を掴み、真剣な瞳で言った。


「リセ。もし裂け目が“夢の外”に繋がっているなら……俺たちも踏み込むしかない」



リセは拳を握りしめた。


「……確かめたい。私が何者なのか。そして、この街が何なのか」



亀裂が広がり、光が漏れ出す。

そこには見たことのない風景が垣間見えた。

灰色の空。無数の塔。夢晶ではなく、巨大な機械が並んでいる。



「……あれは……」


ノアが息を呑む。


「夢核を制御する装置……? まるで研究施設のようだ」



リセは震える声で呟いた。


「……夢の外は、研究所……?」



セイレンが剣を構え、裂け目を見つめた。



裂け目から声が響いた。


「……リセ……来い」


その声は師匠アルスのものだった。

だが、夢喰いの時とは違い、澄んだ響きだった。


「師匠……!」



リセは裂け目に近づいた。

光が彼女を包み、意識が揺れる。



ノアが必死に叫んだ。


「リセさん、危険です! 夢核の外は未知の領域です!」


セイレンが低く言った。


「だが、行かなければ真実は掴めない」


リセは振り返り、二人を見つめた。


「……一緒に来て。夢の外へ」



三人は裂け目に足を踏み入れた。

途端に視界が反転し、重力が消え、意識が引き裂かれるような感覚に襲われた。


次に目を開けた時、そこはユーメリアとは全く異なる世界だった。

灰色の空の下、無数の機械が並び、巨大な夢核が鎖で繋がれていた。

人々の姿はなく、冷たい金属の音だけが響いていた。


「……ここが……夢の外」



リセは息を呑んだ。胸の奥に冷たい恐怖が広がる。

(師匠……あなたはここにいるの?)



* **


灰色の空の下、無数の機械が並ぶ広大な施設。

冷たい金属の匂いが漂い、夢核を鎖で繋ぐ巨大な装置が唸りを上げていた。

ユーメリアの街とはまるで別世界。ここが“夢の外”――研究所だった。



リセは足を踏み入れた瞬間、胸の奥に冷たい痛みを覚えた。


「……ここは……師匠が研究していた場所……」



ノアが解析器を操作し、壁に刻まれた文字を読み取る。


「“夢核実験施設・第零区”。……ユーメリアは、この研究所の実験都市」



セイレンが険しい表情で周囲を見渡す。


「つまり、街そのものが研究の産物……俺たちは実験体だったということか」



施設の奥へ進むと、古びた記録端末が並んでいた。

リセが一つを起動すると、師匠アルスの映像が映し出された。


『夢核理論は、人の精神を永遠に保存する。だが、保存された精神はやがて夢を喰らい、都市を覆うだろう』



リセは息を呑んだ。


「……師匠……あなたは最初から知っていたの?」



映像のアルスは続けた。


『私は夢核に取り込まれた。だが、私の精神はまだここにある。リセ……お前は夢核が生み出した存在だ。だが、お前だけが夢核を壊すことができる』



ノアが震える声で呟いた。


「リセさん……は夢核の産物……なのですか?」



リセは拳を握りしめた。


「……でも、私は人として……。師匠に育てられ、街を守ってきた。それが夢核の役割だとしても……私は私よ!」



その時、施設全体が揺れた。夢核の鎖が軋み、黒い霧が漏れ出す。霧の中から師匠アルスの影が現れた。



「リセ……」


その声は優しくも、どこか哀しげだった。


「師匠……!」


「私は夢核に囚われた亡霊だ。だが、お前に会えたことで……最後の希望を見た」



リセの目に涙が溢れる。


「師匠……あなたを救いたい」



アルスは微笑んだ。


「救うのではない。眠らせてくれ。夢核を壊し、私を解放してくれ」



セイレンが剣を構え、リセに視線を向けた。


「リセ。決断の時だ。夢核を壊せば街は消えるかもしれない。だが、真実に辿り着くにはそれしかない」



ノアが必死に叫ぶ。


「……でも、夢核が消えたら……」



リセは震える声で答えた。


「……わからない。でも、師匠の言葉を信じる。“夢の外に本当の世界がある”。街の人々も、そこへ導かれるはず」




夢核の鎖が砕け、黒い霧が広がる。

アルスの影が揺れ、消えかけていた。


「リセ……最後に伝えよう。お前は夢核が生み出した存在だ。だが、その心は本物だ。人間として生きろ」



リセは涙を流しながら頷いた。


「師匠……必ずあなたを眠らせる。そして、夢の外の真実を掴む」


アルスの影は微笑み、霧に溶けて消えた。


夢核の鎖が軋み、黒い霧が広がる。

アルスの影が現れ、揺らいでいた。


「リセ……最後の選択だ。夢核を壊せば、私も消える。だが、お前は真実に辿り着ける」



リセの目に涙が溢れる。


「師匠……あなたを失いたくない。でも……街を守るために」



アルスは微笑んだ。


「お前の心は本物だ」



リセは調合台に向かい、震える手で薬草をすり潰した。

夢晶の欠片を混ぜ、瓶に注ぎ込む。淡い光が揺れ、薬が完成する。



「……夢を壊す薬。これで夢核を眠らせる」



瓶の光が強まり、夢核を包み込む。鎖が砕け、黒い霧が崩れ始めた。


「……師匠……!」



アルスの影が微笑み、霧に溶けて消えた。


「夢の外に……本当の世界がある。リセ……目を覚ませ」



夢核が崩壊し、世界が光に包まれた。

ユーメリアの街は揺れ、人々の夢晶が砕け、光が空へ昇っていく。


リセは意識を失い、闇に沈んだ。


目を開けると、そこは見知らぬ世界だった。

青い空。緑の草原。ユーメリアとは全く異なる、鮮やかな現実。



ノアが息を呑んだ。


「……ここが……本当の世界?」


セイレンが周囲を見渡し、剣を下ろした。


「夢の外……俺たちは辿り着いた」



リセは胸に冷たい恐怖と温かい希望を抱きながら呟いた。


「……師匠……あなたの言葉は本当だった。ここが……真実への扉」

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