4-街の影
夢薬庵の奥で、ノアが解析器を操作していた。
画面に映し出された波形は、夢安定核と夢喰いの波形が完全に一致していた。
「……やっぱり、夢喰いの正体は夢安定核に関係している。リセさん、これは偶然じゃない」
ノアの声は震えていた。
リセは夢晶を握りしめ、深く息を吸った。
(夢喰いを確かめるには……直接夢に入るしかない)
「……禁じられた薬を使うしかないわ。《夢侵薬》を調合する」
セイレンが目を見開いた。
「危険だ。夢喰いの夢に入れば、君が、戻れなくなるかもしれない」
「それでも行く。夢を喰われれば、この街は終わる」
リセの声は揺るぎなかった。
セイレンはしばらく黙り、やがて頷いた。
「……わかった。俺が現実で君を支える。ノアも準備を」
リセは薬を飲み、意識を沈めた。
目を開けると、そこは現実と酷似した街だった。
だが空は常に夕焼けで、時間が止まっている。
人々は同じ夢を繰り返し生きていた。
「……ここが、夢喰いの世界」
リセは歩き出した。
街の影が揺れ、黒い霧が漂う。
やがて、その中心に黒い影が立っていた。
「……あなたが夢喰い?」
影は形を持たず、声だけが響いた。
「リセ……なぜ目を覚ました。夢の外はまだ危険だ」
その声は、師匠アルスのものだった。
リセの心臓が強く打ち、視界が揺れる。
「師匠……? どうして……」
「夢の中にいれば、皆、守られる。だが、夢の外は……壊れている。危険だ」
リセは震える声で答えた。
「……あなたが夢喰いなの?」
影は答えず、ただ霧を広げた。
リセが夢喰いの核を見ようとした瞬間、意識が逆流するように現実へ引き戻された。
目を覚ますと、ノアが涙ぐみながら夢晶を握っていた。
「リセさん……あなたの夢晶が……黒く染まった」
リセは胸に冷たい恐怖を抱いた。
(師匠……あなたは何者なの? それとも……街そのもの?)
夢薬庵の夜―リセは師匠アルスアルスの記録を広げていた。
紙の端は擦り切れ、インクは薄れているが、そこに刻まれた文字は彼女の心を突き刺す。
「……“夢核理論は、人の精神を永遠に保存する”……」
リセは声に出して読み上げ、胸の奥に冷たいものが広がるのを感じた。
(師匠は事故で死んだはず……でも、遺体は見つからなかった。もしや……)
セイレンが背後から声をかけた。
「リセ。君の師匠アルスは、本当に死んだのか?」
「……わからない。けれど、夢喰いの声は師匠のものだった」
ノアが震える声で言った。
「夢安定核……アルスさんが完成させた直前に事故が起きた。もしかして、アルスさんの精神は夢核に取り込まれて……」
リセは拳を握りしめた。
「確かめるしかない。もう一度、夢侵薬を使うわ」
薬を飲み、意識を沈める。
夢の世界に入ると、そこには懐かしい薬屋の風景が広がっていた。
棚には薬草が並び、師匠アルスアルスが穏やかな顔で調合をしている。
「……アルス師匠……」
リセの声は震えていた。
アルスが振り返り、優しく微笑む。
「リセ。よく来たな」
「あなたは……夢喰いなの?」
アルスは答えず、薬瓶を手に取った。
だが周囲の風景が崩れ始め、黒い霧が広がる。
アルスの姿が歪み、影に包まれていく。
「私は死んでなどいない。この街こそ、私の夢の延長だ」
「……街が、あなたの夢?」
「夢喰いとは、私の精神が暴走した結果だ。夢核が街全体を取り込み始めている」
リセの胸に痛みが走った。
「師匠……あなたを止める」
アルスの瞳が一瞬だけ正気を取り戻した。
「……なら、夢を壊す薬を作れ。私を……眠らせてくれ」
リセは涙を流しながら頷いた。
(師匠……あなたを救うために、私は夢を壊す)
現実へ戻ると、街では大規模な夢暴走が発生していた。
人々が同じ悪夢を見始め、現実が揺らぎ始めている。
「……次で決着をつける」
リセは夢晶を握りしめ、決意を固めた。
***
ユーメリアの街全体が悪夢に覆われていた。
人々は同じ夢を見て、現実の街を歩きながら幻覚に囚われている。
空は黒い霧に覆われ、建物は歪み、地面は揺れていた。
「リセ! 街が……もう持たない!」
セイレンが叫び、避難誘導を続ける。
ノアは必死に人々を支え、夢晶を解析しながら声を張り上げた。
「夢暴走の中心は……アルスさんの夢核です! リセさん、あなたしか止められない!」
リセは深く息を吸い、調合台に向かった。
震える手で薬草をすり潰し、瓶に注ぎ込む。
「……夢を壊す薬。これで師匠を眠らせる」
瓶の中で薬が淡く光り、黒い霧を吸い込むように揺れた。
リセはそれを握りしめ、夢の中心へと歩み出す。
夢の中―巨大な黒い樹木のような姿をした夢喰いが立ちはだかっていた。
枝は街を覆い、人々の夢を絡め取っている。
「師匠……!」
リセが叫ぶと、樹木の中心から声が響いた。
「……すまない、リセ。私は夢核に囚われ、怪物となった。だが……お前は夢から生まれた私の希望だった」
リセの目に涙が溢れる。
「私は……あなたを止めたい。街を守るために!」
師匠アルスの影が揺れ、わずかに微笑んだ。
「……頼む。私を眠らせてくれ」
リセは薬を注ぎ込んだ。瓶の光が樹木を包み、黒い霧が崩れ始める
。枝が砕け、街を覆っていた悪夢が光に溶けていく。
「……師匠……!」
最後に師匠アルスの声が響いた。
「夢の外に……本当の世界がある。リセ……目を覚ませ」
その言葉と共に、夢喰いは崩壊し、世界が光に包まれた。
現実=街の夢晶は正常に戻り、人々は目を覚ました。
暴走は収束した。リセは力尽きて倒れ、セイレンが抱きとめた。
「リセ……よくやった」
ノアが涙を流しながらリセに駆け寄る。
「師匠の言葉……“夢の外に、本当の世界がある”……」
リセはつぶやき、微かに微笑み、目を閉じた。
(夢はまだ続いている……次は、街そのものの真実に辿り着く)
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